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6thステージ

 惨劇の跡に、アサルトライフルを持った人影が現れた。まだ、顔に幼さの残る少年だが、重そうなアーマージャケットを軽々と着こなすその肢体は、たくましい筋肉に覆われていた。少年はアサルトライフルを構えたまま、死体の山とその中心付近にいる、赤黒く汚れた装甲兵器に近づいた。

 人間サイズでありながら絶大な戦闘力を発揮する、恐怖の戦闘ロボット。すこしでも妙な感じがしたら、ありったけの弾丸をたらふくごちそうしてやるつもりだった。

「……? なんだ?」

 少年はピクリともしないロボットに近づくと、あることに気付いた。いつも、分厚い装甲に覆われたセンサーユニットの存在している部位がなくなっている。おそるおそる近づいてのぞき込んでみると、そこには自分と変わらない年頃の少女の顔があった。

「なんてこった……」

 少年はぼう然とつぶやいた。血も涙もないロボットだと思っていたモノが実は人間だったなんて、すぐに納得することはできそうになかった。

「人の皮をかぶったって……」

 少年はそう思い直して、慎重に近づく。どういう構造かはわからないが、口元に呼吸を示す挙動がある。反対に、装甲に覆われた胸元にはない。

「くそ。おれじゃ判別できないぜ」

 少年は悪態をついたが、改めて少女の顔を見ると、その頬に、ホコリによって浮き出た涙の跡を見つけてしまった。

「仕方ねえな」

 整った顔立ちをしているおかげで、顔をこづく気にはなれず、肩のあたりをつついてみたが、気が付く気配はない。しかたなく担ごうかと思ったが重そうなヨロイに気が滅入った。

「しゃーねー脱がしちまうのもなんだし」

 ランドヴィーグルをまわしてもらうか、とぼやきながら通信機を手に取った。

「あっ、教授? おもしろいモンひろっちまったよ。ランドヴィーグルをまわしてくんないかな。場所は……」


 アキの体は、心地よい温もりにつつまれていた。

 ああ、わたし、しんだのかな。とってもきもちいいし、ここっててんごくなのかな。もしそうなら、てんごくにいくまえに、とうさんやかあさんにあっておきたかったな。サキさんたちにもあいさつしておきたかったし。でも・・・わたし・・・てんごくにいけるはず・・・ないよね、だって、わたし、あんなに、いっぱいころしてしまったもの。いっぱい、いっぱい、いっぱい! いっぱい!! いっぱい!!!

 とうとつに目が覚めた。

 体中がびっしょりぬれていた。身につけている衣類がハダにべっとりついて気持ち悪い。少々固めのフトンをおしのけて、からだをおこすと周囲をみまわした。まわりは殺風景で、ひとつだけある窓はカーテンでおおわれている。

「ここは……一体……?」

 周囲を観察している内に、アキはあることに気付いた。どうも、からだがスースーする。

 なんの気なしに、胸元をまさぐってみると布地が胸の先端を刺激した。

「えっ?」

 あわてて、着ているものをたくし上げると、自分の地肌をじかに見ることができた。

「ボディスーツ……着てない……なんで?」

 シティ1stでは代謝能力を調整する機能を備えたボディスーツを脱ぐことはまれだ。一生涯、脱いだことがないという人もいるくらいだ。

 アキは、なぜボディスーツを着ていないのか、そのままのかっこで、思案しはじめた。と、そのとき。

 窓と反対側にあった木の板がうごいた。どうやら扉だったらしい。

「あ、目、さましたんだ……」

 扉の向こうから、すがたをあらわした少年は、そこまで言うと真っ赤になり、後ろを向いて出ていってしまった。

 なにかへんなところでもあるのだろうか。

 アキは疑問に思って自分のすがたを見下ろした。

「……………………」

 たくし上げられた衣類のはしから、ハダ色のなだらかな隆起と、さくら色の先端が見えている。

 それが視界にはいってはじめてアキは自分がとんでもないかっこうをしており、それを先ほどの少年に見られたことを認識した。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 アキが声にならない悲鳴をあげると、扉の外で少年はフクザツな思いを込めたため息をついた。

 すると、少年の半分ほどの背丈をした少女が、彼をおしのけて扉をくぐる。

「おねえちゃん、めをさましたのね」

 そう言って、ニコニコ笑っている。

 わたし、妹なんていたっけ?

 アキは一瞬、そんなことをかんがえてしまった。

「えへへ、なまえがわからないから、おねえちゃんっていってるだけだよ」

 アキの表情からなにを考えているのか察したらしい。八才くらいに見えるが、見た目以上に利発なようだ。

「あ。えっと、わたしはアキよ。来島 アキ」

 アキはそう言って自己紹介した。

「あたしはねぇ、ちよこ。常盤 千代子っていうんだよ。チョコって呼んでね」

 おんなのこもニコニコしながら自己紹介する。そこで先ほどの少年がまた入ってきた。

「あー、えっと、そのさっきはすまない。ちゃんと確認してから中に入るべきだった。ごめん」

 そう言って、いまだに赤い顔をしながら、頭をさげる。それを見てアキはあわてた。どちらかといえば、あんなかっこうでボケッとしていた自分が悪いのだから。

「そんな、わたしこそ、あんなかっこうでボーっとしてたから……ボディスーツを脱いだのってはじめてだったから、つい、いつもの感覚で……」

 そこまで言ってアキは気付いた。ではだれが自分のボディスーツを脱がせたのだろうか?

 そこまでかんがえて、アキはおずおずと口をひらいた。

「……あの……それで……わたしのボディスーツは……」

 そこまで言ったところで、チョコが口をはさんだ。

「あ、それならあたしたちで脱がしたよ」

 その言葉が、アキの頭の中で繰り返される。

 あたしたちで脱がしたよ。あたしたちで脱がしたよ。あたしたちで脱がしたよ。あたしたちで脱がしたよ。あたしたちで、あたしたちで、あたしたちで、あたしたちで、あたしたちで…………。

 アキの視線が少年の顔に止まる。

「えっ? お、おれ? ち、ちがう、おれじゃあ・・・」

 少年はそう言いつのったが、チョコがとどめを刺した。

「え~~~! トシ兄、いっしょけんめいひっぺがしてたじゃん」

 それを聞いた瞬間、アキは鎖骨まで真っ赤になりながら瞳を潤ませた。

「ち、ちがう! そーじゃなくて!」

 少年は必死で弁解をこころみるが、アキはすばやくひきよせたフトンに潜り込んでしまった。

「さわがしいなあ。いったいどうしたんだ?」

 そんな声とともに、白衣の男性が部屋に入ってくる。ぼさぼさの頭をばりばりかきながらあくびをかみ殺しているところを見ると、今まで寝ていたようだ。

 やぼったい感じの男性だな。

 アキは新たな入室者を見やりながら、そんな失礼なことを考えてしまった。

「きょーじゅー。このおねえちゃんね、アキ、っていうんだって。アキねえちゃんだね」

 チョコは笑顔を絶やさず男性に話しかけた。

「ほー、そうか。僕は、高天原 陽二。医者なんだが、みんなは、なんでか教授って呼んでるよ。よろしくな。それで、この子は常盤 千代子。こっちのは、前田 俊雄。えっと、アキさん? 状況、わかってる?」

 状況?

 その言葉にアキの脳が冷静に反応しようとする。しかし、こころの中でそれを拒絶するものがあった。

「わ、わたし……! グッ、ゲッ、ブッ」

 口をひらきかけたアキは、すさまじい悪寒におそわれ、手で口元を押さえた。チョコがあわてて、スティール製の洗面器を持ってきてアキに差し出す。

 さいわいというか、吐き出すようなものもなく、胃液が逆流し、強い酸味で満たされた口内に強い不快さを感じた。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 アキは洗面器を抱えたまま荒く息をつく。その横でチョコが心配そうにのぞき込んでいる。

「どうやら状況はおおむねつかめてるのかな?」

 教授と呼ばれた男はおちついた風に声をかける。アキは、声を出す出もなくゆっくりとうなずいた。

「たぶん……わかってます。でも、なら、なんでわたしを助けるんですか? あなたたちにとって……わたしは……」

 アキはそこまで言うと強く唇をかんだ。それを見ていた教授はチョコの頭にポンと手を乗せる。

「うんまあ、そうなんだが……この子らがゆずらなくてな」

 そう言って優しい手つきでなでてやった。チョコはうれしそうにはにかむと、なんかのむものもってくる。と言って部屋から出ていった。

「あのこは、わたしの正体に気付いてないんじゃないだけじゃないですか?」

 アキは、悲しそうに顔を伏せた。だが教授は笑顔になって答える。

「いんや。ちゃんとわかってると思うね。第一、きみのヨロイとボディスーツをはずすのを手伝ってるし、なによりも、あの娘は見た目より聡明だ」

 それについてはアキも同感だった。あのころの自分はもっと子供だったと思う。相手のちょっとした機微を感じ取れるのはとてもすごいことだ。いや、子供だからこそ感じ取れるのやもしれない。

「あの娘は孤児なんだよ。この戦いが始まってすぐにあの娘の両親はあの娘の目の前で惨殺された」

 何とはなしに教授は話し始めた。アキは胸の中に塊をかんじながら聞いていた。

「そのときに、やはり、両親と妹さんを殺されてさまよっていた俊雄君と一緒に僕が引き取った。二年になるが、ふだんはそんなそぶりもみせんよ」

 教授はどこか彼方を見つめるような顔になった。

「しかし、時折うなされているのを見ることもある。聡明だと言っても、やはりまだ八才だ。親が恋しいときもあるようだよ」

 アキは我知らず、涙を流していた。ただただ、悲しくて、悲しくて、涙が止められなかった。

「高天原さん。わたし……どうすればいいんでしょう。なにかで償えるとは思えないし、このままここにいるわけにもいかないんじゃ……」

 そう言ってアキは顔をあげた。

「ふむ。思っていたより人間的なんだな」

 教授は、物珍しげにつぶやいた。アキにはなんの事やらさっぱりだ。

「いや、失礼。正直言って、僕らは君たちが人間だとは思っていなかったんだよ。あれだけ残酷に人を殺せるなんて、まるで殺すことを楽しんでいるかのようだった。なぜだ?」

 教授の隣で俊雄も真剣な表情をしている。

 アキはふたりの顔を見つめてすこし思案すると決心した。

「わたしの知っていることをすべてお話しします。しんじてもらえるならですが……」

 アキの真剣な表情に、俊雄と教授は顔を見合わせてうなずいた。

「よし、それじゃあ昼飯でも食べながら聞くとしようか」

 割とアバウトな教授の態度に、アキは拍子抜けした。だが、そんな思いと裏腹に、安堵したせいか、おなかのあたりが、ほかのふたりにもにわかるくらいの自己主張をした

 アキはあわてておなかを押さえながら赤面した。

 先ほどまでは、あれほど気分が悪かったというのに、胃の腑は食べ物を欲しているらしい。ゲンキンなものだ。

 アキは、今度は醜態をさらすまいと、心に決めた。


 アキは、チョコのもってきた水で唇を湿らし、ノドの不快感をおいはらった。ベッドから降りて歩き出そうとするが、足下がふらついておぼつかない。

「キャ……!」

 バランスを崩して倒れ込みそうになり、おもわず目をつむりながら声をあげてしまった。だが、アキの華奢な体を太い腕が支える。

「だいじょうぶか?」

 アキが目を開くと、目の前に少年の顔があった。それなりに息づかいなども伝わってくるくらいの距離だ。

 心臓が跳ね上がり、顔の温度が急上昇する。

「あ、ありが……とう」

 鼓動の早さにとまどいながら、アキはお礼を述べた。シティ1stでは、異性にこんなに近づいた覚えはない。

 なんだろう……このかんじ……。

 アキは、胸の奥に生じた感覚に、心地よさをかんじていた。

「気付いていないだろうけど、君は丸二日眠ってたんだ。体力も落ちているだろうし、体もすぐにはふだんどおりには動かないと思うよ」

 俊雄はそう言ってアキの手を取って立たせた。何とか立ち上がろうと努力してみるがうまくいかない。単純に動かしていなかったからだけとは思えなかった。

「お、おいだいじょうぶか? なんか思っていたよりフラフラしてるぞ」

 みかねて俊雄が手を貸す。

「ごめんなさい。なんかうまく動かなくってってててて……きゃ!」

 足をもつれさせたアキは、またもや倒れ込む。

「うあっ、ちょ、ちょっと……だあぁぁ!!」

 かまえていなかった俊雄は、とつぜん、アキの全体重をかけられてたたら踏む。

 ふたりはこらえきれずに倒れ込んでしまった。派手な音とともに、すこしだけあったホコリがまっていたりする。

「いったたたたた……あいたあぁ」

 アキは半身を起こしてつぶやいた。どちらかと言えば、アキが俊雄を押し倒したように馬乗りになってしまっている。

「あ! ごめんなさい! えっと……前田……さん」

 アキはすこし頬を赤くしながら謝罪した。

「あ、ああいや、いいよ。それからおれのことは俊雄でかまわな……」

 身を起こしながら答えた俊雄は、目の前に顔があることに驚いた。心配したアキがのぞき込んだのと、タイミングが合ってしまっただけだが、ほとんど触れあわんかぎりの距離だ。

「あ……」

「え……」

 おたがいに動きが止まり、なんとなしに見つめ合ってしまった。

「……………………」

「……………………」

 自分の胸の鼓動が、相手の鼓動のようにも思えて不可思議なシンフォニーを奏でる。数秒が数十秒、数分にもかんじられてしまうそんな感覚。

「「あ……」」

 同時に声をかけてしまった。

「「え……」」

 再度かさなり、気まずくなる。

「ねーえ。ふたりとも、ラブラブしてないではやくいこーよー」

 チョコの声が聞こえた瞬間。ふたりの体は1メートル以上離れた。お互い赤くなりながら自らの鼓動を落ち着けようとムダな努力をしていた。

「もう! トシにいも、アキねえもはやくしてよね!」

 ふたりの様子を見ていたチョコは、頬をぷっくりふくらませながらでていった。

 その剣幕に気圧されたふたりは、顔を見あわせる。

「くっ、くくくくく」

「ふふ、うふふふふ」

 とつぜん、どちらとも無く吹き出した。

「おかしいね、ラブラブだって」

 アキの顔はすこしさみしげだった。

「ああ……まったくだよな……」

 俊雄も複雑な表情をしている。

「「そんなはず……無いのに……」」

 そのことばは、ふたりの唇から、お互いの耳に届かぬほどの小さな声で同時に紡がれていた。

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