第15話 西の都への旅路
# 緑陰の狩猟場
「はい皆さん注目!」
ステラが薬草籠を掲げ宣言する。西都へ向かう街道の分岐点。眼前に広がるのは樹冠が天蓋を成す大森林だ。
「今回の任務は二種類ね。まず西都薬学院から依頼の《月光茸》採取。あと襲撃多発中の《雷尾狐》討伐」
「両方同じ場所なの?」
リオが疑問を投げた矢先、茂みが割れた。
シュッ――!
地面を這う金属音。鋭利な鋼鉄ワイヤーが四人の足元を狙う。
「散開して!」
ステラの叱咤が遅れることはなかった。彼女自身は片手でリナを抱え宙に舞い上がり、空いた片手で放った火球がワイヤーを溶解させる。
「リオくん右翼! カゲトさんは左から包囲!」
「了解!」
「任せろ!」
刹那――。
巨大な狐型魔獣《雷尾狐》が咆哮を上げた。全身から青白い稲妻が迸り、樹木をなぎ倒すほどの轟音が森を支配する。
「ちっ……思ったよりデカいな」
カゲトが舌打ちしつつ短剣を抜く。虚弱体質ゆえ全力疾走は避けねばならない。まずは死角から攪乱を試みるしかない。
(ステラと比べたら動きは遅い……でも!)
樹上から飛び降りてきたリオが煙幕玉を投擲。靄に紛れ込み左右から挟撃態勢を築く。だが敵は感知能力が高い。尻尾の先端に凝縮した電弧が鞭のように空間を裂いた。
「うわぁっ!」
リオの叫び。逃げ遅れたのか――と思った瞬間。
「動かないで!」
空気を裂く鋭い音と共に投擲された投げナイフ リナの早業だった。刃は電弧を巻き込むように狐の横腹に突き刺さる。苦悶の嘶き。閃光が爆ぜて靄が晴れた。
「チャンス!」
ステラの詠唱。
「《氷蓮結晶壁》!」
地面が凍結し円形の結界が構築される。狐は封じ込められ四肢を振り回すが氷結は厚く堅牢だ。
「トドメは任せて!」
カゲトが跳躍し斬りかかる。だが狐の電磁場が火花を噴射し視界を奪う。咄嗟にステラが腕を引く。
「まだ無理!」
「うぉっ!?」
抱き止められる格好となりカゲトの頬が豊かな胸に押し付けられる。
(あ……柔らか……じゃなくて!)
血圧急上昇。脳内で警告音が鳴り止まない。
「落ち着いて。最後の一撃は協力技よ」
彼女が掌を差し出し魔力を同調させる。ステラの膨大な魔力がカゲトの貧弱な魔力核と共鳴。剣身が蒼白い光芒を帯びた。
「合わせて――三秒!」
「わかってる!」
「3……2…1!」
剣閃が奔る。氷結した大地から蒼穹へ抜ける斬撃。狐の首根が切断され絶命の絶叫が霧散した。
●○●○●○
「ふぅ~……終わったぁ……」
ステラが汗を拭うと額の金環飾りが陽光に輝いた。彼女の胸部は息遣いに合わせ上下している。
「やっぱり凄いねステラ姉さん」
リナが感嘆。リオはまだ少し息が上がっている。カゲトはといえば膝を抱えて座り込んでいた。
(助けられた……またしても……)
感謝と悔恨の狭間で視線が泳ぐ。そんな心情を見透かしたかのようにステラがしゃがみ込んだ。
「疲れた?」
「いや平気……ありがとう」
「じゃあ今度はわたしが頑張ってもらっちゃおうっと」
彼女は籠いっぱいの月光茸を指差した。「運搬手伝ってくれる?」
「もちろん」
立ち上がると改めて身長差を実感する。ステラの瞳がほぼ真正面にある。彼女の香りが濃厚に鼻腔を刺激する。
「ところでさ」
唐突な問い掛け。
「リオくんは弟でリナちゃんは妹枠だとすると……カゲトさんはなんだろう?」
「え」
「兄弟でもなければ恋人でもない? 彼氏未満? 愛玩動物?」
「ちょっ!? からかわないでくれよ!」
「あははっ☆」
ころころと笑うステラ。その純粋な表情に苛立ちよりも困惑が勝る。
(こういう所がズルいんだよな……)
太陽が傾き夕暮れを招く頃。四人は森を抜け野営地へ到着していた。簡易テントを張り火を熾す。リオとリナは薪を集めに行く。ステラは鍋でシチューを煮ながら器用に薬草を選別する。
「カゲトさん」
静かに名を呼ばれ振り向くと彼女が顔を近づけていた。蜂蜜色の瞳に炎が映り込んでいる。
「今日一日ずっと考えていたんだけど」
「なにを?」
「あなたの剣術って……すごく綺麗なんだよ」
予想外の評価に瞠目する。
「型の省略が緻密すぎて見た目以上の効率性。あれは理論武装だよね?」
「勉強しただけだよ。教科書の写しとかで」
「だったらもっと自信持って。わたしの剣はあなたという教本がなければ出来ていないもの」
「それは買い被り過ぎだって……」
謙遜すれば彼女が首を横に振る。
「わたしのほうが強いかもしれない。だけどあなたは賢くて忍耐があって冷静」
「……ステラ……」
「それがわたしの心を守ってくれる。物理的に斬られることはなくても心が壊れてしまえば意味ないでしょう?」
「そうだけど……」
「だからお互い様。わたしがあなたを守りあなたがわたしを支えて」
真摯な声音。夕闇の中でも彼女の耳先が朱く染まって見える。
「そういうの……恋人ぽくない?」
「へ!?」
「冗談♪」
ぱちんとウインクを飛ばすステラ。照れ隠しのような仕草に思わず安堵混じりの苦笑が漏れた。
「じゃあ……帰ったら酒でも奢ってもらおうかな」
「えー未成年はダメですよー」
「十五歳でも大人料金払ってる奴がよく言うよ……」
「ほほう。つまり合法的に飲む方法があると?」
「黙秘権行使」
「許しません♪」
戯れるように肘をつつかれ鼓動が加速する。その時遠くからリナとリオの呼ぶ声。二人同時に我に返り苦笑。
「行ってらっしゃい英雄さん♪」
「あぁ。行ってきます……女神様」
冗談交じりの別称にステラが嬉しそうに手を振った。
夕食時。焚火を囲んで乾杯もどきを行う。リオとリナも加わり笑顔の大合唱。ステラはカゲトの横顔をちらと窺う。
(焦らずにゆっくりね。必ず肩を並べられる日が来るから)
彼女の呟きは誰にも聞こえぬほど小さく――けれど確信に満ちていた。
## 夜明けの誓約
夜半。星明りのみが差す天幕の中。
「ん……暑いかも」
ステラが寝袋から這い出し上衣を緩めた。豊満な乳房がローブ越しにも判然とし薄暗がりでさえ官能を帯びている。その輪郭を目にしてカゲトは慌てて顔を逸らした。
「悪い。起こしたか」
「ううん……喉渇いただけ」
彼女は水筒を傾けひとくち含むと唇を湿らせた。銀色の髪が枕元に垂れ幻想的な色彩を添えている。カゲトは背筋を正しつつ己の昂ぶりを抑えようと努めた。
「あのさ」
「なぁに?」
「今日……本当は怖くなかった?」
狐魔獣との遭遇時は彼女の余裕が崩れていたように思えた。
「少しね。でもね」
彼女が目を瞑る。
「もし怪我したり死んだりしたら……カゲトさんに『情けない』って思われちゃうのが一番恐かった」
「馬鹿言うなよ。誰もそんな風に思ったりしないさ」
「ふふっ……ありがと。でもあなたが『守られるだけの相手じゃない』って証明してくれたおかげで今は全然怖くない」
再び開かれた瞳が満月のように澄み渡っている。
「だから次はわたしの番だよ。何か困ったことがあればなんでも言いなさい」
「俺のほうが年長者なんだけど」
「肉体年齢不詳なんでしょ?」
「それを言われると反論できないな……」
「ならなおさら甘えちゃいなさい♪」
彼女が悪戯っぽく笑い手を伸ばす。頬へ触れる寸前で引っ込めた。も確かな希望を胸に少年は歩を進めるのだった。
「それより、リオのことだけど」
唐突な話題転換。カゲトの眉間に皺が刻まれる。
「アイツ……お前を好きすぎるだろ?」
「弟扱いしてるつもりなんだけどね」
「だからさ……」
「ん?」
「リオが傷つかないように配慮してくれるか? プレッシャーかけたり期待を持たせたりせずに」
「優しいねカゲトさん」
ステラの唇が微かに震えた。
「了解。責任は取らないけど優しくするよ。それでいい?」
「十分すぎる」
二人は拳を合わせ夜風に混ざる灯火を見つめる。そこに新たな冒険の匂いが漂っていた。




