14thステージ
エレベーターの入り口をくぐると、オートで扉が閉まり、エレベーターは上昇を開始した。
このまま行けば、ゲートの中枢にたどり着ける。
その思いにとらわれていたアキは、背後の気配に気付くのが遅れた。
「スキだらけね」
とうとつに聞こえた声は、聞き覚えがあった。
「はじめまして? なのかな。それとも久しぶり? まあ、どっちでもいいわよね」
ふりむいたアキの視線の先に、彼女はいた。
アキの目の前には自分とほとんど同じ装備を施した青空が薄く雲に覆われたかのような青白いVarm。自分のまとうVarmとは青と白の濃さが反転したかのような色合いだった。
そこにいたのはAKI。まさしく自分自身だった。AKIはゆっくりと、アキに目線をあわせるとおもむろに口を開いた。
「ようやく会えたわね、アキ、あたし、あなたに会いたくてしかたなかったわ」
AKIはかみしめるような表情になった。グッと握られた拳がわなわなとふるえる。
「意識が戻るまでに、一週間もかかったのよ?身体が自分の思った通りに動いてくれなくて、感覚が戻るまでに三日。『Vウォーズ』に復帰出来るまでも長かった……」
AKIはイライラしたようにかぶりを振った。
「ところが、いざ出撃という段になったら、あたしのVarmが無い。仮想現実世界に作られたあたしの複製、『ドッペルゲンガー』が使ってるって言うじゃない?」
AKIはアキを睨みつけた。すべてを否定するかのような眼差しだった。
「もう一人のあたし?そんなモノ認めない……。この世の中で、来島AKIはわたし一人! それで十分なのよ!」
そこまで言って一歩足を踏み出した。しかし、アキも負けじと言い返した。
「そんなの、一人で勝手に決めないで! わたしはアキ。来島アキよ? それ以上でもそれ以下でもない!」
しかし、AKIは大きく頭を振ると、右の人差し指をアキに向かってつきだした。
「アキですって? ひとの名前を気安くかたらないでちょうだい! あなたの存在はネット上のバグでしかない! 存在してはならないモノなのよ。ここであたしがすべてのデータを消し去ってあげるわ」
AKIはアキにそう言い放つと、腰の後ろにあるウエポンラックからダブルビームランチャーユニットを引き抜いた。
同時にアキもレーザーバズーカを構える。
それが戦いの合図となった。
ふたりは距離を取りながらおたがいに牽制射撃をはなっていた。
この時点で、アキはAKIのVarmが自分の物とは違うセッティングがなされていることに気付いた。
「このVarmは、わたしがわたしと等しい能力を持った相手を倒すために自分で調整したのよ! あなたに勝ち目はないわ!」
言葉とともつぎつぎ放たれる高出力のダブルビームがはなたれる。それが近距離を通過するだけで、アキのVarmには細かいダメージが発生した。反対にアキのレーザーバズーカは相手の装甲表面に施された、対レーザーコーティングによって有効なダメージを出せずにいた。
見たところ機動性能は互角。このままでは自分の方がジリ貧に追い込まれる。
さいわいと言うべきか。エレベーター内は異様なほど広く、そこかしこに強化素材で作られたらしい障害物が転がっている。ビームのパワーが強いので二、三度受けると溶けて無くなってしまう程度だが、それでも十分役に立ってくれた。
実際、AKIの使うダブルビームランチャーは高出力の強力な兵器だが、チャージに時間がかかる上に、エレベーター内に深刻な被害を出さないよう、周囲を気にしながら使っている。そこにつけ込むスキがあるとみた。
アキは、障害物を利用しながらAKIに接近した。相手もこっちの意図を察知したらしく近づけまいと牽制してくる。
だが、その精度は低く、アキは一気に間を詰めた。
「もらった!」
そう叫んでAKIをサイト内に捉えた。
だが、そこにはVarmの右腕ユニットと、ダブルビームランチャーしかなかった。
「しまった?!」
叫んだアキの真下から、高温のプラズマが撃ち込まれ、後を追うように青白いVarmが出現する。
「最後よ! アキ!」
そう言うと、有線でつながれた右腕ユニットが右腕に引き戻されて装着される。
だが、そのスキにアキはキャタピラダッシャーを強制的に反稼働させた。左右に大きく開いた両足は、右足が後退し、左足が前進する。高速で回転した両足が、AKIの右足を刈った。
「え?!」
突然のことになにが起きたのかがつかめなかったAKIは、ひっくり返って仰向けに倒れる。
「つう!」
フェイスを開放状態にしていたせいか、衝撃が大きくAKIは顔をしかめた。
アキはそのスキに距離をあけると体勢をととのえた。
とっさに左腕で顔を守ったが、フェイスガードが無いので、顔面もかなりの熱量を受けた。
「ゲホッ、ケホッ、ケホッ、うえっほ」
ノドがひりひりする上に肺が痛む。もし熱でやられているになら、呼吸もままならなかっただろうが、そこまでひどくはない。だが、今度やられると体の中から壊されそうだ。
AKIもそう思ったのか、こんどはフェイスガードを装着した。
いよいよ防御力が上がったと言える。
何とかしなければ……。
そう思いはするものの、打開策がうかばない。やがて、エレベーターが停止し、AKIの背後の壁が、音もなく開いた。
出口は他になく、あれが唯一のルートなのだろう。
牽制したスキにここを飛び出す!
アキは、レーザーバズーカを構え、一か八かの賭に出ようとした。
だが、AKIはその行為を正確に見抜いていた。
「ムダよ!」
牽制として放たれた攻撃を、プラズマランチャーの電磁フィールドで防ぎ、ダブルビームランチャーから高エネルギー弾を放つ。
しまった!
眼前に迫るエネルギーの塊をみつめながら、アキの表情はなにかを覚悟した。
そのとき、アキの周囲から、いっさいの光が消え失せた。避けられないはずのビーム弾をかいくぐり、AKIに襲いかかる。
だがしかし、AKIの姿はすでにそこにはなく、アキの側面をついていた。
「! っく」
歯がみしながらも身体をひねり、繰り出されたプラズマクローをかいくぐる。しかし、そこにはダブルビームランチャーのビーム弾が存在していた。
当たる?! 負ける、負けてしまうの? わたし……ダメ、ダメよ、帰るって約束したんだもの。俊雄に……帰るって……、「約束したんだからーー!!!!!」
アキの叫びが響き、刹那の時間、AKIのビーム弾の軌跡からアキの姿がかき消えた。
「うそ!」
そう叫んだAKIの背中に高温のプラズマが撃ち込まれ、もんどり打つ。
「クッ!」
反射的に撃ち返した。だが、すでにそこにはアキの姿はなく、周囲を見回した。
「どこ?! どこへ行っ……」
その言葉が終らぬうちに、背中に硬いものが突きつけられた。
「! うおおおおお!!」
雄叫びと共にAKIは銃身を振り回したが、その時アキは自らの姿を残像として残し、二十メートルほど後退したところで、レーザーキャノンの発射態勢を取っていた。
「チェック……メイト……」
その言葉と共に吐き出された光は、AKIのVarmを包み込み、周囲の障害物をも飲み込みながら、エレベーターの五層にも及ぶ壁面を破壊した。
AKIは、ボロボロの姿で立ちすくんでいた。
「な……なぜ……?」
そのつぶやきに、アキは答えられなかった。超高機動を超える速度での運動をしたため、全身の筋肉が引きつった痛みを発している。
さらに呼吸もままなっておらず、全身が深刻なほど酸素を欲していた。
「わたしと……能力に差なんて無かったはずなのに……Varmだって、新しいシステムを使って……パワーアップしていたのに……」
AKIは、倒れ込みそうになって手を着いたが力が入らず、その場に突っ伏した。
「なんで……」
アキはその言葉を聞きながら、出口に向かった。
そして、振り返って言った。
「それは……たぶんあなたには無いものを、わたしが持っていたから……」
その言葉に顔をあげたAKIは表情をゆがめた。
「そんな……こと、あるはず……無いじゃない」
渾身の力を込めて、AKIは何とか上半身を起こした。
「わたしはあなたのオリジナルなのよ。それが、わたしのコピーにすぎないあなたにそんなこと言われるなんて……おかしいじゃない」
苦しげな表情は、体中の鈍痛に耐えるためのものか? それとも……?
「コピーはコピー。わたしの持っているものだけを持っているはず! それ以外になにがあるのよ!!」
AKIの声は悲鳴のようにも聞こえた。
「わたしには……大切な人ができました。守りたいひとが……できました」
アキは、やさしく笑った。
「その人を悲しませたくない。だから、勇気が出せる。がんばれる」
AKIは、ただ、ぼう然とアキを見つめた。
「死なずに……あの人のところへと帰る。それが……大切なあの人との約束だから……」
AKIはその表情に、自分とは違うものを感じた。
ああ、そうか。そうなんだ。わたしと彼女は……あの日、分かたれてしまったあの日に、べつべつの存在となったんだ。
彼女は彼女。
わたしはわたし。
それで良かったはずなんだ。なのにわたしは……。
AKIは、われ知らず、まなじりから輝きを流した。
そんな彼女をみていたアキは、かるくお辞儀をすると歩み去っていった。
「負けた……わたしは負けた……だけど……」
負けた悔しさはある。だが、もっともおそれていた感覚がなかった。自分が、否定されること。存在そのものを否定されること。
わたしは……わたしに負けた……。
オリジナルもコピーもなく、ただ純粋に、この人に負けた。
AKIはかるく息を吐くと、やがて、笑顔になった。
また、戦いたいな、彼女と。そして、こんどは……。
そんな思いを胸にAKIはアキを見送った。
「いやあー大変だったよねぇ、ユキナ?」
カエデはあくまでも明るい調子だ。ピンクのVarmは焼けこげて変色していた。
「まあ、だいぶきつかったことは認めるがな。正直、おまえが来てくれなければやられてたと思うよ。すまんなミドリ」
黒いVarmはその特徴であったおおきなクローもどこかへ行ってしまっている。そして、蒼いVarmは静かに首を振った。
「いいえ。おふたりのがんばりがあったからですわ」
結局、カエデとユキナは44対2という猛烈なハンディキャップマッチをやるハメになった。途中、ミドリの参戦で何とか切り抜けたものの、彼我戦力比、約14対1というのは史上まれにみるものだ。
「で、結局そっちはどうなったのよ」
カエデの問いに、ミドリは簡潔に答えた。
「アキさんは中枢へと入り込んだようです。サキはAKIさんを迎えに行きました」
結局、全員が事の次第の約半分ほどをミドリから聞いていた。カエデも、ユキナも、そしてAKIも、シティのやり方に反発していた。そして、分かたれたAKIの分身にも。
だが、みなが知ってしまった。彼女はAKIであり、アキでもある。その本質はほとんど変わらずにいた。
「やはり、アキはアキ、と言うことだったな」
ユキナの声はどこかうれしそうだった。
と、そこへ二つの人影があらわれた。
「サキ、それにAKIさんも」
ミドリはホッとしたようにつぶやいた。
「ああ、後はアキがうまくやるだけね……」
サキは、サッパリした顔で言った。
「でもいいんですか? サキさん」
AKIは心配そうにたずねる。すべてをAKI達に話したことを言っているのだろう。
「いいのよ。マスコミにも手は打ったし。それに、本来、ヴァルハラは完全に中立の存在なのよ。事を画策したのは政府の人間なのだから……」
「でも! それならなおさら!」
そう言いつのるAKIをサキは手で制した。
「わたしは今回のことをすべて、納得ずくでやっているのよ? AKI。だから、あなたは気に病まないで」
そう言われては、AKIからなにも言うことはできない。
「とにかく、リンクから出ましょうか。大事になるのはこれからなのだし」
その言葉にみなはうなずくと、つぎつぎにリンクアウトした。
最後に残ったAKIは、一度だけ振り向くと、祈るように目を閉じ、それからリンクアウトした。