13thステージ
黒い闇にとらわれるように、アキは空間の真ん中にいた。
自分がどこを向いているのか、また、地面に立っているのかさえ判然としない。そんな、一瞬か、それとも永遠か、それすらも区別がつかない時間の中で、不意に感覚がよみがえる。
「……!」
アキは、目の前に突然出現したデッキにあわてて体勢をととのえると、そのまま着陸した。
アキは、鈍色の金属で覆われているデッキに見覚えがあった。
「戻って……来た……」
そうつぶやいて周囲を見回した。
VウォーズのVarm発進デッキ。ゲーム内の戦場に出る前にここで装備の点検などをしたりするのだが、出るときも帰ってきたときもかならずここに来る。
アキは懐かしげにあたりをみていたが、不意に頭を振ると、普段したこともない行動を取った。
右手のレーザーバズーカを右側に、左手のプラズマランチャーを左側に向けると、同時に起動させた。
閃光と高熱につづいて、盛大な破壊音と爆音が響いた。
デッキに存在していた整備用のユニットが粉々に砕けて散らばった。
「破壊……できる……?」
アキは、怪しむようにつぶやいた。
いくらなんでもネット内であるならセーフティぐらい働きそうなものだ。だが、周囲にあるものは、端から壊せるし、外部からの強制武装停止コマンドも飛んでこない。
「なんか……怪しいけど……」
やれるんであるなら、利用しない手はない。アキは壁を射ち抜くと、いままで入ったことのない区画へと足を踏み入れた。
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
そこは、なにもない空間ではなく、ふつうの通路のようになっていた。
アキは、どこまで役に立つのかわからないが、センサーを起動させて、警戒しながら歩を進めた。
「広い空間が……ある……?」
センサーからの情報を読みとったアキは、ゆっくりとその空間に近づいた。
広い空間の真ん中に、ピンクのVarmと黒いVarmが立っている。
その姿に、アキは息をのんだ。
「カエデ……さん……ユキナ……さん……」
だが、アキの言葉にカエデは鋭く返した。
「アキぴょんのまねすんな! このドッペルゲンガー!!」
「まったく、厚顔無恥とはこのことだな」
ふたりとも、敵意をむき出しにしておる。
「カエデさん! ユキナさん! わたしです!アキです! わからないんですか!?」
アキは必死で叫んだが、ふたりの反応は冷ややかだった。
「なにを言っている? ほんもののアキなら別にいる。おまえは接続上のバグとして生まれたアキのコピー、ドッペルゲンガーなのだぞ?」
その言葉にアキは愕然となった。
やはり、自分はこの世界に居場所はない……。
その時、少年の声が聞こえた。
おまえはここに居ていいんだ。ここがおまえの帰る場所なんだ。
その言葉が、アキのこころに輝きを産んだ。
「わたしは、あそこに帰らなければならないんです。あの人とあの人が生きる世界に……」
そう言ってレーザーバズーカを構えた。
「だから、ここで止まるわけには行かないんです。もし邪魔をするなら……」
キャタピラダッシャーが、傲然と咆哮し、アキは疾駆した。
「押し通ります!」
カエデとユキナは猛然と突進してくるアキを避けると左右に分かれた。
その間もカエデの手にしたビームガンが猛然と火を吹く。
牽制でしかないと割り切って、ユキナの動向を確認する。
するとユキナのVarmからビームカッターが速射された。
低出力なため、一発一発の威力は低いが連続で着弾するとバカにならないダメージになる。小刻みにジグザグ走法を繰り返して、距離を離した。
ふたりのVarmは、中近距離で真価を発揮するセッティングのはずだ。外観や、スキャニングからは変更点が見受けられなかったのでアキはそう判断した。
だが、カエデのVarmはブーストを吹かすと一気に接近してきた。
「くっ、は、はやい!!」
そのまま突き出されるレイエッジを紙一重でかわすと体を反転させて、蹴りを見舞った。
だが、見透かしたようにカエデは身体を沈めてやり過ごす。そのスキに、ユキナのVarmの巨大なクローがアキに迫った。
「っ!! うあおあぁぁぁ!!!」
その一瞬。
アキのからだは信じられない動きで攻撃を避けた。
「うそ?!」
「なあ?!」
カエデとユキナは、同時に驚愕をあらわにした。
距離が離れた三人は、おたがいににらみ合うように対峙した。
「カエデさん、ユキナさん、もうやめましょう。わたしは、あなた達と戦うために来たんじゃないんです」
アキは悲しげにうったえた。
「大好きな友達と争うなんて、わたし、イヤです」
だが、カエデとユキナは、答える必要無しとばかりに襲いかかってきた。
左右から、挟み込むようにして仕掛けてくるふたりを、アキは跳躍してかわした。だが、カエデはかわされると同時にユキナの肩に向かって跳躍し、そのままそれを踏み台にしてアキに追撃をかける。
「!」
空中で、体勢を崩したままのアキは、無理矢理身体をひねって直撃を避けた。
アキは、くずれた体勢のまま地面に着地を試みようとしたが、ちょうど着地点にユキナが走り込んでくる。
さらに空中からバーニアを利用して、身体を半回転させたカエデが仕掛けてくる。
やられる?!
アキの中で、少年達の姿が閃いた。その瞬間、周囲のいっさいの光が止まった。
すべてがコマ送りのように動き、反射的にアキは地上のユキナにプラズマランチャーを撃ち込むと、その反動に加えて、振り回すようにして足を動かすと、急激な重量移動が起きて軌道が変わった。
「なんだと?!」
ユキナは目の前がいきなりプラズマの高熱で埋め尽くされたことにおどろいた。そこへ黒い影が飛び込んでくる。
光の刃と、巨大な爪が交錯し、お互いを確実に捉えた。
だが、あいてを確認したとき、ユキナはため息をついた。
「負けた……か……」
自分の放ったクローの一撃を受けたカエデは、目を回して倒れている。その一方で自分も、カエデのレイエッジが右肩の付け根を刺し貫いており、右腕が動かなかった。
「ユ、ユキナさん……」
アキは思わず背後から声をかけていたが、ユキナは振り向かなかった。
「行け」
返答は短かった。
アキは、その意味を理解すると、ぺこりと頭をさげて走り去った。
しばらく、ユキナは身じろぎしなかった。
「いつまで気絶したフリをしているつもりだ? アキならばもう行ったぞ」
そう言うと、無事な左腕を大きく振り上げた。
すると、ボロボロになったピンクのVarmがあわてて跳ね起きる。
「もう、冗談つーじ無いんだからさ! ユキナは!」
そう言ってカエデはぶーたれた。
「ふん、それはお互い様だ。しかし、おまえもわたしもまだ甘いと言うことか」
そう言ってユキナは一人ごちた。
「なーに言ってんの。いまの一撃、わざとはずしたでしょ?」
カエデは意地悪く聞いてくるが、ユキナは動じず、おまえもだろう? と返した。
どちらとも無く、笑いが起こり、ふたりはひとしきり笑いあった。
「やっぱり、あの娘もアキぴょんなんだねぇ」
そう言ってカエデは一息ついた。
「ああ。それも、数段強くなっている。なにがあったのやら……」
そう言うユキナの顔はどこかうれしそうだ。
「ところでさ、ユキナ」
カエデは、入り口付近をみつめながらぽつりと言った。
「なんだ?」
ユキナは、素っ気ない様子で応じた。
「お客さんみたいよ?」
カエデの視線の先には何体かのVarmの影が見えていた。
「そうだな……」
ユキナは彼らに向きなおり、カエデはゆっくりと立ち上がった。Varmの数は十体を超え、まだまだ増えていく。
「あたしさぁ、ダチのためにタマを張るってゆーシチューエーション。けっこう好きなんだ」
カエデはニッと笑うとビームガンを構えた。
「奇遇だな、実はわたしも嫌いではない」
ユキナは普段見せることはない、どう猛な笑みを浮かべて答える。
「じゃ、いきますか」
カエデのその声に答えるように、ユキナはダッシュをかけた。
死闘が始まった。
アキは、いく度か振り返りながら走り続けた。
自分一人で、あのふたりに簡単に勝てるはずがない。おそらくはワザと負けてくれたのだろう。
そう思うと次にやりそうな行動も思い当たる。
だが……。
戻るわけにはいかない。自分にはやらなければならないことがあるのだし、何より、彼女らの好意を無にしたくなかった。
どれくらい進んだのか、先ほどとは違う、広いドックのような場所に出てしまった。
「いったい……どう進めばいいの……?」
アキは、すこし途方にくれそうになった。
だが、エリア内に人影を見つけ、レーザーバズーカを構えた。
「サキさん……」
モスグリーンのVarmは黙ったままだ。
「ここを通して……ください……」
アキは、押し殺したようにつぶやいた。だが、サキの返答は、ビームマシンガンによる制圧射撃だった。
「ッ!」
アキはプラズマフィールドを展開しながらキャタピラダッシャーで回り込もうとした。
サキは、あわてるでも無く微妙な機動と最小限の体重移動でアキの姿を追うと、数発ずつをひとつの射撃として撃つ、バースト射撃で攻撃してきた。
その攻撃は予測射撃でもあり、アキの進もうとした軌道に、正確に撃ち込まれた。
「うっ、くっ?!」
行動を阻害されたアキは、あわてて体勢を立て直そうとする。
しかし、そうはさせじとサキが走り込んできた。
「しまっ……!」
声を出す間もなく、蹴りが放たれ、アキの脇腹に深々と打ち込まれた。
「グッ!」
アキはもんどり打ちながらも、腰のマインランチャーから、残っていた機雷をサキに向かって放出した。
「なっ?!」
このとき、初めてサキが声を上げた。つぎつぎに機雷が炸裂し、サキは反動で吹き飛んだ。
アキはそのあいだに体勢をととのえて、レーザーバズーカを照射した。
だが、サキは反動をも利用してすばやく着地すると、アキの射撃を予測していたかのように射軸からはずれた。
「ッ!」
鋭い舌打ちと共に、アキはキャタピラダッシャーを起動させてサキとの距離を離した。
ふたりは百メートルほどの距離をおいて対峙した。
どちらも主力火器の有効圏内だ。
「サキさん、お願いします。ここを通してください」
アキは、再度サキに声をかけた。すると、サキの顔を覆っていたフェイスガードが開き、懐かしい顔がかいま見えた。
「サキさん……」
アキは懐かしさのあまり、涙が出そうになった。だが、サキの鋭い声によって現実に引き戻された。
「アキ、この先へと進んでどうしようと言うの?」
その表情は険しい。
「わたしは、行かなきゃならないんです! あの人達のために!」
アキの叫びに、サキの瞳が揺れた。
「行かせるわけにはいかないわ。この扉の向こうにあるエレベーターは、ゲート中枢へとつづいている。そこを破壊されたら、ゲートは崩壊し、わたし達の世界と、この世界のリンクは完全にとぎれてしまう。そんなことをさせるわけには……いかない」
アキは、サキの言葉に目をみはった。サキほどの人物が、こんな重要な情報を簡単に漏らすはずがない。その真意はわからないが、アキは、ここを突破することを念頭に置いた。
「いきます!」
アキは叫びと同時にレーザーを放った。サキは小さな動きでそれを避けたが、その刹那にアキは最大出力で床をえぐるようにプラズマを放った。
「目くらまし!」
サキはそう断定し、フェイスガードを閉じるとあえてプラズマの中へと躍り込んだ。アキは、その行為に反応しきれずたたら踏む。
そして、サキの両腕に装備されたクラッシュエッジの刃が閃いた。
負ける?! いや、負けられない……なんとしても!!
その瞬間、アキの周囲から光が失せ、サキの動きがとても緩慢になった。左右から迫るクラッシュエッジの真下に入り込むと、そのままサキの腹めがけてプラズマを撃ち込んだ。あふれ出るプラズマさえも、スローモーションに見えて、アキは奇妙な感覚につつまれた。
サキは、驚きの表情を隠せずにそのまま吹っ飛んだ。
「か、勝った?」
信じられない光景だ。全国でも有数のトッププレイヤーと言われるサキに勝ってしまった。とても信じられなかった。
「サキさん……まさか、ワザと?」
そう言って、アキはレーザーバズーカを放り出してサキに駆け寄ろうとした。だが、
「くるな!!」
サキの鋭い声がアキの足を押しとどめた。
「急がなければならないんだろう? 行け……」
やさしさを感じさせるやわらかい声だった。
アキは、胸元につけるようににぎっていた右手を開くと、頭をさげた。そしてレーザーバズーカを拾い上げると、振り返ることなくエレベーター入り口に向かった。