初勝利の歓声と、王子の意外な一面
今日はブラックヴェッセルの記念すべき初出走日だ。
最初、フレデリック殿下に王族専属の騎手宿舎への異動を薦められたが、シルヴァーレイスと離れたところがどうにも落ち着かなくなりそうなので、それは断った。
幸い私は狭い宿舎で一か月ほど安静にしていたところ、後遺症が残ることなく快復し、ブラックヴェッセルのメイクデビュー兼私の復帰戦ということになった。
もちろん、フレデリック殿下も馬主として馬主席からこちらを見ている。
パドックでブラックヴェッセルの様子を見に行くと、やる気に満ち溢れており、興奮気味に鼻を鳴らしていた。
調教師のセドリックは端正な顔立ちであったが、ブラックヴェッセルに振り回されており、かなり焦っていた。
「あ、リア騎手!本当にブラックヴェッセルに乗られるのですか?今日は朝からこんな調子で…。」
すると、ブラックヴェッセルは顔を持ち上げてまたセドリックを左へ右へと振り回した。
「セドリック調教師、私に任せろ。彼は昂っているだけだ。」
鼻を撫でながら背中に飛び乗ると、いざ往かんとばかりに前足を上げて立ち上がる。
その様子を見た観客たちは、ある者は驚き、ある者はかかっていてダメだ。と判断してパドックを去っていく。
セドリックは、私が飛び乗った姿を見ると、深々と頭を下げた。
「リア騎手!ブラックヴェッセルを。フレデリック殿下をよろしくお願いします!」
私は彼に頷くと、レース会場へと返し馬をしに行く。
報せによると、ブラックヴェッセルは18頭中18番目の人気、オッズは250.2倍だった。
見せてやろう、ブラックヴェッセル。私たちの可能性を。
ゲートに入る。天気は快晴で芝の状態は良好。枠は一番外枠の十八番。一番優勝率が低いゲートだった。
今日一緒に走るユニコーンは全員デビュー戦だ。
覚束ない足取りのユニコーンが多く、騎手の女性たちも彼らをゲートに入れるのに必死だった。
最後の一頭が入り、静まり返った瞬間、ブラックヴェッセルが馬主席にいたフレデリック殿下に気づき立ち上がった。
「ちょっと、ブラックヴェッセル!?」
私がいなしている間にゲートが開く。最悪のタイミングだ。
ブラックヴェッセルは17位から3馬身出遅れてのスタート。最下位。
「落ち着いて、まだ始まったばかりだ。外から攻めよう。」
かかり気味になっているブラックヴェッセルに声を掛けながら外を大きく回り、前へ出ようと試みる。
前の集団は内側に固まっていた。騎手の腕が試される盤面。今は追い抜けない。最後の直線まで位置取りして待つしかない。
4コーナー目を曲がる。最後の直線。ここで最後に外から一気に追い上げる。
「今だ!ブラックヴェッセル!殿下に雄姿を見せるんだ!」
ブラックヴェッセルは応えるようにいななき、地面を勢いよく蹴った。末脚を発揮する。
風景が線となり、どんどん後ろへ流れて行く。息ができないほどのスピードだ。
17位…13位…9位…。
一番前の馬が見えた。あと200メートル!追い抜けるか!?
ブラックヴェッセルは首を伸ばして更に地面を大きく蹴る。そしてすぐ次の脚へつなぐ。
ゴール!歓声の声が遠くで聞こえる中、私はブラックヴェッセルの頭を撫でた。
「ブラックヴェッセル、よくやった。」
フレデリック殿下の方を見ると、もう馬主席にいない。あいかわらず見た目に寄らず元気な人だ。
レース場から戻ってくると、フレデリック殿下が走って来た。
「リア騎手!ブラックヴェッセルの走りは凄かったけれど、落馬明けなのに無茶な走りをして身体は痛まなかったか!?」
「でも1着になれたかどうか…。」
私が言い終わるや否や、殿下は手を握ってくる。
「僕は信じてる。」
みんなの視線が刺さる…。
すっかり土と汗で汚れてドロドロの私を、殿下は身体ごと支える。
トレードマークの白い絹のジャケットが泥で汚れようが、周りに何と思われようがお構いなしというような殿下のあまりにも大胆な行動に、1着を気にするどころか別のベクトルでハラハラしてしまう。
「魔法鑑定にて結果が出ました!」
記憶を好きな速度で再生できる魔法を持っている魔法使いによって、平等に着順が公表される。5着から順番に決まってゆく。1着は…。
「1着!ブラックヴェッセル!!!」
競馬場は大きな歓声と落胆の声が同時に上がった。
「やった!やったなブラックヴェッセル!!リア騎手!!!」
殿下はそのまま、私を抱きしめた。…苦しい…。
しかし、私にとって華々しい復帰戦になった。5年の競馬人生において、1着は実に4年ぶりだった。
これから、ブラックヴェッセルと重賞を駆け上がることを想像しながら、ウィナーズサークルで観客に顔見せをしたのだった。
「リア、今後もブラックヴェッセルをよろしく頼むよ。キミにお願いして正解だった。」
「もちろん、殿下がそう仰る限り、私はブラックヴェッセルに乗り続けます。」
私は即答した。
「今回のレースで、キミに声をかける馬主も増えるんじゃないかな。」
私は、はあ。と生返事をした。
久しぶりのデビュー戦で1勝しただけの田舎騎手に、声をかける貴族などいるだろうか。
「それでも、僕だけの専属騎手でいてほしい。僕は他の馬にキミが乗る事に耐えられなさそうだ。」
聞き違いだろうか。私は耳を疑った。
殿下が、こんな田舎騎手にそこまで言うことは無いと思うが…。
私が戸惑っていると、
「殿下、あまりリア騎手を困らせないでください。」
セドリックに注意され、それ以上は特に何もなかった。
きっと殿下の思いは私の気のせいだろう。
「リア騎手、後日祝勝会の招待状を送らせていただきますので、是非参加してくださいね。」
セドリックがそう言い残しながら、若干名残惜しそうな殿下を引きずりながらその日は解散となった。
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