第三十五章 窓の重み
国際照会は、二通目で重くなった。
重さは文字数ではない。
“名”が出ると重くなる。
国際照会(第二報)
要請:外部査察の受入れ
期限:七十二時間
付記:相互信頼の維持のため
相互信頼。
信頼という語は、よく刃になる。
信頼を要求する側は、たいてい急いでいる。
佐伯は紙を一枚出す。
短く、重い紙。
外部査察:運用上の取り扱い(暫定)
・受入れ可否は即答しない
・受入れの場合、範囲は運用に限定
・拒否の場合、理由は「当事者同意未成立」
・内部の例外を増やさないことを優先
期限:二十四時間(案)
外部監査官が言った。
「七十二時間に対して、こちらの二十四時間は正しい」
監察官が言う。
「正しくない。遅い」
佐伯は淡々と言う。
「遅くするために正しい」
合同室に、大佐が入ってくる。
今日は制服だ。
制服が札になる匂いがする。
「上が動いた」
大佐が言った。
監察官が続ける。
「査察を受ければ、国内は黙る」
佐伯は言う。
「国内を黙らせるために、外に札を渡すのですか」
大佐が言った。
「札は、渡さなくても奪われる」
外部監査官が淡々と言った。
「奪われないように、窓枠を太くする」
窓枠を太くする。
太くすると見える範囲が増える。
増えるほど、札ができる。
札ができるほど、穴が生まれる。
佐伯は言った。
「窓枠を太くする代わりに、窓を増やします」
監察官が眉を動かす。
「増やす?」
「三つに分けます。運用、倫理、当事者」
提案は、紙になった。
外部査察:三窓方式(暫定)
A)運用窓:監査ログ/手順/期限(技術除外)
B)倫理窓:同意雛形履歴/例外運用の履歴
C)当事者窓:同意の枠組み(本人の判断が成立した場合のみ)
期限:四十八時間(再評価)
外部監査官が頷く。
「窓を分けると、混ぜにくくなる」
監察官が言った。
「窓が増えると、管理が難しい」
佐伯は淡々と言う。
「難しい方が、札になりにくい」
大佐が言った。
「だが相手は技術を見たがる」
外部監査官が淡々と言った。
「見せない。見せない理由を固定する。見せないことを隠蔽にしない」
監察官が言う。
「言葉遊びだ」
佐伯は答える。
「運用です」
地下区画。
AO―2が言った。
「外が近づく」
佐伯は頷く。
「窓が重くなりました」
AO―3が淡々と言う。
「窓が重くなるほど、窓枠が歪む」
《アオ》が言った。
「歪んだ窓枠は、札を落とす」
佐伯は言った。
「落とさないように、窓を分けます」
AO―1が静かに言った。
「分けるのは、地球の技術だ」
佐伯が言う。
「はい」
「だが地球は、分けたものを最後に混ぜる」
佐伯は一拍置く。
「混ぜる前に、期限を切ります」
夕方。
匿名掲示板に、また札が貼られた。
「海外が来るってよ」
「これもう宇宙船確定」
「査察って言い訳」
札は簡単に増える。
増えるほど、窓は重くなる。
重くなるほど、内側は速くなる。
監察官が言った。
「ほら、もう漏れてる」
佐伯は淡々と言う。
「漏れた運用を監査対象にします」
外部監査官が頷く。
「漏れは塞げない。塞ぐほど穴が増える」
佐伯は言った。
「なら、漏れても壊れないようにします」
夜。
三窓方式の草案が、国際窓口へ送られた。
返事はすぐに来なかった。
すぐに来ない返事は、相手も速度を落としたということだ。
地下区画の掲示板には、例の一行が残っている。
その横に、誰かが小さく書き足していた。
窓は重い。
重い窓は、枠から落ちる。
落ちる前に、窓を分けよ。
佐伯はその字を見て、ほんの少しだけ笑った。
笑うのは余白だ。
余白があるうちは、折れにくい。
窓の重みは増す。
増した重みを、誰かが毎日支える。
支えることは勝利ではない。
だが支えないと、全部が落ちる。




