表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い通訳者たち  作者: 久遠レイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/41

第四十章 当事者窓



 当事者窓は、ずっと未成立だった。

 未成立は、逃げではない。

 成立させると札になる。札になれば、終わる。

 だからここまで、皆が保留してきた。


 朝、地下区画から一本の連絡が入る。

 内容は短い。短いほど重い。


 当事者:面談の希望

 条件:録音しない

 形式:同席は一名まで

 期限:本日


 希望。

 希望という語は、人間側から出ると弱い。

 だが“当事者”から出ると、窓枠になる。

 外部監査官が言った。

「成立の兆候です」

 監察官が即座に言う。

「危険だ。拒否しろ」

 佐伯は淡々と言った。

「拒否は札になります」

 監察官が言う。

「受け入れも札だ」

 佐伯が答える。

「だから、条件を紙に落とします」


 佐伯は紙を一枚置く。

 今日の紙は、いつもより丁寧だった。


 当事者面談:運用条件(暫定)

 ・記録:要約(本人確認後に本人へ提示)

 ・録音/撮影:なし

 ・同席:外部監査官のみ

 ・目的:同意の枠組み確認(技術・起源の質問禁止)

 ・停止権:当事者は面談中、単独で一時停止可能

 期限:本日限り


 監察官が言った。

「停止権を与えるのか」

 佐伯は淡々と言う。

「当事者窓は、当事者のためにあります」

 外部監査官が頷いた。

「停止権がない同意は、同意ではありません」


 面談室は、地下ではなかった。

 地上でもない。

 “中間”の区画。

 ガラスもない。代わりに、扉が二重。

 扉が二重なのは隔離のためではない。

 速度を二回落とすためだ。

 部屋は白く、物が少ない。

 少ない部屋は嘘が入りにくい。

 飾りは札を作る。

 佐伯は入らない。

 入ると札になる。

 同席は外部監査官だけ。

 佐伯は廊下で待つ。待つのも運用だ。


 しばらくして、扉の向こうから声が聞こえた。

 声は低く、滑らかで、地球の言語に似せてある。

 似せてあるのに、敬語が正確すぎる。

 当事者が言った。

「呼称を急がないでください」

 外部監査官が答える。

「呼称規則は維持しています」

「維持していることを、あなたは維持できますか」

 質問の形をした条件。

 外部監査官が言う。

「期限で維持します」

 当事者は一拍置く。

「期限は良い。だが期限は、更新される」

 外部監査官が答える。

「更新条件を固定します」

 当事者が言った。

「固定は札になる。固定するなら、欠落を明示してください」

 欠落。

 またその語が出る。

 欠落を隠すな。履歴にせよ。


 廊下で待つ佐伯の端末に、外部監査官から短いテキストが来る。

 進行中。落ち着いている。

 質問は拒否されている。

 彼/彼女は“同意”より先に“保留の権利”を求めている。

 保留の権利。

 それは同意より強い。

 同意は肯定だが、保留は境界だ。


 面談は三十分で終わった。

 外部監査官が出てくる。

 表情は変わらない。だが歩く速度が少し遅い。

 遅いのは、重さを持ち帰った証拠だ。

「何を求められましたか」

佐伯が聞く。

 監査官は淡々と言った。

「四つです」


 呼称の保留(継続)

 例外上限の明示(数値ではなく条件)

 署名の非個人化(札化防止)

 面談内容の“本人確認”権(要約の承認)


 佐伯は頷く。

 監察官が割り込む。

「起源は聞いたか」

 外部監査官は首を振る。

「聞けませんでした。聞くと札になります」

 監察官が言う。

「なら何の意味がある」

 佐伯は淡々と言った。

「意味はあります。当事者が窓を認めた」


 その夜、差分ログに新しい項目が追加された。

 項目の名前が、少しだけ震えていた。


 当事者窓:暫定成立

 記録:要約(本人確認待ち)

 停止権:面談中のみ(単独)

 期限:二十四時間(再評価)


 “成立”。


 成立は札になり得る。

 だから暫定。だから期限。

 地下区画の掲示板に、あの一行の下へ追記があった。


 同意は肯定ではない。

 保留は権利である。

 その権利を、札にするな。


 佐伯は、その字を見て、目を閉じた。

 閉じるのは祈りではない。

 速度を落とすための習慣だ。

 当事者窓が開いた。

 窓は光を入れる。

 光は影も作る。

 影が札にならないように、

 明日も紙を貼り直す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ