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Fainalステージ

 そこは、巨大な神殿のような場所だった。

 荘厳な感じのする巨大な扉が出口付近を守るようにそびえ立っていた。それが突然吹き飛び、その向こう側に、肩にレーザーバズーカを構え、白いVarmをまとったアキが現れた。

「ここが……ゲートの中枢制御ルーム……ここを破壊すれば……」

 アキは、そうつぶやいて部屋の中ほどまで進んだ。レーザーバズーカを構え直し、視線の向こうに鎮座する巨大な祭壇のような制御装置に狙いを付けた。

 ふいに、アキの表情にためらいがあらわれた。シティ1stの懐かしい人々を思い描いたのだろうか。しかし、アキは頭を強く振ると決意に満ちた表情で、トリガーを引こうとした。

 その時。

 天井からなにか大きなモノが落ちてきた。それに気付いたアキは、後方へと大きく跳躍してソレをかわした。

 部屋中に響く轟音と衝撃と共に見上げるほど巨大な影が、その姿を現した。

 四本の脚を持った黒光りする土台の上に大型のレーザーキャノンやミサイルランチャーが並んでいる。その脚だけでも、アキのからだを踏み潰すのに十分な大きさを持っていた。

「! 自動防衛用の機動砲台!!」

 アキは、とっさにバズーカを構え直しながら、右方向へとすべるようにして移動した。

 それを察知した砲台は、器用に四本の足を動かしながら、アキを狙おうとする。

 真のラストバトルが始まった。


「くああああ!」

 自動砲台の苛烈な攻撃にさらされたアキは、おもわず悲鳴をあげた。立て続けにおこなわれた戦いにより、武装も消耗し、Varmも破損が目立つ。肉体、精神共に、極端な集中力を要求されつづけたアキはとても消耗していた。だが、その目はまだあきらめていなかった。

「負けない、負けられない! ぜったいに!!」

 強い言葉と共に、アキのからだは奮い立った。その間にも砲台からはつぎつぎにミサイルとビームが放たれる。

 アキは素早い動作でそれらをかわすと続けざまにレーザーをはなった。

 的確な射撃によってそれらはつぎつぎに台座に吸い込まれた。だが、分厚い装甲によって、そのすべてがほとんど効果を上げなかった。

「ッ! なんて頑丈な……!」

 と、悪態をつく間にもビームが撃ち込まれる。このままではらちがあかない。アキは本気であせりはじめた。

 ユキナとカエデによって他のVarmは全滅していることを、アキは知らなかった。

 だから、この一瞬も多くの命が散っているのではと、その中に、愛しい少年がいるのではと、それだけが気にかかっていた。

 何とかしなくては……。気が急いていたアキの心は空回りをはじめる。

 それが大きなスキとなった。自動砲台はそのスキを逃さずに、ミサイルを撃ち込む。

「あっ?!」

 アキが声を上げたときにはすでにレーザーキャノンの射軸に入っていた。

 あふれ出る光の奔流がアキを包み込む。一瞬はやくアキは身体を振り回すようにして、身体をひねった。背面から光の洗礼を受けた。

「うあああああ!!」

 高熱にさらされ、装甲が融解する。防御フィールドの限界も超え、むき出しのハダもダメージを負いはじめる。

 バウンドするようにして地面に落ちると機動砲台はそこにねらいをつけた。

 動かなくては、やられてしまう。だけど、もう……。

 アキの表情にあきらめの色が浮かんだ。だがそのときアキの脳裏に、少年の顔が見えた。

 そして、アキの周囲から、光が失われる。

 再び放たれた光の束が、アキを包み込んだ。

 いや、その時アキは、すでにそこには居無かった。破片を散らしながら、アキは数メートル後方にブレーキングをかけるような低い姿勢であらわれた。

 自動砲台は光を吐き出しながら砲身をそちらに向けた。

 アキは、それをよけようとはせず、プラズマフィールドを展開しながら駆けた。見えなくなったアキの姿の代わりに、砲台から吐き出されている光の流れが中央から八方に拡散していく。

 それは先端から、一瞬のうちに光の根本までたどり着くと、いきなり砲身が爆発した。

 そして中空にアキの姿が現れる。自由落下で落ちてくるアキのVarmは、すでにキャノンシステムとレーザーバズーカが接続されている。

「いっけえええええええ!!!」

 腰だめに構えたレーザーキャノンからはき出された太いレーザーが、砲身が吹き飛んだ砲台の基部に向かって撃ち込まれた。

 装甲のない部位から、中枢を撃ち抜かれた自動砲台は巨大な閃光と共に大爆発を起こした。

 それに巻き込まれたアキは、木の葉のように宙を舞い、床にたたきつけられた。

 うめき声も上げずに、アキはフラフラと立ち上がった。キャノンシステムはこわれてしまったものの、レーザーバズーカは未だ使えそうだった。

「決着を……つけなきゃ。あそこに、帰らなきゃ……わたしの、居場所に……」

 アキはにらむように祭壇を見上げた。

「帰らなきゃ!」

 そう言ってレーザーバズーカを構えるとすべてのエネルギーをそれにつっこんだ。

 早苗ちゃん、チョコちゃん、教授……俊雄……ぜったい、絶対帰るから!

 その思いと共に、トリガーを引いた。

 光はいつもの数倍のあかるさで吐き出され、祭壇に命中する。変化はあらわれなかったが、アキはトリガーを引き続けた。

 すると、祭壇に変化があらわれる。それと同時にレーザーバズーカのパーツが煙を上げはじめた。

 警告のメッセージが流れるが、アキはかまわずにトリガーを引き続けた。それから、さして立たないうちにレーザーバズーカがかるい破裂音を発した。

「うあっ」

 顔に近い場所だったのでアキは、おもわず声を上げてしまった。

 レーザーバズーカは完全に沈黙してしまったが、祭壇は未だ健在なようだった。

 アキは、へたり込んで床をたたきながらつぶやいていた。

「そんな……そんな、そんな、そんな! そんなあっ!!」

 声が大きくなり、床をたたく力が強くなる。

「ここまで来て!」

 なにかが欠けた。

「だめだなんて!」

 なにかが割れた。

「わたし! どうしたら!!」

 なにかが砕けた。

「と……し……お……俊雄おおぉぉぉーーー!!!!」

 アキはあらん限りの力を振り絞るかのようにして叫んだ。

 その時、大きく響く音がした。アキがそれに気付いて目をやると、大きくひび割れた祭壇は莫大な光を発し、アキはそれに飲み込まれた。


 暗い、闇の中、いや、闇という形容すらそこにはあわない。しいて言うならば、無。絶対の虚無空間。

 アキは、その中を漂っていた。

 ここはどこなの?

 なにも聞こえず、なにも見えず、なにもさわれず、なにも匂わず、なにも味わえず、なにも感じることができない空間。

 自らの身体が、そこにあることさえあいまいになっていく。

 こわい。

 意識が拡散し、自分で自分を保つのが難しくなっていく。

 たすけて……!

 その声は、声とならず、聞こえずにちゃんと言ったのかさえもわからない。

 たすけて! たすけて!

 必死でそう叫びつづける。

 だが、なにに助けを求めているのかすら、わからなくなっていく。

 やがて彼女は、助けを求めながら、自分が何なのかすら忘れてしまいそうだった。

 たすけて! たすけて!! たすけて!!!

 いったい、だれに助けを求めているのか、それすらも判然としない。

 もう自分がどんな形をしていたのかすら、思い出せない。

 たすけて! たすけて!! たすけて!!! たすけて!!!!

 もうそれだけが、リフレインをつづけているだけだった。

 その虚無空間に、一条の光が差した。

 それが、リフレインをつづけるそれに、やさしく触れたようだった。

 たすけて! たすけて!! たすけて!!! たすけて!!!!

 俊雄!!

 少女は目を見開いた。

「ここは?」

 見慣れぬ場所だった。光だけがあふれている。それ以外にはなく、そう、さしずめ、光という名の闇の中にいるようだった。

「いったい……なにがどうなって……?」

 周囲を見回していたアキは、一瞬視界をはずした空間に人影があるのでギョッとした。

「あなたは……?」

 質問に答えるでもなく、人影は語った。

「ひとは、争いを捨てられないのでしょうか?」

 それは問いだったが、アキに向けられたものではなかった。

 突然アキの背後で声があがった。

「ひとは平穏なだけでは生きられぬのさ」

 その人影は、最初の人影とおなじ顔をしていた。

「だが、だからこそ、生きるための努力を惜しまない。そうじゃないか?」

 また別のところから聞こえた。

 今度もおなじ顔だった。違うのは裾の長いドレスの色のみだった。

「しかし、だからといって、他者を殺して言い理由にはなり得ない」

「なればどうするのだ?」

「簡単なことだ。擬似的にそれをさせればよい」

「うまくいくのか?」

「副次的な報酬をつけてやることで効果は上がるだろう」

 三人の討議は未だつづいていた。

 アキはただ、それを聞いていた。ひとが死なないゲームとしての戦争。それにそれで儲けることができるようになっている。

 Vウォーズのようだなとアキは感じた。

「我らの子供らはそれでも良い。だが、きゃつらはどうする?」

「どうせ自滅する、放っておけばいい」

「わたしは……彼らも助けたい」

 一人が発した言葉に、他のふたりが沈黙する。

「彼のもの達も十二分に反省しているはず。見捨てるには忍びない」

 だが、ふたりの反応は冷たかった。

「いや、彼らは舞い戻った母なる星でも仲違いをつづけている。彼らは反省などしていない」

「しかも、自分たちだけで滅びを歩めばよいものを、またもや母なる星を道連れにせん勢いだ」

 異を唱えていた一人が沈黙した。

「いっそ滅ぼすか」

 一人が言った。

「イヤ、それはまずい、干渉がすぎる」

 もう一人が止めに入った。

「我らの干渉は最小限にせねばならない」

 ではどうする? と、一人がたずねた。

「彼らにとっての敵を作ってやればよい」

 その顔はとても陰鬱な影が差していた。

「どうやって?」

「アレを使えば兵器をつくるのは簡単だ。それを我らの子供らの分身に操らせればよい」

「子供らに殺しをさせよと言うのか!」

 他のふたりは驚愕していた。

「なにをおどろく? これならば、我らの子供らが、いらぬ仲違いをすることはなかろうし、あれらも仲違いをするひまなど無くなろう」

 だが、他のふたりは躊躇していた。

「他に方策はないのだろう? なら、なにをためらう」

 その言葉に三人は思い思いの表情を浮かべた。

 結局、多数決が取られ、一人が反対で、一人が条件付きで賛成となり、計画は実行に移された。


「こんな事って……」

 アキはぼう然とつぶやいた。

「これが真相よ」

 背後の声に振り向く。そこにサキがいた。

「サキさん……」

 アキの言葉に、サキは首を振った。

「アキ、わたしはサキであってサキではないの」

 その言葉に、アキは首をひねった。

「わたしは……薫。山崎……薫と言います」

「山崎……薫って……まさか!」

 アキは目を見開いてサキを見つめた。

「正確には、山崎薫の電脳コピー体。つまり、サンプリングされた山崎薫のパーソナリティーを持った擬似人工知性体なの」

 アキは、あまりのことに口を半開きにしてサキを、いや、薫を見つめた。


「アキさん、今あなたが見たのは、ヴァルハラシステムの意志決定部分……」

 薫は静かに言った。

「意志決定部分?」

 アキはオウム返しに問う。

「そう。ヴァルハラシステムの中の方向性を決定するための、いわばシステムね。まあ、そうは言っても、明確なパーソナリティは、ほとんど持ってはいないけど」

 薫はにべもなく言った。

「三つの異なる考え方を持った人工知性。それは、山崎薫という一人の人間のパーソナリティを極端化したもの……」

 その言葉に、アキは息を飲んだ。

「ヴァルハラシステムの中枢は、山崎薫という人間の、パーソナリティをサンプリングして構築された人工知性体なのよ……」

 表情のとぼしかった薫の顔に、さみしさがうかんでいた。

「陽ちゃん……高天原陽二はヴァルハラシステムの中枢コントロール用のシステムに、人工知性体を組み込み、その性格モデルとして、山崎薫を選んだの。もちろん薫本人もそれを了承したわ」

 薫は、懐かしむように言った。

「あのころから、陽ちゃん、だらしなくって……ってそう言う話じゃなかったわね」

 そう言って小さく出された舌が歳不相応なほど愛らしく見えた。

「ヴァルハラシステムの中枢は、そう言った人間的な考え方を持っている。でも、それはなにかを決定するときに、かたよった思考形態を持ってしまうおそれがあった。だから、意志決定をするために、三つの極端化した人工知性による合議制を取ったの」

 そこで薫は渋い表情になった。

「人工知性体の街を形成するにはそれがうまく機能したのだけれども、ほんものの人類に接触したときには、うまくいかなかった……」

 なぜ? アキはその問いを隠せなかった。

「人工知性体の街は、基本がわたしだから、すべての考え方が、わたしのバリエーションでもあったからね。時間が立てば立つほどオリジナルとはかけ離れた思考形態もでてきたのだけど……ほんものの人間はもっと思考形態のバリエーションが広かった。それを意志決定部分でもある人工知性達には理解できなかった……」

 薫は悲しそうに首を振った。

「その結果が、今回の悲劇だった。本体でもあるわたしは、あくまでも中立の存在でなければならなかったから、彼らを止めることはできなかった。いえ、しようと思えばできた……だけどそれがシティに与える影響は無視できないと判断してしまった。結局、自分を守ろうとしてしまったのね……」

「それは、人ならば、みな、そう思うはずです。仕方のないことだと思います」

 アキは一生懸命うったえた。

「ありがとう。でもね、それが今回の悲劇を起こしたと言えるのよ」

 薫は静かに目を閉じるとおごそかに宣言した。

「わたしは、未だ未成熟な我々ヴァルハラの人々と、人類の接触ははやかったのだと確信しました。従って、今しばらく、ヴァルハラと、地球の間の通路を封鎖します」

「それって、ゲートを閉じるということですか?」

 アキは勢い込んでたずねた。

「そうです」

 薫はうなずいた。そして、アキを見つめる。

「アキ、あなたはどうしますか?」

 え? アキはきょとんとなった。

「ゲートを閉じれば、あなたを維持するためのエネルギーが確保できるかどうかわかりません。ヴァルハラにとどまれば、あなたのデータの維持は確実です。ですが、今、向こうに戻ればどうなるか、わかりません」

 薫はアキの瞳をのぞき込んだ。

「アキ、どうしますか?」

 その問いに、アキはニッコリとほほえんだ。

「その答えは、薫さんには、わかっているんじゃないんですか?」

 アキの表情に、薫もかるくほほえんだ。

 ほほえみ合うふたりの姿は、やがて、白い闇につつまれて見えなくなっていった。


 紅に染まる天空に、巨大な十字架が浮いている。その鏡にも見えるゲートが、赤い光を反射しながら、我が物顔で浮かんでいる。

 それが一瞬、揺らいだ。

 するとゲートから、まだ戦いの匂いの残る荒野に向かってひとつの光の滴が落ちた。それを合図にして、ゲートはその存在が幻であったかのように消え去った。それは、町はずれの荒野からもよく見えた。

 落ちゆく光の滴を見た俊雄は、それを向かって走った。

「アキ!」

 俊雄の走る、大地の向こうに光の滴が落ちゆく。

 鈍くひびく音と共に土煙が舞い上がり、その中から人影が立ち上がろうとしていた。足元がふらついており、いまにも倒れ込みそうだ。土煙が収まって来ると、煤けてしまった白いブレストアーマーがあらわれ、無残に砕けたショルダーアーマー見え隠れしている。背中のコンバートシステムにはヒビが入っており、ときおり、ちいさなスパークを放っていた。

 ボディスーツも所々裂けており、そこからのぞく素肌にも傷だらけで、あちこち出血している。ツヤのあった自慢の黒髪もだいぶいたんでしまっている。

 そして、ふだん、意志の強そうだったその顔からは、生気が失われつつあった。

「アキー!!」

 俊雄は声の限りに叫んだ。人影はそれに気付いたかのように目を開き、顔をあげる。その拍子に、ヘッドアーマーが砕けると、音を立てて地面に落ちた。

「俊……雄」

 アキは自分を呼ぶ少年の声を聞いた。

「俊雄が……よんで……る……いか……なきゃ……」

 アキは、うなされたようにつぶやくと右足を前に出した。ひざに力が入らず、つんのめりそうになるが、何とかそれをこらえる。

 そして左足を前へと出す。ゆっくりと、一歩ずつ、その動作はとても緩慢に続いていた。ボロボロのVarmから、一歩ごとに細かい破片がパラパラと落ちていった。

 だが、五歩もいかないうちに、両方のひざから力が抜け、倒れ込みそうになる。

「あっ」

 アキは、思わず声を出すが、そのからだは地面に投げ出されなかった。力強い少年の腕が、アキの身体を支える。

「アキ、だいじょうぶか?」

 俊雄は、アキのからだを抱え直してひざを着くと、アキに声を掛けた。その声に、アキがゆっくりと目を開くと、そこには愛しい少年の顔がある。

 周囲に人が集まり、チョコや教授、露店のおやじに抱えられた早苗もやってきた。

「と……し……お……」

 アキは、力なくほほえんだ。

「よかった。俊雄、それに……みんなも……無事だった……」

 アキのまなじりから、ひとすじの涙が流れる。

 早苗は這うようにして俊雄とアキの元へとやってきた。

「アキさん、アキさん」

 早苗はうわごとのようにつぶやいた。

「早苗……ちゃん……」

 アキは、ふるえる手を早苗に向けた。バラバラと装甲がはがれ落ち、ボディスーツにつつまれた手があらわれた。早苗は小さな手でそれをつつむようににぎった。ゆっくりと自分の顔に近づけてほおずりをした。

「アキさん、アキさん、ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、わたし、止められなかった。みんなを、止められなかった……」

 早苗の頬を、悲しい輝きが覆った。

「いいの……いいのよ。早苗ちゃん。あなたが……無事だったのだもの」

 そして、周囲の人々に首を巡らした。

 みな、視線をそらした。だが、アキはやわらかいほほえみを投げかけただけだった。

「みんな、無事だったのだもの……」

「アキさん……」

 早苗のまなじりからはとぎれることなく、輝きがあふれつづけた。

「早苗ちゃん……? 泣かないで。ね?」

 すると、早苗とアキのそばに人影が現れた。

 早苗の母だった。

「アキさん……ありがとう。娘を救ってくれて、ありがとう。わたし達を助けてくれて……ありがとう……」

 そう言ってほほえんだ。その頬を、輝きが流れた。

「早苗、あなたも……」

 母にうながされ、早苗はうなずいた。

「アキさん……ありがとう……」

 早苗は、せいいっぱい、笑った。笑おうとした。それを見ていたアキは静かにうなずいた。何度も、何度も……。

 俊雄はそれを見て、涙が出そうなのをこらえながら、話し掛けた。

「おまえ……なんで……こんな無茶しやがって、おまえが……死んじまったら、おれ……おれ…………」

「ごめん……」

 アキは小さく舌を出してあやまり、少しふるえた。

 それを見た俊雄はアキを強く抱きしめた。

 ここちよいぬくもりと、強く優しいちからに身をつつまれながら、アキはつぶやいた。

「俊雄……」

 俊雄の瞳をまっすぐに見つめて軽くほほえんだ。

「好きだよ」

 そして、軽く目をつむって、少し顔を上に向けた。

 それを見た俊雄もゆっくり、目をつむりながら顔を近づけた。

 しかし、くちびるとくちびるは触れあう事はなかった。

 俊雄の腕の中から、急に重さと温もりが消え去る。俊雄が目を開けると、そこには、アキの姿はなく、データの残滓が光となって消えていった。あとには、壊れたコンバートシステムが残されていた。

「アキさん? ウソ、ウソですよね、アキさんウソですよね?」

 しっかりにぎっていたはずの手は、早苗の手のひらの中に、もう存在していなかった。

 早苗の母も、あまりのことに、両手で口元を覆った。

 俊雄は、ゆっくりと顔を動かし、アキの姿を探した。

 いくら視線を巡らしても、アキの姿はなかった。

「ああ……あああ……うあああ…………アキーーーー! うわあああああーー!」

 少年の目から、涙があふれ、口からは叫びが漏れた。

 早苗が泣き崩れ、チョコが、体中をわななかせていた。

 教授も、露店のおやじも、看護婦も、そこにいたすべての人が、悲しみの中にあった。

 俊雄は、壊れたアキのコンバートシステムを抱きしめながら叫んだ。その叫びは、夕闇の空にこだましていた。いつまでも叫び続けた。

 叫びはいつまでも続いていた。

 いつまでも、いつまでも…………。


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