嘲笑を切り裂く、漆黒のスタートダッシュ
「フレデリック!またお前は懲りずに騎手を探しているのか。この出来損ないの汚らわしいユニコーンは、やはり不吉の象徴なのだよ。黒いユニコーンが重賞を取ったことなんて、この国の歴史でただの一度もないのを忘れたか?」
そう言い放った青年は、見事な白毛の毛を持つユニコーンを引きながら、見事な金色の刺繍の入った絹の羽織を着ていた。
この青年も、きっとこの国の王子の一人なのだろう。見た目も、フレデリック殿下によく似ていた。
「父上はお前からユニコーンを選ばせてやったというのに、唯一黒かった馬を選ぶなど、お前には見る目がなかったのだ。現に、我が兄上と私のユニコーンは既に一勝を上げている。だが、お前はどうだ?一勝どころかただの一度も出られてすらいない。王族の面汚しにも程度があるだろう。」
その青年に対し、フレデリック殿下は反応を示さなかったが、ブラックヴェッセルは違った。
燃えるような赤い瞳の中に、悔しい気持ちと、怒りの気持ちが沸々と湧きあがっているのが見えた。
この時、ブラックヴェッセルがなぜ、今まで騎手を拒んできたのか、彼が抱える怒りや葛藤が、垣間見えた気がした。
彼は生半可な気持ちの騎手を乗せるわけにはいかないのだ。
黒いユニコーンは勝てる。フレデリック殿下は間違っていない。ということを証明したいのだ。
私はブラックヴェッセルの顔を正面から見据えた。
「貴方は殿下を深く愛しているが故に、絶対に重賞を勝つという目標を持っているのだな。だから、本気で勝つ意志のある騎手しか認めない。」
彼は分かったような口を利くな、と言いたげに足を踏み鳴らした。
「…私も同じだ。田舎の牧場の出であった私も、最初は周りの騎手に上手くなじむことができず、出自や容姿で詰られることが多かった。国技の競馬ができる騎手は、ほぼ貴族や騎士の出の娘が多い。今でも売れ残りやら、おばさんやら言われることがある。でもそんな奴らを唯一黙らせる方法がある。それは相手に勝つことだ。勝って、実力をつけて、相手がなにも言い返せないくらい圧倒的な力を見せつければいい。だから、私と貴方で最強のコンビを目指そう。誰も私たちに文句をつけさせない。何も言わせない。」
ブラックヴェッセルの顔つきが変わる。決意。
私は彼に振られたあの日、ユニコーンに全てを捧げると決めた日を思い出した。
きっと、今なら乗せてくれる。
そう感じた私は、馬具に足をかけ、跨る。
ブラックヴェッセルは、ついてこい、というように走りだす。速い。
今まで乗ったどんなユニコーンよりもスタートダッシュが早かった。
背景があっという間に私の後ろに流れて行き、まるで川のようだった。
先ほど絡んできた人が、もうだいぶ後ろにいたが、ぽかんとした顔が遠くからでもよく見えた。
「ありがとう、ブラックヴェッセル。」
コースを一周して戻ってくると、フレデリック殿下が私の元に嬉しそうに駆け寄ってきた。
土埃が沢山舞っていたが、そんなのはお構いなしというように、無邪気に走って来た。
「ブラックヴェッセル!リア!速かった!凄かった!」
ブラックヴェッセルは得意げに鼻を鳴らすので、私は彼の鼻を撫でた。
「このユニコーンは素晴らしいです。殿下。彼を、本当に私に任せてくださるのですか?」
と、聞こうとして、いや―と言い直す。
「ブラックヴェッセルは、私に任せてください。」
殿下はもちろん、とブラックヴェッセルの頬を撫でた。
「リアならやってくれると信じていたよ。やっぱり僕の目には狂いはなかった。ブラックヴェッセルを選んだときもそうだ。この黒いユニコーンが一番強くなると思っていた。」
本当に、ユニコーンが好きなのだというのが伝わってきて、なんだか私も嬉しくなった。
「一番強い、と証明するのはこれからです。殿下。共に重賞を目指しましょう。」
私は殿下に頭を垂れると、彼は照れ臭そうに頬を赤らめた。
「頭を上げてくれ、今日無理に連れて来たのは僕の方なんだし…。」
と、殿下が言うので、立とうとすると―。
怪我をしていたことを忘れており、殿下の方に思わず倒れこんでしまった。
「すみません、殿下!」
慌てて立とうとするが、余計体制が崩れてどんどん状況が悪化していくが、私を支える彼の腕が思ったより頑丈で驚いた。
「今日は無理をさせてしまって悪かったね。宿舎まで送ろう。」
ありがとうございます、と言いつつ私は意識を手放した。
私がフレデリック殿下と宿舎に帰って来たことによって、宿舎は騒ぎになってしまった。
そして更に、殿下の持ち馬であるブラックヴェッセルの専属騎手に正式に任命されたという報せもセットだったがために、その日は経緯の説明のために、何度も同じ話をする羽目になってしまった。
ヴィクトリアだけは、何も聞きに来ることはなく、こちらを睨んでいた。
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