11thステージ
家にもどったアキは、眠ってしまったチョコを部屋にはこんでから俊雄とふたりで教授の部屋へと向かった。
「教授!」
入るなり俊雄はおおきな声を出した。
「なんだなんだ? 俊雄。いきなりおおきな声を出して」
突然のことに教授は、ため息をついた。だが、俊雄はそんな教授の様子にはお構いなしに口をひらいた。
「教授! アキは、アキ達は俺たちと同じ世界の人間かもしれないぜ?」
俊雄の言葉に教授は眉をひそめる。
「ちょっとまってくれ。順番に話してくれないか? なぜ、そう思ったんだ? 俊雄」
おちついた声で制されて、俊雄はわれに返った。
「あ、っと、ゴメン。教授……実は……」
そうして、俊雄は早苗とのことを話した。俊雄の話を教授は、考え込むようにして聞いていたが、やがて顔をあげると、口をひらいた。
「言いたいことはわかる。だが、それだけでは確証とはなり得ないだろうな。根拠としては少々弱い。おなじような思考形態を持った生命体なのだから、似たような発想をするかもしれんしな」
だが、俊雄は食い下がった。
「それだけじゃないんだ。アキは、日本を知ってる」
半分は本当で半分はウソだ。アキは、ニホンというのを聞いたことがあるような気がすると言ったのだ。
「俊雄君、わたしはニホンという言葉を聞いたことがあるような気がするって行っただけよ?」
アキはそう言って俊雄の言を訂正した。が、教授は逆に考え込んでしまった。
「教授?」
突然、教授が黙ってしまったので、俊雄は不安になった。アキも心配気にしている。
ふたりが心配する中、教授は何気なくアキを見上げると、口をひらいた。
「アキさん。『ヴァルハラシステム』って、知っているかい?」
その言葉に、アキは絶句した。
「…………ヴァルハラシステム…………シティ1stほか、各シティを統合コントロールしているAIネットリンク型コンピュータシステムです……」
結んだこぶしに力が入った。
「……教授……なぜ? なぜあなたがその名を知ってるんですか?」
アキの問いに教授は答えなかった。
「教授、なにを知ってるんだ! 教授教えてくれ! 頼むよ!」
俊雄も勢い込んでたずねる。
口の前で手を組み、眉間にしわを寄せながら、教授は考えていた。
話すとすればすべて話すことになる。そして、謎をとくことも可能だろう。
しかし……。
「おねがいします! 教授、わたしは、わたしが……いえ、わたし達がなんなのか知りたいんです。たとえ、その問いの答えがわたしに絶望をもたらすとしても……」
アキのその言葉に、教授はにらみつけるようにして見つめた。
「アキさん。すべて、本当にすべて失うかもしれないんだぞ? それでも聞くのかい?」
教授の言葉には、強さとやさしさと悲しみが入り交じっているかのようだった。
そう感じつつ、アキは強くうなずいた。
「わかった。俊雄、君も聞きなさい。それが君の義務だ」
教授の言葉に、俊雄も力強くうなずいた。
「……すべてを……話そう……」
二百年前。
地球の環境破壊は限界に達しようとしていた。これに対して、人類はいくつかの手段を講じた。
宇宙に作り上げた人工の島、スペースコロニーに避難する者。テラフォーミングの終了した火星に移り住む者など、その方法は様々だった。
そのなかに、地球を改造して元の環境に戻そうとする試みもあった。
「人間は、いや、彼は傲慢だったんだ」
そうつぶやいた教授の表情は悲痛だった。
その男は、山崎 薫という女性と、ある研究をしていた。
「その研究は、『プロジェクトヴァルハラ』と言った」
その言葉にアキのからだがこわばった。
「彼女は、原子マテリアル組み替え理論の研究者だった。彼女の理論ならば理論的に物質があれば、それを材料として、ありとあらゆるモノを精製出きるものだった」
深い闇の底を見るような表情だった。
「対するに、彼の研究は全く別物だった」
彼の研究とは、電脳空間内に生命を創造することだった。
「双方の研究は、紆余曲折を巡りながら時には互いを支え、あるいはライバルとして火花を散らした」
そこで、教授の表情が和らいだ。それを見たアキは、なんとなしにわかったような気がした。
もしかして…………。
「双方の研究は実を結び、互いの成果をたたえ合った。そして、ふたりはあることを思いついたんだ」
和らいでいた表情が、突然わき出してきた雷雲に閉ざされたかのようになった。
「電脳空間内の生命体を完全にデータ化し、物質精製システムで実体化させる……」
そこまで聞いていたアキと俊雄は、身体が硬化していくのを感じた。
「それが、『ヴァルハラシステム』だ」
室内の空気が一気に金剛石の堅さに変わった。
「彼らは、『ヴァルハラシステム』を完成させた。そして、この地球を材料に新たに生態系を造るプログラムを組み、コールドスリープにはいった」
俊雄とアキは、教授の表情を見て絶句した。
「目覚めたとき、彼女は亡くなっていたよ。理由いろいろ考えられるんだがね」
教授の顔には、静かに哀しみの光が流れていた。
「『ヴァルハラシステム』はうまく機能したようだった。自然回復には、億単位の時間がかかると言われていた地球の自然は、わずか二百年で回復したのだから」
席を立った教授は、窓辺に立つと裏手の緑葉の海を見つめた。
「もちろん、『ヴァルハラシステム』の力だけではないだろう。世界中でさまざまな試みがなされていたのだから……」
その手は、白く、固く握りしめられていた。
「だが、彼女の死に自暴自棄になっていた彼は、ある日、あることに気付いた……」
ふりむいたその瞳は刺すようだった。
「消えていたのだ……『ヴァルハラシステム』がね」
息をするのを忘れんほどの硬質感がアキを襲った。
「そのとき、彼はそれほど気にしていなかったのだ。だが、時間がたつにつれて妙なことに気付いた」
まぶたの裏にその光景を見ているかのように教授は目をつむった。
「コンピューター内のデータまでもが消失していた。世界をつないでいたネットワークが消えているとはいえ、身近にあったデータ類までもが消え去っていたのだ」
その後、彼はしばらく『ヴァルハラシステム』の行方を追っていたが、詳細は不明だった。誰かが持ち去ることは、あり得ないことではないが、複雑なAI構造と、物質精製システムの操作システムを完全に理解しているのは、彼と彼女ぐらいだ。
ならば、彼と彼女を必要とするはずだ。
「結局、彼はあきらめざる終えなかった。やつらが現れたからだ」
その言葉に、アキは身体をこわばらせた。
「僕は今回、君を見て思ったことがある。彼の造ったAI達は本当に人の心を持ったのだと……」
教授の表情はやわらかかったが、アキの顔は完全に血の気が失せていた。
「きょ、教授……それって……アキが、アキがAIだって事なのか?」
こわばった俊雄の声に、覆い被さるように堅い音がした。
「!」
アキはそのまま部屋を飛び出していった。自分の名を呼ぶ少年の声も、彼女の耳にはとどかなかった。
「くっ」
俊雄は、アキの後を追おうとした。
「まて俊雄、おまえはなぜ、彼女を追いかけるんだ?」
教授の問いに俊雄は足を止めた。
「なぜって、あたりまえだろう!」
それだけ言って、俊雄は飛び出していった。
薫……僕と君の娘はこんなにも愛されているようだ。この結果を、僕はどう受け止めたらよいのだろうか……。
家を飛び出したアキを追って俊雄も飛び出していく。
その様子をながめながら、教授はタバコに火をつけた。
その煙は、彼のこころの惑いを表すかのように宙をさまよった。
アキは、夜の闇の中を走っていた。もう、ムチャクチャだった。
自分はAIプログラム。
その事実が、アキのこころをむしばんでいた。
いや? 本当に事実なのか? 何かの冗談なのではないか? いま、ここにいるのも本当は夢だったりするんじゃないのだろうか。
だが、これが夢だとすれば、自分に暖かさをくれた俊雄や、チョコの存在がウソになってしまう。
事実なら、今までの自分と、もしかしたら、今まで生きてきた時間そのものが、虚偽となってしまう。しかし、いまいるこの世界を否定することは、アキにはできそうもなかった。
わたし、わたし、わたし、わたし、い、いた、いったい、どうしたら……。
飛び出してきた勢いが、だんだんと薄れて来て歩が止まる。
…………わたし、どうしたらいいの? わからない、わからないよ……たすけて、だれか……たすけて……。
「たすけて…………俊雄……」
おもわず飛び出した少年の名に呼応するように声が聞こえた。
「アキー! どこだー!!」
その声に、アキは口元を押さえた。背後に迫る気配を感じながら、アキは微動だにできなかった。
「アキ!」
少年の力強い声がひびき、荒い息づかいが聞こえる。だが、アキは振り返ることなく、俊雄に問うた。
「なんで? なんで、追ってくるの? わたし、わたし、ヒトじゃないんだよ?」
「アキ、落ち着け」
「薄皮かぶったこの身体の中身は、きっと、得体の知れない存在なのよ」
「アキ、落ち着くんだ」
「この身体も、なにもかもうそっぱち。わたしのこころさえも……」
「関係ない!」
強い言葉だった。
「関係ないんだよ。アキ。おれには、その、つまり、なんだ……えーっと、ほら、ええいくそ、なに言ってんだ、おれは……だから、おれには…………その、おまえが……必要なんだよ」
ふっと、雲のすき間にあらわれる日差しにつつまれたのかと思った。
「俊雄、おかしい、おかしいよ……」
そのまま少年に向き直り、アキはつぶやくように言った。
「なんだか、胸の奥があったかいよ。そしたら、そしたらね」
アキのまなじりから、あたたかい輝きがあふれる。
「こう、これがとまらないの。想いが、いっぱいあふれてきて……」
一生懸命にまなじりをぬぐうが、そのはしからまたあふれる。
「アキ、帰ろう? 俺たちの家へと。あそこが、おまえの居ていい場所なんだよ。だれがなんと言おうと、おれがそう決めたんだ。だから、な?」
その言葉を聞いたアキは、そのまま倒れ込むように、俊雄の胸へと飛び込んだ。
「俊雄、俊雄ッ、俊雄~~」
自分の腕の中で泣きじゃくる少女の肩は、折れてしまいそうなほどほっそりしていた。だが俊雄は、力いっぱい抱きしめた。
アキは、痛いほどに抱きしめてくる少年の腕の中で、自らを包み込むやさしい温もりを感じていた。
小一時間ほどそうしていたふたりは、どちらからともなく体を離した。
「アキ、もう……だいじょうぶか?」
俊雄の言葉にアキは軽くうなずいた。
「だいじょうぶ……もう、こわくない……あなたが……いて……くれるから…………」
アキは、頬をさくら色に染めながらつぶやいた。
「そ、そっか。それなら、いいんだ。じゃあ、もどろうか?」
「うん」
あかるさを取り戻したアキの声は、春を思わせるここちよさを持っていた。
教授は、夜の闇の中を歩いてもどってきたふたりを玄関先で迎えた。
「おかえり、ふたりとも」
その言葉に俊雄が、ただいま。と答えた。その横で、アキは照れくさそうに縮こまっていた。
「アキさん、おかえり」
そうほほえんだ教授の表情に、アキは真っ赤になった。
「あ、あのっ、た、た、ただいま、帰り、まひた!」
そう言って二度三度と頭をさげる。
教授は、いいよいいよ。と言っていたが、アキのお辞儀攻勢は止むことはなかった。
再度、部屋に集まったふたりは、さらに教授の話を聞き続けた。
その内容は、アキにとって酷なモノではあった。だが、しっかりとつながれた、アキと俊雄の手が、ふたりのこころの有り様を描き出していた。
「つまり、きみのからだはまだ完全ではない。データの固着が完全ではないんだ」
教授の表情は固い。
「本来は、ゲート向こうの精製システムの本体がデータの固着を担っているんだろう。だが、現在はそれが閉ざされている。したがって、コンバートシステムがそれを代行しているのだろうと思う」
アキの表情にすこしだけ影が差した。しかし、すぐに自分の手をつつむ少年の手から、強い力を感じた。
言葉もなく、俊雄はただうなずいた。それだけで、アキは勇気がわいてきた。
「コンバートシステムの性能では、データの固着に相当な時間がかかっているみたいだ。足元がふらついたり、身体がしっかり動かないことはなかったかね」
教授の質問に、アキはすこしだけ考えると、そういえば……。と、目覚めた日の感覚を話した。
「ふむ、やはり完全ではないんだろうな。おそらくきみのからだは、日に日に固着が進んでいるのだろうと思う。固着が完全になるまでは、やはりコンバートシステムから離れすぎない方がよいようだ」
教授の思案顔にふたりは顔を見あわせた。
「これは、あくまで予想だが、データの固着が完全でない状態で再度データ化したり、あるいはコンバートシステムが機能不全を起こして停止したりすると、いま、ここに存在する君は消えてしまうかもしれない。なぜなら、今、きみが存在するにはコンバートシステムが必要だし、再度データ化した場合、コンバートシステムの能力だけで、君を再精製できるかわからないからだ」
教授は、すこし考えてから、優しい表情で言った。
「いま、ここにいるきみは、きみという一個の存在だ。自信を持ちなさい」
その言葉にアキはうなずいた。
「それから、うん、ゲートが開いたとしたら、きみはどうする?」
その質問に、アキは顔を伏せた。
「わかり……ません」
その声はとても弱々しかった。
「帰りたくないのかと言えば、ウソになります。でも……」
そう言ったアキは顔をあげると、ちらりと俊雄の顔を盗み見た。
「まあ、今すぐ決断することではないが、ゲートをくぐれば、再データ化される。そうなると、もう一度データ固着をうながすのに時間がかかるのはわかるかい?」
アキは、小さくうなずいた。
「その状態で、コンバートシステムが機能不全を起こすとどうなるか、先ほども言ったように、きみは消えてしまうかもしれない。このことはとても重要なことだ。よく覚えていてほしい」
教授の真剣な話に、ふたりは黙ってうなずいた。
「あとは、そうだな……イヤな話になるが、ひとつ言っておくことがある。もし、君の世界に帰っても、きみには居場所はないかもしれない」
その言葉にアキは小首をかしげた。
「それって、どういう事なんだよ、教授」
アキの気持ちを代弁するように俊雄が質問した。
教授の話では、いま、ここに存在しているアキは、オリジナルのアキとは別の存在だというのだ。こちらの世界に精製する際に、オリジナルのデータや、記憶をコピーして作業をおこなっているのだろうというのが教授の推測だった。ということは、アキの本体はシティ1stに存在している可能性もあるというのだ。
「そんな……」
アキの声はとても弱々しかった。しかし、教授は元気づけるように言った。
「そんなに気を落とさないことだ。先刻も言ったとおり、きみはきみという一個の存在だ。きみ自身が否定しない限りは、きみはきみなのだよ」
アキはしゃく然としないモノを感じてはいたものの、わかりました。と、うなずいた。
「さて、僕の話はこれで終いだ。こんな雰囲気で言うのもなんだが、夕飯にしないか? もう、腹がへってしかたないんだ」
そう言って笑顔を見せる教授につられるように、ふたりはクスリと笑ってしまった。
「じゃあ、わたしがつくりますね。時間がないですし、レパートリーもないから、簡単なものになってしまいますけど」
そう言って、アキは立ち上がった。
たのむよ。と教授と俊雄に送り出されてアキはキッチンへと向かった。
「俊雄、アキさんのことをどう思っている?」
教授はおもむろにたずねていた。俊雄は、すこし面食らっていたが、すぐに思案顔になった。
「きゅうに、そんなこと聞かれてもなあ」
そう言いつつ、顔がすこしだけ朱に染まる。
「彼女のこと……好きなのだろう?」
教授は、すこし笑いかけるように俊雄に言った。
なに言ってんだよ! と、俊雄はあわてて手をふったが、教授は笑顔をくずさなかった。
「俊雄、その気持ちは、とても大事なものだ。おもいきって、彼女に言ってしまいなさい」
さすがに、俊雄の顔が引きつった。
「イヤ、でも、ホラ、彼女の気持ちってのもあるし……押しつけるのは良くないんじゃないかって、そう思うしさ……」
しどろもどろになった俊雄だったが、教授は真剣にかえした。
「だが、いまの地球ではそれこそ明日どうなるかだってさだかじゃない。いましか言っておくときはないんだぞ?」
その言葉に俊雄はうなだれた。
「わ、わかってるよ……けど……」
そのとき、キッチンの方からけたたましい物音と、悲鳴が聞こえ、ついで重いものが落ちる音がした。
教授と俊雄がキッチンに駆けつけると、卵と小麦粉、それにボウルを頭からかぶったアキが座り込んでいた。
「どうしてこうなるのー?!」
アキは恥も外聞もなく泣き叫んでいた。教授と俊雄はその様子を見ながら、いったいなにをどうやったらこうなるのだろうか?と密かに冷や汗を流していた。
「は! と、俊雄君!? そ、それに教授まで?!」
今さらながらに気付いたらしいアキが、大げさに反応した。
「ああ! こ、こんな間抜けなところを見られてしまうなんて!」
かなり芝居がかった調子でアキがつづけているのを見て、教授と俊雄は顔を見あわせた。
「ムリすんなよ。このぐらい手伝ってやるって。それから、一人でかかえ込もうとするなよ……俺たちがいるんだからさ」
そう言って、俊雄はタオルでアキの頭をぬぐってやった。
「う……ん」
アキは、静かにうなずいた。
結局、そのあとアキがシャワーを浴びているうちに俊雄が簡単な食事をつくってしまった。さらに、物音で起き出してきたチョコを交えて、その日の夕食を終えた。
「ねえ、俊雄……」
食事の後、アキは俊雄とふたりで夜風に当たりながら、月夜の空を見上げていた。
「どうした?」
なんの気なしに俊雄は応じた。
「もし、もしずっと、わたしが帰れなくなったら……わたし、ここに……居ていいのかな?」
「いいさ!」
俊雄はおおきな声で言った。それにつられて、アキは俊雄の横顔を見つめた。月明かりの中で少年の横顔は、ずっと頼もしく見えた。
「すくなくとも、おれやチョコ、教授はアキと一緒でいいと思ってる。それとも、アキは俺たちと一緒にいるのがイヤなのか?」
俊雄は、アキの方を見やって、そうたずねた。
「そんなこと……ないけど……」
アキは視線をはずしてうつむいた。
「けど?」
あえて、俊雄は聞いていた。答えはわかっていたのに。
「わたし……ここにいたら迷惑になるんじゃないかって、そう思えて……」
天を仰ぎ見てアキは言った。
「どうして迷惑になると思うんだ?」
俊雄は同じように夜空を見上げて問うた。アキはそれに答えることができなかった。
「周りの人が自分をどう見るか、本当のことが知れたらどうなるんだろうかって、そう思ってるんじゃないか?」
アキは、その言葉にただうなずいた。
「気にすんな!」
短い一言が投げかけられた。アキはただ静かに俊雄を見やった。
「ほかのだれがどう言おうと、俺も教授も、チョコもおまえの味方だ」
俊雄は、アキの顔を見てさらにつづけた。
「俺たちの、家族なんだからな!」
少年の力強い言葉に、アキはやわらかい笑みをかえした。
「……ん」
それだけで、おたがいが通じ合えていると思えた。そして、彼と一緒ならどんな困難も共に乗り越えていける。アキは、胸の奥にそんな気持ちを抱いていた。
「ね~え、きょうじゅぅ」
外の様子をうかがっていたチョコは、隣でたばこをふかす教授に声をかけた。
「なんであのふたりは、すきっていわないのかなぁ?」
素直な疑問に教授は苦笑いした。
「そうだな、まああのくらいの年の頃では、はっきり言うのは恥ずかしいのかも知れないな。だが、気持ちは通じているだろうから言わなくてもいいのかもな」
そう言って細く紫煙を吐き出す。
「えー! そんなのあたしにはわかんないよ。だって、ちゃんといってくれなきゃ、あいてがあたしをすきなのかどうかなんて、わかんないもん!」
納得がいかなかったらしいチョコは、口をとがらかせた。
それも一理ある。と教授はチョコに聞こえないようにつぶやいた。
いまの、おたがいの関係がこわれるのが怖くて言い出せず、聞くこともできない。そんなもどかしさをふたりが抱えている。なんて事は、チョコにはまだわからないのだろう。
けっきょくは、おたがいが覚悟を決めなければ言い出せる事じゃない。しかし、どちらにもしがらみがあるのだから、よけい難しくなっていく。
「まあ、きっとだいじょうぶだろうよ。あのふたりならね。だから、僕たちは、それをちゃんと見届けてやろうじゃないか」
教授のその言葉に、チョコは黙ってうなずいた。