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10thステージ

「さて、アキさん? 検査と調査の結果がまとまったのでね。もしよろしければ聞いてほしいのだが?」

 一息ついた教授は、そうきり出した。アキはすこし迷った素振りを見せていたが、横目で俊雄の顔を盗み見た。それに気付いた俊雄は軽く笑いかけるようにして、うなずいた。それを見たアキは教授の顔を正面から見つめた。

「聞かせて……ください」

 アキの言葉に、教授はゆっくりうなずくと、手元に資料をひろげはじめた。

「まず、君のまとっていたヨロイとボディスーツだが、材質そのものは一部を除いて現実に、この星に存在する物質だったよ」

 教授は資料の解説文をかみ砕くように説明した。細かいことはアキも俊雄もさっぱりわからない部分があったが、説明そのものがていねいなので、なんとなく想像はつく。

「つまり、造ったというより、発生したと?」

 教授の説明では、さまざまなパーツを組み合わせることで、機械は完成する。だが、アキの着ていたヨロイは、ほぼ有機的に組み合わさっていたと言う。

「はずすことができたのは、元々そういう造りになっていたからだな」

 教授の言葉にアキはおどろいた。

「脱げる仕組みになってたんですか? 一体……何のために?」

「君の疑問はもっともだ。おそらく、元々はそれが目的だったのだろう」

 教授の返答に、アキと俊雄はそろって首をかしげた。

「答えのひとつとしてボディスーツがあげられる」

 そう言って、教授は別な資料をひろげはじめた。

「このボディスーツは、代謝機能の調節と免疫補助システムをかねている。つまりこれを着込んでいるうちに、自分自身が環境にあった身体へと変化していく事になる」

「じゃあ、アキたちはほかの世界の人間なのか?」

 俊雄の言葉に、教授の表情はくもった。

「……ところがそう簡単なものではないらしい。ここで問題になるのはアキさんの言っていた、V-ウォーズというゲームのこと。それから、コンバートシステムという背面のユニットだ」

 図面を指さしながら教授は話をつづけた。

「このコンバートシステムというパーツは、ほぼブラックボックスに近いと言える」

 教授はそこで言葉をいったん切り、すこし悩むようにしてから話し始めた。

「実はわたしはこれに近いモデルを、昔、見たことがある」

 その言葉にふたりは目を見張った。

「それは、原子マテリアルから、物質を精製するシステムの、基本設計だった」

「じゃ、じゃあ、まさかこれは……」

 教授の沈痛そうな表情に、アキはふるえるような声でたずねた。

「おそらくは、物質精製システムの端末だ。しかし、ここまでコンパクトなものを作り出せるとは……」

 そこでアキはある考えにいたり、顔を真っ青にしてうつむいた。

「どうした? アキ……」

 その様子に気付いた俊雄がアキに声をかける。教授もその様子には気付いていたが、なにを思いついたのかは察しがついていた。自分もその考えに至ったからだ。

「教授……」

 アキは、確認するかのように声をかけた。それに対し、教授はゆっくりと口をひらいた。

「そうだ。わたしの考えも、君の考えていることも、おそらく同じだ」

 ふたりの様子が尋常でないのは俊雄にもわかった。だが、なぜ、そうなったのかがわからない。そうこうしているうちに、アキが口をひらいた。

「わたし……わたしは……造られた存在…………」

 その言葉に、俊雄は凍り付いた。

「君の身体組成も検査の結果が出ている。あることをのぞいて、我々と寸分変わらないと言える結果だ」

 教授の言葉は、淡々としていた。

「あることって………?」

 アキはおずおずと質問した。教授はつづけて説明した。

 アキのからだは、執拗なまでに頑丈なのだという。もちろん生体なので限界はあるが、たとえば骨の強度は、常人の三倍はあるという。

「ヨロイや、ボディスーツは単純な強度で言えば我々の使っているものの延長線上にあるものだ。だが、君のからだは明らかに人為的に強化したものでなければ説明が付かない」

 教授はいったん言葉を切り、ひと息ついた。

「強化体なら、薬物反応ほか、その痕跡が発見できるはずだ。だが君は肉体的なバランスは我々と変わらないにもかかわらず強化体としてのバランスもとれている。環境の違いによる我々とのゆがみもない」

 教授は深く息を吐いた。

「つまり、今の君のからだは、物質精製システムにより、強化された肉体として、ゼロから精製されたものだと推測できる」

 教授の言葉がとぎれて、周囲の空間の硬度が一層増したように感じられた。それを打ち壊すように、俊雄の声が響いた。

「だ……だけど! アキのこころって言うか、人格って言うか、そう言うモンまで作れるって言うのか? なあ、教授どうなんだ?」

 その言葉に教授はうなずいた。

「そうだな。だがおそらく、コンバートシステム内に元の彼女の人格や記憶を完全にコピーしているんだろう。コピー自体は、技術的に不可能なものではない」

 教授は、切り捨てるように言いはなった。

「そんな……それじゃあ彼女が、アキが……あんまりにもかわいそうじゃないか!」

 俊雄は強い調子で言いはなった。教授はそれを黙って聞いていた。

「…………いいのよ……俊雄君」

 それはアキの声だった。俊雄は我が耳を疑い、振り返った。そこには、何の不安もなく、笑みをかえす少女の姿があった。

「いいって、アキ、おまえ…………」

 本人にそう言われてしまっては俊雄にはなにも言いようがない。憮然とする俊雄のこぶしに少女の手が重ねられた。

「ねえ、俊雄君……? 今、ここに、わたしはいるんだよ? わたしがかんじているあなたのぬくもりも、あなたがかんじている、わたしも、わたし自身が存在しているという証なんだよ……」

 アキの顔に迷いはなかった。

「ああ、もう一つ。アキさん、これを持っていなさい」

 そう言って、教授は小型の機械がくっついたリストバンドを差し出した。

「これは、君たちで言うところのリンクシステムに近いものだ。これを身につけることで、君はコンバートシステムとのリンクを回復させることができる」

 そう言われてアキはリストバンドを受け取った。

「無粋だとは思うが、リンクしていれば、君のデータはコンバートシステムに記録されていくのだろうと思う。それに何かの時に役に立つかもしれない」

 そう説明しながら、教授は目を閉じた。

「正直、リンクシステム自体がどんなものなのか、わたしにもわかりかねる。だから、この装置を渡すことが君にどのような影響を与えるのか、皆目見当がつかないと言うのも事実だ」

「教授!」

 俊雄は強い調子で教授に迫った。だが、周囲の様子にかかわらず、アキは左腕にリストバンドを巻いた。

「アキ!」

 気付いた俊雄が声をあげる。

「コンバートシステム、リンクドライブ」

 流れるように紡がれた言葉に、機械が反応する。

 リストバンドから生じた輝きに左腕がつつまれ、衣服が分解されていく。しまいにはアキのからだ全体が光に覆われた。

「アキ! 教授どうすんだよ!」

 俊雄は突然のことに為すすべを持たなかった。教授も愕然と事の成りゆきを見守るしかなかった。

 光が、いったん薄まってくると、アキのからだが、身体のラインを強調するボディスーツにつつまれているのが見て取れた。しかし、すぐに輝きが強くなって、アキのすがたを直視できなくなった。

「アキ!!」

 俊雄は思わず叫んでいた。

 その直後。

 輝きがふくらんだかと思うと、瞬時に霧散した。後には、青空が透けて見える白い雲のような色合いのヨロイをまとったアキが立っていた。

「……リンクアウト……しない……」

 アキはつぶやいて、左手を見下ろした。ゴツイ装甲に覆われた左腕は、身体の一部であるかのように動く。

「元の世界には……帰れないみたいです」

 うつむいたままの顔から、言葉が流れた。

「でも、不思議です。ちっとも怖くない」

 そう言って顔をあげる。

「ほんとに不思議……。きっと、教授やチョコちゃん……それに…………」

 頬が朱に染まる。

「俊雄君の……おかげ……かな……」

 アキの言葉に、俊雄の顔にも朱が差した。それを隠すように少年はおおきな声を出していた。

「きっと、居ていいってことなんだよ。ここにさ!」

「うん!」

 大きく返事をしたアキのまなじりには、うれしさの輝きがあった。


 街に買い出しに行くというチョコと俊雄に、アキは同行を申し出た。単純に町が見たかっただけなのだが、チョコは大喜びだった。俊雄は、ランドヴィーグルで一緒にいくことになっていたので問題はないだろうということになった。

 教授は、部屋の窓から三人を見送ると、机に伏せてあった写真を起こした。

 薫……どうやら、僕も罪の精算をしなくてはいけないようだよ。僕の研究と君が基礎設計した物質精製システム……その二つを統合したプロジェクト……。

『ヴァルハラシステム』。

 紫煙が屋内にひろがり、日に照らされて白い模様を作り出す。

 もう二百年。二百年たったよ。自然を再生するためのプログラムを、『ヴァルハラシステム』に組み込んで、僕と君は眠りについた。だが、目覚めることができたのは僕だけだった。いったい、神は僕になにをさせようと言うのだろう。それは、あの娘たちにもかかわりがあるのだろうか。

 その問いの答えはなかった。ただ、うつろな時が刻まれていくだけだった。


「ここが町なの?」

 周囲の様子にアキは目を見張った。まわりには木の柱や、金属の棒などにぼろ布を結んで屋根代わりにした露店が並んでいた。背の高い建物しか見たことのないアキにとってはまるで別世界だ。

「まあ、市場みたいなモンでもあるけどね」

 俊雄は苦笑しながら説明する。チョコはチョコで買い物に必死だ。

「おう、チョコちゃんにトシ坊。そっちの嬢ちゃんは新入りかい?」

 果物をならべた露店のおやじが陽気に声をかける。

 ああそうだよ。とかえす俊雄の横で、アキはお辞儀した。

「くっ、来島アキです。よ、よろしくお願いします」

 妙にていねいに返事をされたせいか、おやじはおおきな声で笑い出した。

「アッハッハッハ、礼儀正しい嬢ちゃんだなぁ。今どき、珍しいじゃねえか」

 そう言うとおやじは、そらっ、と赤くて丸っこい果物を放ってよこした。

「せんべつだ。うめえぞ?」

 あわてて受け取ったアキはおやじの言葉に、ニッコリほほえんだ。

「ありがとうございます」

 道行く人々が、つぎつぎにあいさつをしてゆく。初めて会ったにもかかわらず、アキに対して笑顔を向けてくる。

 その事実は、アキにとって、うれしくもあり、また苦しくもあった。

「みんな、いいひとたちだね」

 アキはとなりを歩む俊雄にそう言った。

 俊雄は、アキに誇らしげな笑みを投げかけた。

「ああ。でもまあ、半分は君らのおかげだろうな」

 俊雄はアキの顔色をうかがいながら話し始めた。結局、アキ達が攻め込んでいるため、共通の敵に対するものとして、人と人とが強い連帯感を持っているのだという。

「まあ、教授の受け売りだけど、こんな事でもなければ、人は他人と協調していなかったかもね」

 聞けば、地球に帰還してしばらくすると、大きな町同士でのいさかいが絶えなかったのだという。

「かなしいね……自分たち以外のものを敵として認識して排除しようとする。それって、なんでそうなってしまうんだろう」

 アキは暗い面持ちでつぶやいた。だが、俊雄は空を見上げてこう言った。

「そんな簡単に、他人と分かり合えやしないよ。でも、歩み寄ることは出来る。たとえば、君とおれのようにね」

 アキは俊雄の顔を見上げた。俊雄も晴れた顔でアキを見た。

 そうね。とアキは笑顔を投げかけた。そして、ふたりは互いに笑顔を向けていた。おたがいが分かり合おうとする、とても簡単で、とても難しいこと。でも、そうしようとする気持ちが大切なのだ。

「ねえ、ふたりとも何してるの?」

 突然横合いからかけられた声に、ふたりは臆病なハリネズミのようにびっくりした。

「チョ、チョ、チョ、チョコちゃん!?」

「な、な、な、なんだよっ!? 突然!!」

 すでにふたりとも、先ほどアキが受け取った果物よりも色づいていた。

「わ~いcあ~かくなった~~c」

 そう言って駆けていくチョコを見送りながら、ふたりはおたがいに顔見あわせると、どちらからともなく吹き出した。

 くっくくく……あはははは。

 ふふ……うふふふふふ。

ふたりの笑いは、風に乗って明るいメロディーを奏でた。

「いこうか」

 俊雄は笑顔でアキに呼びかけた。

「うん」

 答えるアキも笑顔だった。

 ふたりは並んで歩き出した。その後ろ姿には、ほのかな暖かさがあった。


「チョコちゃーん」

 呼び止める声にチョコは立ち止まった。

「! さなえちゃん!」

 あわてて駆けていく姿は、かわいらしいヒヨコのようだ。

「さなえちゃん! きょうは、おそとにでてもだいじょうぶなの?」

 その問いに、うん。と答える少女は右手に杖をついていた。

「こんなに天気がいいんですもの。お外に出なかったらしおれてしまうわ」

 そう言ってほほえむ顔には、はかなさが感じられ、懸命に生きていこうとする小さな野花に見えた。

「おっ、早苗ちゃん。元気そうだな」

 チョコの後ろから近づいた俊雄が声をかける。

「あっ……俊雄さん、こんにちわ。えと?」

 俊雄の肩越しに投げかけられた視線の先にはアキが居た。

「ああ、こっちは……最近うちで保護した」

 その説明につづけるようにアキは頭をさげた。

「来島アキです」

 早苗はすこし気後れしたようになったが、顔をあげたアキの笑顔を見ると安堵の息を吐いた。

「高山早苗です。早苗って呼んでください」

 そう言って軽くお辞儀した。

「わたしのこともアキでいいですよ? 早苗ちゃん」

「はい、アキさん」

 足の悪い早苗をまじえた三人は、談笑しながら連れだって歩きだした。だが、十分と立たないうちに早苗の顔に疲労の色が見え始めた。

「だいじょうぶ? 早苗ちゃん」

 心配そうに声をかけるアキに、早苗は小さくうなずく。その横ではチョコもしきりに、だいじょうぶ? と、声をかけている。

「そろそろ戻ったほうがいいかもな」

 俊雄も心配気に声をかける。

「すいません……」

 小さくあやまる早苗に、アキは首を振った。

「いいのよ。こんどはわたしが会いに行くから、ネ?」

 その言葉に早苗がちからなくうなずくと、その目の前で、俊雄が背中を向けて腰を落とした。

「はやく乗りな」

 俊雄のことばに早苗はすこしためらったが、アキがうなずくのを見ると、アキに杖を持ってもらって、おずおずと俊雄におぶさった。

「あの。重く……ないですか?」

「だいじょうぶよ。俊雄君はわたしだって軽々持ち上げてしまうんだから!」

 俊雄が答えるよりはやく、アキが口をはさんだ。後を継ぐようにチョコもくちばしをつっこむ。

「そおだよ! トシにいはぁ、あきねえをおんぶしたり、だっこしたりできるんだから、さなえちゃんくらい、らっくしょうよぉ」

 それを聞いた早苗は、仲が良いんですね。と言ってにっこりわらった。その言葉に、俊雄とアキは、真っ赤になってうつむいてしまう。

 年下の少女達の言葉にすら勝てない、俊雄とアキは初々しいカップルに見えるのだが、当の本人達はそのことに気付いていない。

 チョコにはそれがもどかしく見える。

 なんで、すきっていわないんだろう? なんでもっとすなおにならないんだろう?

 頭が良くても、未だ幼いチョコにとっては大きな疑問だった。

 そんな風に騒ぎながらも、アキ達は赤い十字のマークのある、建物のそばにたどり着いた。

「? どうした、アキ」

 俊雄は、十字マークを見て立ちつくすアキに気付いた。

「病……院?」

 ぼう然とつぶやいていた。

「そうだけど、それがどうした……」

 んだ? と聞こうとして俊雄はあることに気付いた。

「俊雄君。あとでね……」

 それだけ言うとアキは病院の玄関口へとみなをうながした。

 早苗を母親にあずけ、三人は夕闇の迫る家路を急いだ。ランドヴィーグルの後部座席では、はしゃぎすぎて疲れたのか、チョコが寝入っていた。

「すっかり眠っちゃってるわね」

 そう言ってアキは眼を細める。

「ああそうだな。…………なあアキ。あのマークを見ただけで病院だってわかったんだな?」

 俊雄の質問にアキはうなずいた。

「ええ。あのマークは、シティ1stでも使われていたわ。病院のシンボルマークとして……」

 ということは、同じ意味を持っている可能性が高い。

「もしそうなら、アキは俺たちと同じ世界の人間、て可能性も出てくることになるんだな」

 俊雄の表情はいくぶんかあかるさを持っていたが、反対にアキの顔色はすぐれなかった。

「とにかく教授のところへ行こう。そうすれば、なにかわかるかもしれない」

 俊雄の言葉に、アキはただ黙ってうなずいた。

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