9thステージ
今回もグロテスクな表現のシーンがあります。苦手な方は、ご注意を。
白いアーマーが戦場を駆け抜け、エネミーキャラを次々撃破していく。
「次!」
新たな獲物を探す、猛禽の眼差しで、アキは索敵を再開した。すでに戦域は移動しつつあり、サキやカエデ、ユキナ、ミドリも移動している。
「よーし! 負けないから!」
アキは勇躍して戦場を駆けた。
やがて四人に追いついたアキは、背後に気配を感じた。
「! 後ろ!?」
反射的に振り向きながらレーザーを撃ち込む。
倒れたエネミーの頭を思い切り踏みつけた。その時、異様な感触を足裏に感じた。
「?」
不思議に思って、足元に視線を転ずると赤い絨毯がひろがっていた。
「ヒッ?!」
おもわず悲鳴をあげそうになった。足元には未だけいれんする首なしの死体があった。
「な、なに? ……これ…………」
周りを見回すと、ひとのかけらが落ちている。いくつも、いくつも、いくつもいくつもいくつも。
「なんなのよこれ!」
叫ぶアキの肩に、血にまみれた手が置かれた。
「なに言ってんの? アキぴょん。こんなのポイントだよ、ポ・イ・ン・ト」
カエデはにこやかな表情をアキにむけていた。しかし反対の手には、ひしゃげた生首を引きずっている。
「たーだの、ゲームなんだから気にすることナイナイ」
そう言って、軽く生首を放り投げると、ハンドガンで撃ち抜いた。軽い破裂音とともに、四散する。
破片はアキとカエデのまわりに降り注いだ。
「あ……あ……あ…………」
アキは口を半開きにしたままうめいた。
クスクス……。
カエデの笑みがとても凄惨なものに見えた。アキはけいれんするように首を振りつつ後じさった。まわりをよく見ると、サキも、ミドリもユキナも、人の体を貫き、引き裂き、叩き潰し、壊しつづけている。
「アキ? どうしたの? もっとたくさん倒さないとポイントが稼げないわよ?」
サキの言葉が、アキの耳朶を打つ。
「サキさん……? ひ、ひとですよ? ひとなんですよ! ほんものの!!」
アキは、必死で抗議した。しかし、
「知ってるわ」
サキの答えは簡潔だった。
知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。知ってるわ。
頭の中で繰り返されるその言葉に、アキの脳はマヒしていた。
「知って……いた? 知ってたんですか? この人たちのこと……なら、ならなんで!」
「ゲームだもの」
サキが冷たく言いはなったその言葉は、アキの胸に突き刺さった。
「あなたも、たくさん倒してきたじゃない? そうでしょ?」
その言葉は、アキの胸をえぐっていった。
そうだ、わたしもいっぱい倒した……何人も、何十人も、何百人も!
アキはぼう然となった。レーザーバズーカが手からすり抜け、重そうな音を立てて転がった。
「ほら、今もあなたのまわりにいっぱいいるじゃない」
サキの言葉に、アキは視線を巡らせた。かたちが欠けた、ひとだったものがアキの足元に這い寄ってくる。
「ヒッ!」
おもわず足で払うと、それは簡単に壊れた。
「あら、また死んだわね。アキ? あなたがやったのよ」
サキの言葉にアキは戦慄した。
「い、いや…………いやあ!」
アキは脱兎のごとく駆けだした。すべてに背を向けて。
「アキ、ムダよ。どこまで行ったってホラ……」
聞こえてくるサキの声に合わせるように、かたちの欠けたひとだったものが目の前に現れる。
「い……や、嫌々嫌々嫌々嫌々嫌ああああ!!!」
アキは半狂乱となって手を振り回す。吹っ飛んだそれはいとも簡単に壊れた。
「!」
アキがあわててそちらに目をやると、壊れたひとのかけらを抱き上げるものがいた。
「アキねえちゃん……どうして、どうして殺したの?」
チョコだった。
「違う、違う違う違う違う! チョコちゃん聞いて!!」
そう叫ぶアキにチョコは冷たく言いはなった。
「これ、パパなの」
アキの動きが止まった。
「まだ、おててしか見つからないの。パパもママもバラバラになっちゃったの」
スッとチョコは昏い視線をアキに投げかけた。
「パパをかえして」
アキは、一歩後じさった。
「ママをかえして」
チョコが一歩近づいた。
「パパと、ママを、かえしてええええ!!!」
チョコの絶叫に、アキは耳をふさいだ。
「もうやめて、もうやめてよう…………」
アキは幼子のようにべそをかいていた。だが、まわり中から、ひとだったものがアキに手を伸ばしてくる。
「ヒ、あ……い、いやあ…………」
アキはすべてを振り払うように駆け出そうとした。だが、何かにつまずいてしまった。
「な、なに……」
アキは自分がつまずいたものを見た。チョコだ。首がおかしな方を向いている。
「チョコちゃん? そ、そんなチョコちゃん!!」
アキは這うようにして戻るとチョコを抱き上げた。しかし、その首は支えているはずの場所のおもさに耐えきれず、重力に屈服していた。
「な、なんで、なんでよう……」
アキは涙を流しながら、チョコを抱きしめた。
「チョコ?」
聞き覚えのある声が背後からかけられた。ぎくりとなったアキは、おそるおそる振り向いた。
俊雄だった。
「違う、違うの俊雄君……そうじゃないの」
アキはちからなく首を振った。合わせるようにチョコの頭が揺れる。
「……アキ…………おまえ~~~!!!」
俊雄は赤い涙を流していた。
「ゆるして、ゆるして……俊雄君……」
アキの涙はとどまることを知らない。
「おふくろやおやじたちだけじゃ飽きたらず、チョコまでぇ!!」
「いやああああああああああ!!!!」
アキは絶叫した。しかし、目の前で、ひどく重いものが地面に落ちる音が聞こえた。
俊雄が大地に倒れ伏していた。
「え…………?」
アキは一瞬なにが起きたのかわからなかった。だが、自らの左腕が展開し、高熱を放った余波が空気を揺らがせている。
「そ……ん……な……」
俊雄の腹から下は炭化して消え去っていた。
「う……そ……うそ……、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそよ……うそ」
自分に、ほのかな暖かさをくれた少年。それを自分で…………。
「うそよーーーーー!!!!!」
アキの絶叫は荒野にこだました。
「うそじゃないよ」
すぐ近くから聞こえた。アキはぼう然と自分の腕の中を見下ろした。ちからなく揺れていたチョコの首が、光を失った瞳で自分を見つめている。
その口がゆっくり動いた。
「うそじゃないよ」
「ヒッ!」
アキは思わずチョコの体をほうりだしてしまった。だがそれだけではなかった。
「そう、うそじゃないさ……」
声は別の方から聞こえた。腹から下が無くなった俊雄がこちらを見ている。引きずるように腕だけでアキの方へと這いよってきた。
さらに、首を揺らしながら立ち上がったチョコも自分の方へと近づいてくる。
気付けば、周囲にはひとだったものが無数に群がってきている。
「い、嫌……こんなの……いや……いやあああああああ!!!」
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!」
アキは半狂乱になってベッドから跳ね起きた。
突然のことに、扉の近くで番をしていた俊雄が部屋に飛び込んできた。
「こ、ころした、ころしてしまった!! 俊雄も! チョコちゃんも! みんな、みんな! わたしが! わたしがぁ!!」
叫びながら自分の体をかきむしる。着ているものが裂け、白いハダが破れて血がにじみはじめた。俊雄はアキに飛びついて体をねじ伏せようとした。しかしアキは、その細身の体からは信じられないほどの力で暴れた。
「わたしが! わたしが!! わたしが!!! わたしが!!!! わたしが!!!!!」
俊雄は、うわごとのようにつづけるアキのほおを思いっきり張った。乾いた音が部屋に響き、アキの動きが止まった。
「大丈夫だ。おれも死んでないし、チョコも死んでない……だから……落ち着け……!」
俊雄はアキを抱きしめながら言い聞かせた。
「わたし……わたし……わたしいぃぃぃ」
俊雄にすがりついたアキは、顔からでるものすべて垂れ流しながらへたり込んだ。俊雄はそれに併せて腰を落としながら、アキの髪をやさしくなでてやった。
「俊雄、どうした? なにがあった」
ドアから白衣姿の教授と、寝ぼけ眼のチョコが顔を出した。
「アキねえ、どうしたの?」
尋常でない様子を察したチョコが教授の白衣の端を引っ張る。
「ああ、きっと怖い夢を見たんだよ。だいじょうぶ、もうおちついたみたいだから、チョコは寝なさい」
教授は優しくチョコの頭をやさしくなでてやった。チョコは、パタパタとアキの方に近づくと、アキの額にキスをした。
「チョコ……ちゃん」
アキはぼうっとしながらチョコを見つめた。
「ママのキスよ。もうこわいゆめをみなくなるおまじない」
そう言って顔いっぱいの笑顔をアキにむけた。
「チョコは、アキねえがだいすきだよ! だから、そんなかなしそうなかおしないで、わらって」
「チョコちゃん……ありが……とう……」
アキは一生懸命笑顔を作った。その顔は、なかなか笑顔に近づかなかったが、チョコには伝わったようだ。
「おやすみなさい」
そう告げると、チョコは部屋から出ていった。
「もう大丈夫かい? アキさん」
教授は、優しくアキに問いかけた。
「う゛、あ、ぶぁい、……ん、ん……はい」
アキは何とか返事をすると俊雄から離れた。
「ご迷惑……おかけ……しました」
そう言って頭をさげるアキに教授は、いいよいいよと手をひらひらさせた。
「ん、ほんとに落ち着いたようだね。チョコと俊雄のおかげかな?」
教授は、笑顔を見せながら頭を掻いた。
「僕は、まだ調べるものがあるからいくけど、俊雄、きみがついててやってくれるかい?」
その言葉に俊雄は、
アキが嫌でないなら。と答えた。
「わたしは……イヤじゃ……無いです……」
アキはそう言ってうつむいてしまった。
「じゃ、決まりだね。頼んだよ、俊雄」
そう言うと教授はさっさと出ていってしまった。アキはベッドに入りなおすとフトンをかぶって俊雄を見た。
「……ごめんね? 俊雄君……」
「おれならだいじょうぶだよ。いいから安心して寝な」
そう言うと俊雄はベッドの横に背中をあずけた。
「……ねえ、俊雄君……」
アキがぼそりと声をかけてきた。
「ん?」
ふりむかずに答えた俊雄に、アキは口をひらいた。
「……手……にぎって……くれないかな」
今度こそ俊雄はふりむいた。アキは、フトンの中で横になりながら彼を見つめた。
なにも言わずに俊雄は右手を出した。アキはおずおずと左手を出して俊雄の手を、軽く強くにぎった。
「ありがと……」
そう言ったアキは、安心したように目をつむった。
俊雄はそんな彼女を見つめていた。ずっと、機械だと思っていた。だから、彼女を見たとき全く信じられなかった。人間だと思えなかった。だが、こうして取り乱したり、好奇心いっぱいに目を輝かせているのを見ると、憎めない、憎みきることができない。敵のはずなのに……。
おやじ、おふくろ、おれ、しんじていいのかな……こんなにも純粋なこいつを、しんじたい、守りたいって……そう思ってるんだ。だから、ごめん。ゆるして……くれるよな。
俊雄のつぶやきは、どこか遠くに向かって紡がれていた。遠い遠い、この世ではないどこかへと。
明るくなった窓辺にふっと誘われるようにアキは目を覚ました。昨晩にぎった俊雄の手はそのままにぎっていたようだ。当の俊雄はベッドに頭を埋めるようにして寝息を立てていた。
クスッ。
軽く笑ったアキは、両手で俊雄の右手をそっとつつむとそのまま胸に抱いた。
自分の鼓動を強く感じて、軽い心地よさを味わう。
なんだか……しあわせな気分…………。
しばらくここちよさを堪能したアキは、俊雄を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
音を立てないように扉に近づくと寝間着すがたのままで部屋からしずかに出ていった。
それからしばらくして、俊雄の表情が動き、目を薄く開ける。
寝るつもり無かったのになぁ。
ぼぉっとそんなことを考えていた俊雄は、ふいに右手の中から小さなやわらかい感触が消え去っているのに気付いた。
「アキ?」
名前を呼びながらベッドを見つめたが、そこはもぬけのカラだった。
俊雄は両手で、自分の両頬を思いっきり張った。乾いたいい音が響き、頭の中のよどみが消えた。
「アキ!」
俊雄は急いで部屋を出ると家の中でアキを捜し始めようとした。が、すぐにみつかってしまった。
「チョコちゃん、塩はどのくらい入れるの?」
「うん、ひとつまみってところかな?そうそうそのぐらい」
「えーっと? みそ汁って言うのはどのくらいの味なの?」
「ええと、好みがあるからなんともいえないけれど、うちはこいめのあじなのかな?」
「ふうん」
調理場で、車輪付きの足場に乗っかったチョコに、エプロンすがたのアキが調理の仕方を教えてもらっている。立場は逆だが、その後ろ姿は仲の良い姉妹のようだ。
俊雄はかるく息を吐くと、テーブルの方に向かった。
「おはよう教授」
イスに座りがてら、いまだ眠そうな顔の教授にあいさつする。
「ん」
返事はそれだけだった。
「できたよ~」
チョコは、太陽に向かって大きく咲きほこる花のような笑顔で入ってきた。つづいてアキも笑顔で朝食をはこんできた。
俊雄はアキのやわらかい笑顔に表情をくずした。
元気になったのかな……。
あるいは、とも思う。アキのこころはピュアな面を持ちつつ、芯の通った部分があることに俊雄は気付いていた。
だから彼女は、簡単にくじけない。それは、アキ自身のこころに大きな重しとなってのしかるものでもあった。それをすこしでも軽くしてやりたい。俊雄はそう思わずにはいられなかった。
「俊雄君……このサラダとね、みそ汁の味付けはわたしがやったんだよ」
アキはそう言って俊雄を見つめた。俊雄は背中にむずがゆさを覚えながら、サラダを箸でつついた。口の中に野菜をほうりこむと、それらは次々かみ砕かれ、のどの奥へと消えていく。
「ど……どうかな……?」
チョコとふたりで固唾をのんで様子をうかがっていたアキは、真剣な表情でたずねた。俊雄は、ツイと下を向いてなにも答えない。
「お……おいしくなかった……?」
アキはちょっと眼をうるませながら俊雄に問いただす。すると、俊雄の肩が小刻みにふるえだした。
「おいしくなかったのね? そうなのね?」
「うまい」
アキの言葉につづけるように、俊雄は一言つぶやいた。
「え?」
アキは、突然のことに状況が飲み込めておらず、顔いっぱいに、?をうかべていた。
俊雄は、すこし笑いながら顔をあげると今度ははっきりと言った。
「うまいよ。ほんとに」
それを聞いたアキの顔が、まばゆいほどに輝いた……が、ふと、なにかを思いついたのか、表情がけわしくなる。
「俊雄君……もしかして、わたしの反応見て楽しんでなかった?」
その言葉に俊雄はウインクして見せた。
「朝っぱらから心配かけてくれた、お礼だよ」
チョコと教授はすぐに、ああそうか。と思い立ったようだが、当のアキは合点がいかないらしい。
ひたすら、? を周囲にとばしているアキを後目にして、三人は朝食をすませたのだった。