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青い通訳者たち  作者: 久遠レイ


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第二十一章 共有の副作用


 国際枠組みのログ共有は、紙の上では簡単だった。

 現場では、簡単なことほど難しい。

 共有開始の翌朝、施設のネットワークに“段差”ができた。

 回線が遅いのではない。手続きが遅い。

 ログを分離し、技術情報を除外し、運用だけを抽出し、監査用の形式に整える。

 整える作業が増えると、人は雑になる。

 雑になると、例外が増える。

 主任が言った。

「共有のための共有になってる」

 監査官が言う。

「共有は抑止です。抑止は仕事です」

 監察官が言う。

「抑止は弱い。排除が強い」

 佐伯は淡々と言う。

「強いものほど、壊します」

 合同室の机に、共有ログのサマリーが並ぶ。

 国際ネットワーク側の受領確認も付いている。

 紙の形にすると、ようやく現実になる。

 その紙の端に、赤い付箋が貼られていた。


追加要請:監査ログの“生”に近い形式

理由:穴が要約で隠れる


 監査官が言った。

「向こうは要約を信用していない」

 主任が言う。

「信用されなくていい。技術は出せない」

 佐伯が言った。

「技術は出しません。でも“生”に近い運用ログは出せます」

 監察官が言う。

「生、とは何だ」

 佐伯は淡々と言う。

「誰が、いつ、どの権限で、どの手順を踏んだか。操作の列です。内容ではない」

 監査官が頷く。

「操作列なら、抑止になる」

 監察官が言う。

「抑止が増えるほど、相手は穴を探す」

 相手。

 ここでいう相手は国外だけではない。

 内部の“内部(不明)”も相手だ。


 午後、地下区画。

 AO−2は、端末の前に座っている。画面は見ていない。音を聞いているようだった。

「共有が始まった」

 佐伯が言う。

 AO−2は頷く。

「共有は窓だ」

 AO−1が言う。

「窓があると、外が入る」

 AO−3が淡々と言う。

「外が入ると、内が動く」

 佐伯は聞き返す。

「内が動く?」

 AO−3が言う。

「内側の署名が、きれいになり始める。きれいになるのは、消える前兆だ」

 きれいになる。

 ログが“整う”とき、誰かが掃除している可能性がある。

 掃除は正義の顔をする。だから危険だ。


 その夜、監査ログに変化が出た。


アクセス:監察系(増)

アクセス:施設運用(減)

アクセス:内部(不明)(ゼロ)


 ゼロ。

 ゼロは安心ではない。ゼロは削除の形をしている。

 佐伯は監査官に連絡する前に、紙を出した。

 紙にすると、内部の誰かが勝手に消しにくい。

 消せるが、消すと音がする。

 紙のタイトルは短い。


不明アクセス:ゼロ化(要確認)


 監査官がすぐ来る。

 速い監査官は珍しい。珍しいことは、事態がもう危険だということだ。

「消え方が不自然です」

 監査官が言った。

 佐伯は頷く。

「はい。掃除が入った」

 監査官が言う。

「掃除は、誰が」

 佐伯は淡々と言う。

「それを個人名にしないために、窓を開けました」

 監査官はタブレットを操作し、国際ネットワークへ短い通知を送った。

 技術ではなく運用。運用の異常だけ。

 数分後、返信が来る。短い。


同様の現象あり(別地域)

不明アクセスが“監察系”へ吸収

監査ログの形式を変更せよ(操作列の強化)


 吸収。

 不明が消えたのではなく、別の署名に吸い込まれた。

 署名は色を変える。色を変えると、責任も色を変える。

 監察官が合同室に呼び出された。

 今日は逃げない。逃げると、窓が閉まる。

 監察官は言った。

「不明が消えた。問題は解決した」

 監査官が言う。

「解決ではありません。吸収です」

 監察官が言う。

「吸収なら、なおさら監察系の仕事だ」

 佐伯は淡々と言う。

「監察系の仕事にすると、窓口の外が内側にできます」

 監察官が佐伯を見る。

「先生は、監察を悪だと言いたいのか」

 佐伯は答える。

「善悪ではありません。速度です。監察は速い。速いものは最適化に向かう。最適化は、条件を削ります」

 監察官は言った。

「条件が邪魔なら、条件を変える」

 その言葉は静かだった。静かだから怖い。

 監査官が言った。

「条件は公開されています。変えれば、外が騒ぐ」

 監察官は言う。

「外が騒げば、統制が正当化される」

 外が騒ぐ。統制。例外。

 同じ円を回っている。円を回っている限り、到達は遠い。

 佐伯は淡々と返した。

「統制が正当化されると、提供が止まります」

 監察官が言う。

「止めさせない」

 佐伯は言う。

「止めさせないために、条件が必要です」

 監察官は黙る。

 黙っている間に、何かが決まることがある。


 その夜、地下区画の掲示板に新しい紙が貼られた。

 今度は監察系の紙だった。文面が硬い。


安全保障措置(暫定)

目的:外部干渉抑止

内容:アクセス権限の再編

期限:未定


 未定。

 最悪の期限が、戻ってきた。

 佐伯は紙を剥がさない。剥がすと戦争になる。

 代わりに、横に小さく紙を貼った。地味な紙。


期限:未定は不可(運用枠組みに反する)

再評価:二時間ごと(最低)

記録:監査対象


 貼った瞬間、廊下の空気が少しだけ変わる。

 小さな紙は、見逃される。

 見逃されても、消されると音がする。

 音がしたら、記録になる。

 AO−2がインターホン越しに言った。

「共有の副作用だ」

「副作用?」

「窓を開けると、内側は窓を塞ぎたくなる」

 AO−3が淡々と言った。

「窓を塞ぐと、穴が増える」

 AO−1が言う。

「穴が増えると、誰かが落ちる」

 誰か。

 それが被験体なのか、佐伯なのか、国家なのかはまだ分からない。

 分からないから、手順が必要だ。

 佐伯は端末を開き、操作列の形式を変更する指示を出した。

“生”に近い運用ログ。

 人が嫌がる形式。だが嫌がる形式ほど、抑止になる。

 抑止は地味だ。

 地味なものだけが、夢の足場になる。


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