第18話 観察者
朝。
西都の空気は、昨日よりも少しだけ冷えていた。
宿舎の窓から差し込む光の中、リナは一人、目を細めていた。
(……昨日で、だいたい分かった)
ベッドに座ったまま、視線だけを動かす。
部屋の奥。
カゲトが剣の手入れをしている。
無駄のない動き。
だが、どこかぎこちない。
(あれ、完全に引きずってるわね)
昨日の会話。
あの一言。
――「仲、いいな」
あれは軽い言葉じゃない。
(あれは……嫉妬)
確信していた。
一方で。
窓際では、リオがステラと話している。
「ねえステラさん、昨日の魔力の話なんだけどさ」
「ええ、呼吸と連動させるのがコツよ」
距離が近い。
自然に。
無意識に。
(こっちは無自覚、と)
ステラは何も気づいていない。
リオは……気づいていないというより、
(完全に勘違いしてるわね)
「なあ、準備できたか」
カゲトが声をかける。
「うん、いつでもいいよ!」
リオが振り返る。
その後ろで、ステラが軽く笑った。
「今日は昨日より少し難しい依頼よ。気を引き締めてね」
「任せて!」
元気よく答えるリオ。
そのやり取りを見て、カゲトはほんの一瞬だけ視線を逸らした。
(……分かりやすいわね)
リナは内心で呟く。
(兄貴は姉貴が好き)
(姉貴は気づいてない)
(ガキは……まあ、夢見てる)
盤面はシンプルだった。
だからこそ、動かしやすい。
(問題は――どう動かすか)
リナはゆっくり立ち上がる。
伸びを一つ。
そして、何気ない顔で三人の方へ歩み寄った。
「ねえ、今日の配置なんだけど」
唐突な一言。
カゲトが眉をひそめる。
「またその話か?」
「いいじゃない。せっかく西都まで来たんだし、少しは変えてみない?」
リナは軽く肩をすくめる。
「固定だと癖が出るでしょ」
正論だった。
カゲトは少し考え、そして頷く。
「……で、どうする」
リナは一瞬だけ間を置いた。
そして、自然な口調で言う。
「前衛、カゲトとステラ」
「……は?」
カゲトの反応は予想通りだった。
「何でそうなる」
「バランスよ。あんたが前、姉貴が中距離サポート。普通でしょ?」
「いつも通りでもいいだろ」
「ダメ。変化がないと伸びないわよ」
一歩も引かない。
ステラが口を開く。
「……私はどちらでもいいわよ。カゲトと組むのも久しぶりだし」
その一言で、流れが決まる。
カゲトは小さく舌打ちした。
「……分かった」
リナは、ほんのわずかに笑う。
(よし、第一手)
「じゃあリオは?」
リオが首を傾げる。
「リナと後衛。索敵と補助」
「えー!?」
不満そうな声。
「何よ、その顔」
「いや、だって……」
ちらりとステラを見る。
分かりやすい。
リナはため息をついた。
「子供じゃないんだから。役割分担くらい理解しなさいよ」
「……分かってるけどさ」
「なら決まり」
言い切る。
逃げ道は作らない。
カゲトはその様子を横目で見ていた。
(……あいつ、妙に仕切るな)
違和感はある。
だが、間違ったことは言っていない。
それに――
(ステラと組むのは……)
少しだけ、考える。
「行きましょうか」
ステラが歩き出す。
今度は、カゲトの隣に立った。
自然に。
昨日とは逆の位置。
一瞬だけ、リオの足が止まる。
ほんの僅か。
だが、確かに。
リナはそれを見逃さなかった。
(……ああ、いい反応)
心の中で笑う。
(これでバランスは崩れた)
昨日までの“なんとなくの関係”は終わり。
ここからは、 意識された関係に変わる。
「ほら、行くわよ」
リナが軽く声をかける。
「……うん」
リオは小さく頷き、歩き出した。
その背中を見ながら、リナは思う。
(ここからよ)
(兄貴と姉貴をくっつけて)
(ガキの夢を終わらせる)
(その後は)
ほんの一瞬だけ、思考が止まる。
だがすぐに、いつもの表情に戻った。
「面白くなってきたじゃない」
西都の喧騒の中。
四人の関係は、静かに形を変え始めていた。




