二人きりの秘密の誓い
乾杯が終わると、客人たちが談笑し始め、殿下に挨拶をしに大勢の人々が押しかけてくる。
私は、なんとなくその空気に馴染めず、殿下と距離を取るように気配を消して壇上から降りた。
フレデリック殿下が主賓は私だと言ってくれたが、実際客人は競馬関係者以外も来ており、政治的には騎手ではなく殿下に名前を覚えてもらいたい人が多いのだろう。
そんな私を見かねてか、セドリックが見たことも無いような食べ物が並ぶブッフェを紹介してくれたが、料理名を説明されても何がなんだかよく分からなくて、試しにパテと呼ばれる粘土のようなものを食べると、とても粘っこく、あまり良さが分からなかった。
そんな私に、声をかける優美な貴婦人の声がした。
「初めまして、リア騎手。」
振り返ると、そこにはシビュラが立っており、私に微笑みかける。
「初めまして、シビュラ宮廷魔導士様。」
私は慣れないドレスでぎこちなく挨拶を返す。
シルヴァーレイスを妨害された一件もあり、なんとなく彼女との空気はぎこちないものだった。
あの時、『若葉杯』のときに魔法をかけたのは彼女の差し金なのか、ヴィクトリアが自ら行ったものなのか、定かではないものの、宮廷魔導士である彼女がヴィクトリアの不正を見逃すわけがない。
しかし、ヴィクトリアの不正があってもヴァングロリアの勝利を享受している様子から、答えは明白だった。
「この前の走り、お見事でした。『若葉杯』での大怪我からの華麗なる復帰。ブラックヴェッセルとまさに人馬一体、といったところかしら。是非、わたくしのヴァングロリアとヴィクトリア騎手とも戦ってほしいですわね。」
一体、どの面を下げて勝負を挑みに来ているのだろう。
私はこの得体の知れない女に対し、あまり良い気分を抱かなかった。
言葉を交わせば交わすほど、この女のペースに乗せられる—。
そんな嫌な空気感だった。
「その際は、この前みたいな事故が起きなければ良いですがね。」
私が皮肉を返すと、彼女は目を糸のように細めた。
「あの事故は不幸でした。とても心配しましたのよ。あれからシルヴァーレイスと言ったかしら、彼?彼女?の容体はどうなのかしら。」
私は思わず彼女のことを睨み、険悪な雰囲気がピークに達したときに、フレデリック殿下が私の元へ来てくれた。
「すまない、本当は真っ先に挨拶に来たかったが、いろんな人に捕まってしまって、来るのが遅くなってしまった。今回は、本当にブラックヴェッセルと一着を取ってくれてありがとう。」
殿下が、シビュラに一礼すると、彼女はユニコーンをお大事に。とだけ言って去っていった。
彼は、騎手になって固くなった私の手をそっと優しく触れながら、それとなく輪から外れたバルコニーへとそれとなくエスコートしてくれた。
そのささやかな気遣いが嬉しかった。
バルコニーでは、三日月が見事に輝いており、美しいヴェルダンティア王国の輪郭をうつしだしていた。
「騒がしくてごめんね。落ち着かなかっただろう。」
否定をしたかったが、生憎私の表情に疲れが出ていたようで、殿下の優しさが身に染みた。
彼はその様子を見て、真面目な面持ちになる。普段は見ない王子の顔だ。
「宮廷魔導士のシビュラ・メルヴァと話をしていたな。僕の兄上である第一王子アラリック・ヴェルダンティアが後継者第一候補と言われているから、彼女は兄上につきっきりなんだ。兄上は戦上手ではあるものの、ユニコーンには全く興味が無くてね。ユニコーン好きな父上とはあまり話をしないんだ。きっと、彼のことを考えてシビュラが代わりにユニコーン競馬を頑張っているんだと思う。」
私はフレデリック殿下の胸の紋章に描かれているユニコーンを見た。
「もう一人の兄上は第二王子ユリアン・ヴェルダンティア。キミは一度会っているよ。」
ブラックヴェッセルのことを小ばかにしてきた人か。と私はなんとなく察しがついた。
「僕は兄上たちと争うつもりはないんだけれど、周囲がそれを許さない。僕は陰謀とか、そういうのは苦手だ。だからブラックヴェッセルを通じて証明するだけだ。」
すると、殿下は元の無邪気な青年の顔に戻る。
「ごめんね、急にこんな話。こんな面白くない話をするために、バルコニーに呼んだわけじゃないんだ。今日は来てくれてありがとう。ブラックヴェッセルがデビューしただけではなく、メイクデビュー戦で初勝利を得たことが、とても嬉しかったから、是非キミと共有したかった。それが一番だ。」
殿下が差し出した盃に、私も盃をカツン。と合わせた。
「いいえ、殿下。殿下の思いはよくわかりました。彼らにも目にものを見せてやりましょう。私も彼女に借りができました。殿下、目標はありますか?私はあります。目指すは―。」
「「V1制覇」」
夜風に混ざって、二つの声が完璧に重なったことに、思わず吹き出してしまった。
でも、同時にお互い同じ覚悟であることが嬉しかった。
「…ブラックヴェッセルはV1を取れるという確信がある。でも、制覇となったらまた別だ。V1を1勝したユニコーンは何頭かいる。でも全てのV1を勝利したユニコーンはまだいない。黒いユニコーンは不吉だ。勝てない。と言われたそのユニコーンで、V1を制覇する。それが僕の目標だ。」
そう決意する殿下の眼差しは、とても精悍に見え、月明かりによく映えていた。
「私も、同じ気持ちです。私も貴族生まれではない騎手はV1には行けないと言われていました。だからブラックヴェッセルと共に制覇を目指したい。そして、卑怯な手を使うような奴らを黙らせたい。」
恋に破れたから―。という言葉を飲み込んで、今は素直な気持ちを殿下にぶつけた。
不純な気持ちは何一つ無い。
「では、共に目指そう。V1制覇を。そのためにセドリックと共にチームとして、今後の立ち回りを馬主としてちゃんと考えないとだ!」
殿下は盃を置くと、私の手に手を重ねてきた。そして、改めて私に向き直った。
「月明かりの下だと、キミの素敵なドレスはよく映えるね。一着を取ったリア騎手も良かったけれど、今のキミも素敵だよ。今日は本当に来てくれてありがとう。そして、今後も、チームブラックヴェッセルの一員としてよろしくね。」
殿下の笑顔が眩しかった。
お世辞だと分かっても、二人きりのこの場所で、フレデリック殿下がそう言ってくれたのが嬉しく、私の胸は一気に高揚した。
帰りの馬車の中でも、私の心は高鳴ったままだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
無事に祝勝会を迎え、リアとフレデリック、そしてブラックヴェッセルの3人で「V1制覇」という大きな目標に向けて誓いを立てることができました。
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次回は日曜日更新予定です!




