12thステージ
翌日。
教授が病院で患者を診る日だと聞いて、アキは同行を申し出た。教授が了承すると、チョコも行くと言いだし、俊雄まで加わって四人で町へと出かけた。
「えへへ♪ なんか、かぞくでおでかけってかんじだよね!」
そう言ってチョコは笑いつづけた。それを見ながら教授も、
「そうだな、たまにはこういうのも良いか」
と言いながらハンドルを動かした。不整地走行なので、あいかわらず乗り心地は良くないが、チョコの笑顔は周囲に伝染したようで、アキも俊雄もさっぱりとした笑顔だ。
病院に着いたアキ達は教授と別れて中を見学していた。
「早苗ちゃん会いに来たよ」
アキの突然の訪問に、早苗は目も口もまあるいお月さまのようにしておどろいた。
「アキさん……それにチョコちゃんと俊雄さんまで。今日はどうしたんですか? みんなして……」
「今日は教授の診察日でさ、まあ都合も良いからみんなで来てみたってワケだよ」
そう言って、俊雄は早苗に笑いかけた。チョコとアキも、そのとおり! とばかりにうなずいた。
「そうだったんですか。でもうれしいな、ちゃんとわたしのところにも来てくれて」
そう言って早苗は、はにかんだ。
「ふふ、だって約束したでしょう? こんどは会いに行くって」
アキの笑顔に早苗もほほえむ。
「こんなにはやいなんて、思ってませんでしたけど」
それを聞いてアキも、あはっ、それもそうね。とかえした。
「そういえば、さなえちゃんのおかあさんは?」
チョコは周囲を見回しながらたずねた。いつもならからだの弱い早苗の近くにいるのだが、今日は見あたらない。
「あ、おかあさんね、病院を手伝ってるのよ」
それを聞いて三人は仰天した。さらに詳しく聞くと、病院の正規のスタッフが絶対的に足りないのだそうだ。
「けが人はどんどん増えるけど、スタッフの数は増えるどころか、減ってるんだそうです」
早苗は、すこし悲しそうに顔をくもらせた。
「……そっか、足りないんだ……」
アキは窓辺によって、外をながめながらつぶやた。
早苗の部屋を出てしばらくうろついていた俊雄とチョコは、病院の中で、アキとはぐれてしまった。
「しまったなあ」
周囲を見まわしながら俊雄はぼやいた。ほんとにちょっと目を離したスキに見失ってしまった。
「まったく……どこ行ったんだ?」
「あ、いた」
俊雄はチョコがもらした一言をおもわず聞き流しそうになった。ど、どこだ? とチョコが指さす方を見ると大量の洗濯物を抱えたアキが歩いていた。
「何やってるんだ? あいつ……」
その言葉に、チョコは俊雄の顔を見るでもなく首を振った。
アキに声をかけたふたりはそのままいっしょに洗濯物を持って屋上に出た。
「なんでこんなことしてるんだ?」
洗濯物を干し続けるアキに俊雄はたずねた。
「んー? どうしてかな? よくわからないのだけども、なんかさ、じっとしてられなかったのよね」
干し終わった洗濯物と、青空を見やりながら、アキは答えた。俊雄は、ふーん。と気のない返事をした。
「ねえ、俊雄? わたし、ここをもっと手伝おうと思うの。いいかな?」
ふりむいたアキは、やわらかい、やさしさのあふれる笑顔でだった。
俊雄はその顔を見て、かるく息を吐くと、笑顔になって答えた。
「うん。いいんじゃないか? おまえがしたいようにするといいさ。だいじょうぶ、俺たちは近くにいるのだし、がんばってみろよ」
俊雄の返事に、アキは笑顔をはじけさせた。
結局アキは、一段落つくお昼近くまで病院を手伝っていた。明るい笑顔で病院を手伝っているアキをみて、俊雄はうれしいと思う反面、すこし、さみしさを感じていた。俊雄を頼ることなく、自分で歩こうとするアキに対して……。
昼休みになって、アキは中庭で、俊雄とチョコ、それに早苗といっしょに昼食をとることにした。
「汗を流した後の食事って、おいしいよねぇ」
そんなことを言いつつ四人で楽しく過ごしていた。
「ねえ? アキねえ。どうしてびょういんてつだうの?」
チョコは横に座っているアキに問いかけた。早苗と俊雄もその疑問に耳を傾けている。
「んー、そうねえ。じっとしてられなかったっていうのが大きいのだけど、みんなに関わることで……わたしでも誰かのために、なにかができるんだってそう思えるからかな?」
そう言ったアキは、なんか自己中心的だね。と付け加えて苦笑いした。
「でも、いいと思います」
早苗だ。
「人って、生きてる実感をつかみたいから、だから、他人と関わり合っていきたいんじゃないでしょうか?」
そう言って早苗はうつむいてしまった。
「でもさ、だれかとかかわることで、そのだれかや、まわりのひとをきずつけちゃうこともあるよ」
チョコはさみしげにつぶやいた。
「そうだろうな。どのみち人は傷つけ合いながら生きていく、それは悲しいことだけども、それこそが人が人である証なんだろうな」
そう言って俊雄は天を仰ぎ見た。
「チョコは、俺やアキ、早苗ちゃんと関わっている。そのあいだにおたがいが知らぬ間に傷つけ合っているかも知れない。だからって関わり合いたくないか?」
「そんなこと……ない」
チョコはそう言ってうつむいた。
「そんなもんさ。たがいに傷つけ合うのは、たしかに恐ろしいかも知れないけど、それを乗り越えることが人にはできるさ。きっとな」
俊雄は、ゆっくりと息を吐いた。
「まあ、そうは言っても、俺だって怖いさ。だれだって、大好きなひとを傷つけたいとは思わないしな」
俊雄の視線はすこしだけアキに向いていた。
「わたしは、傷つけられても、誰かのためになにかがしたい……傷つけられることも彼がいて、自分がいるから起こることなのだし……」
だからね? とアキが笑いかけたその時だった。
「アキねえ……トシにい……あ、あれ…………」
チョコは、立ち上がりながらぼう然とそれを指さした。
蒼空にうかぶ、銀十字……。
「ゲート……」
アキはそうつぶやいてぼう然とした。
「チョコ! 早苗ちゃんと逃げろ」
「うん。トシにいは?」
その言葉にアキと俊雄は顔を見あわせた。
「俺は、アキといっしょにやることがある。先に行くんだ!」
チョコは、俊雄の勢いに押されるようにしながら、早苗を連れて歩き始めた。
ふたりが歩き去るのを見届けた俊雄は、アキに向きなおった。
「アキ…………」
その表情はとても硬かった。
「俊雄…………」
それを見つめるアキは、とても苦しげだった。
「どう……するんだ? おまえ……」
その言葉にアキが返そうとしたとき……。
「~~~~~!!」
声にならない悲鳴が響いてきた。
「こ、この声……早苗ちゃん?!」
アキはすばやく身をひるがえすと、駆け出した。出遅れた俊雄もつづけて走り出す。
逃げだそうとしていた人々の目の前に立つグレーのVarmは、無言で早苗を見下ろしていた。
「い、いやあ、こ、来ないでぇ……」
つえを折られ、地面にはいつくばった早苗は、か細い声でうったえた。
「さ、さなえちゃん!」
チョコはなにもできずに立ちすくんでいた。あの夜、自分の目の前でバラバラに砕かれた父親、高熱の炎で骨も残さず焼き尽くされた母親、どちらもしっかりと脳裏に焼き付いていた。
いや、もうあんなのいや、もうみたくない……みたくないよ、あんなのぉ、だれか、だれかきて、たすけてぇ……おねがいよぉ……。
その願いが聞き届けられるのかどうかだれにもわからない。グレーのVarmは高々と右手のビームランチャーを振り上げると勢いをつけて振り下ろした。
「いやあああああああああああっ!!!」
あたりにチョコの悲鳴がこだました。
そのとき、一陣の風が吹いた。
「……えっ?」
硬いものがぶつかり合う、無機質な音が響きわたった。人影が、振り下ろされたランチャーと早苗の間に割って入っていた。
「アキ……さん……?」
「アキねえ……」
早苗とチョコの声に反応するようにアキは笑顔を向けた。
「だいじょうぶだった? 早苗ちゃん……」
しかし、早苗の視線はアキの腕に注がれていた。
硬い金属の腕。それは、いま自分に、死神のカマを振りおろさんとした、鋼の悪魔……それと同じようにも見えた。
相手のビームランチャーを左手のプラズマランチャーで受け止めて振り払ったアキが、ゆっくり立ち上がる。すると両手も両足も、青空が薄く透けて見える白い雲のような色に覆われている。
「アキ……さん……そ、それって……」
早苗が聞き終わるよりはやく、グレーのVarmがランチャーを構え直した。だが、アキは微動だにしなかった。
まばゆい光が放たれたが、その光はアキの目の前に展開された電磁フィールドによって霧散した。そして、光が収まったとき、アキのからだは、四肢を覆うそれと同じものにつつまれていた。
あ、悪魔だ……。
だれかが言った。
鋼の悪魔、あのむすめは鋼の悪魔だったんだ。
また聞こえた。
だが、アキはそれを気にしている余裕はなかった。
グレーのVarmは、突然のことにおどろいていた。おかげでアキに対する行動がおくれた。
いま!
一瞬のうちにあらわれたレーザーバズーカが光を放ち、グレーのVarmはそれに押し流されるようにして吹き飛んだ。
「味方じゃ・・・ないのか? ゲームキャラが……Varmになるなんて……反……則……だ……」
通信機から聞こえるつぶやきが終わると同時に、グレーのVarmはかき消えた。
脅威が去ったのを確認したアキは、向きなおって早苗に声をかけようとした。
だが……。
「早苗!」
それよりもはやく、早苗の母がひったくるようにして早苗を連れ去った。
そしてアキは、自らに向けられる無言の正体がわかっていた。
「あ、あの……」
そう声をかけた瞬間。
数人の人が後じさった。
「バ、化けモン……」
そのひと言に、アキは表情をゆがめた。
「鋼の悪魔が、人の皮かぶってるぞ!」
誰からともなく声があがる。
「まって、わたしは!」
言いつのろうとしたアキは、額にに衝撃を感じた。小さなこぶし大の石だった。フェイスガードが修復していないのでモロに当たったらしい。
頭部まわりの装甲のおかげでたいした傷にはなっていないが、あまりの痛さに額を抑えてうずくまった。
あまりの……心の痛さに……。
人々は怒号と共に、つぎつぎに投石をはじめた。その中で、早苗は必死で声を出していた。
「やめて、やめてみんな……」
だが、もともと声が大きくない早苗の声はまわりの怒号にかき消されてしまう。
そのあいだにも、体中に当たる石ころが、アキの身体ではなく、心を傷つけていった。
とぎれることなくぶつけられる石ころの中で、アキはゆっくりと立ち上がる。その様子を見て取った人々はおびえたように投石をやめた。
アキはゆっくりと顔をあげると、みなを見回した。みな、一様におびえたようにアキを見つめていた。
「みなさん」
アキがみなに対して声をかけた。恐怖にゆがんだその顔に、アキの心は痛んだ。
「みなさん、だまっててごめんなさい。それから……」
一呼吸おいて、困ったような、悲しいような複雑な笑顔を浮かべた。
「それから、お世話になりました。ありがとう……」
そう言って、みなに背を向けるとそのまま歩きだした。
人々は黙ってその背中を見送っていた。そして、早苗はそのすがたを見送るしかなかった。
「なんで……ック、なんで、こん……な、こ、と、する……の?」
早苗は嗚咽しながらつぶやいた。
「早苗・・・」
早苗の母はその肩を抱きながら娘を見つめた。
「なんで! こんな! こッと! したのよおぅ!!」
それは、普段の早苗からは考えられないほどおおきな声だった。
「アキ……さん、わたし……を、ック、わたし達を、たすけてくれたんだよ? なのに!」
その言葉に、ひとびとは顔をそむけた。
早苗は、せきを切ったように泣き始めた。その声に、みな、押し黙って立ちつくしていた。その泣き声はいつまでもつづいていた。いつまでも、いつまでも……。
アキは、いつの間にか走っていた。まっすぐ、ゲートを目指して。
「アキー!」
俊雄は、ランドヴィーグルで高速移動しているアキに近づいた。
「アキ、どうする気だ!?」
その問いにアキは答えなかった。
「とにかく止まれよ! これじゃ、ちゃんと話せないぞ!」
その言葉にアキは足を止めると、口をひらいた。
「Vウォーズは、常時五十人ほどのプレイヤーがいるわ。それを一人ずつ倒すのなんてどう考えてもムリ。だから……」
そう言って、天空を見上げる。そこには、銀十字が浮いていた。
「まさか……おまえ……」
俊雄がそう言いかけると、アキは視線を俊雄にむけて、やさしく笑った。
「ムチャだ! 一人でゲートを破壊しようってのか!?」
「でも、それしかないのよ。ゲートをおそえば、もしかしたら、こちら側の戦力もゲートにまわされるかも知れないし……」
「それなら、なおさらダメだ! 一人でなんて危険すぎる!」
しかし、アキは首を振ると、小声でコマンドをすばやく入力した。
それを見た俊雄は、あわててランドヴィーグルから飛び出したが、その時にはすでにアキのからだはデジタイズを開始していた。
「だいじょうぶ。門を閉じて、かならず…………かならず帰ってくるから……」
俊雄は、デジタイズされていくアキの姿を、ただ見つめることしかできなかった。
「だから、待ってて」
そしてアキは、笑顔のうちに声にならない一言を残して、かき消えた。
「アキーーーっ!」
俊雄の声は荒野にむなしく響いた。
そこへ、俊雄と同じようにアキを追ってランドヴィーグルを走らせていた教授とチョコがやってきた。
「トシにい! アキねえは?」
チョコの問いに、俊雄は小さく答えた。
「あいつは…………いっちまった」
「俊雄、アキさんはどこへ、なにをしに行ったんだ? ちゃんと答えてくれ」
教授は真剣な面持ちでたずねた。
「ゲートを、破壊するってそのまま行っちまった……」
それを聞いたチョコは、泣きそうな顔になった。
「そんな……じゃあ、アキねえはもうかえってこないの?」
「帰ってくる……!」
俊雄は強い調子で言った。
「あいつは、必ず帰って来るって言ったんだ。だから、おれは……おれ達は……信じて待つんだ!」
その言葉に、チョコも教授もうなずいた。そのとき、町の方から爆音が響いた。
「奴らが来たのか?」
教授は険しい表情で町の方をみた。
「行こう教授!」
そう言うと俊雄はランドヴィーグルに飛び乗った。チョコと教授もそれにつづく。
アキが戻ってくるまで、みんなを守るんだ!
その思いを抱いて、俊雄達は、町へと急いだ。