第三王子と、呪われた獣
「あの時の…!」
私が彼に反応を示すと、青年は嬉しそうに駆け寄って来た。
「もう歩き回って大丈夫なのかい?」
美しい金の髪が日に照らされて、眩しいくらいの笑顔をこちらに向けてくる。
「シルヴァーレイスの厩舎に真っ先に来るだろうと思って、毎日厩舎の近くにいたんだ。キミを心配していたんだよ。」
爽やかな彼をよそに、私は彼を訝しんだ。
「なぜ、大して名を挙げていない私を気に掛けるんだ?私は貴方が信じた結果を出すことができなかった。」
それには、彼も少し気まずそうにしていた。
「…あれは、僕のただの勘さ。データを見るとか、調子を見るとかできるわけじゃない。でも、あの時は本当に勝てると思ったんだ。それが変に重荷になってしまったのなら、それは悪かったと思う。」
観客席にいた彼の目線からは何が起こったのか本当に分からなかったのだろう。
逆に自分がけしかけてしまったせいで、私たちの調子を狂わせてしまったのかも、と思わせてしまったのかもしれない。
「余計な気を遣わせてしまったようだが、貴方の言葉が作用したなんてことはない。シルヴァーレイスも、私も、本調子だった。ただ―。」
と、ヴィクトリアの妨害の件を言いかけて、口を噤んだ。
もう勝負は確定してしまっているのだ。今は結果に従うしかない。
「心配はいらない。ある程度時間をかけて休めば復帰には問題ないそうだ。」
それを聞いて安心したのか、彼は胸を撫でおろした。
「ところで、貴方は何者なんだ?我々にそこまで気を遣うなんて…やんごとなき身分の方なのかと思ったが。」
「ごめん。今日はその話をしに来たんだ。前回会った時に、迷惑をかけたときに碌に自己紹介をできなかったし、それに今日はキミをスカウトしにきたんだ。自己紹介が遅れて申し訳なかった。僕はヴェルダンティア王国第三王子、フレデリック・ヴェルダンティア。」
驚く私を他所に彼は話を続ける。
「リア・アストリッド騎手の力を見込んで頼みがある。僕のユニコーンに乗ってほしい。」
一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
それを察してか、フレデリック殿下は詳しく話をしてくれる。
「僕のユニコーンの名前はブラックヴェッセルと言うんだ。それがとんでもない暴れ馬でね…。本当は3カ月前にデビューする予定だったのだけど、誰も乗りこなせなくて出走できなかった。そこで、僕は誰かが薦めた騎手ではなく、実際に競馬場に来て、自分の目で誰が自分のユニコーンに相応しいのかを見極めにきた。」
そして彼は私に微笑む。
「僕は競馬のことは、まだ分からない。でもキミがユニコーンに対して愛情を持って接している姿を見て、僕はキミにブラックヴェッセルの専属騎手になる可能性を見出したんだ。若葉杯の勝敗のことは今はどうでもいい。キミだからこそお願いしたい。」
一介の田舎出身の騎手である私に対し、深々と頭を下げるフレデリック殿下に対し、少し恐れおののいていると、彼は困ったように顔を上げた。
「って、急にこんなことを言われても、それは困るよね…。とにかく、ブラックヴェッセルを見てもらうことはできないかな?彼を見てくれれば、キミも彼の可能性を見出してくれると思う。」
と、半ば強引に私の返答を待たず、ブラックヴェッセルがいるという厩舎へと馬車に乗って案内してくれた。
目の前に馬がいるのに、自分が籠に乗っていることに半ば不思議な気持ちを持ちつつ、厩舎へと到着したのだが、厩舎は王族御用達のところで、私のような大きな賞で一勝もできていない騎手がとても入るような場所ではなかった。
とにかく大きく、見たことも無いような調教設備が整っており、魔法で動く自動ウォーキングマシン、本番のコースに限りなく近い、広く長いコースの練習場…となにもかもが他の牧場とはレベルが違った。
王族御用達の調教師、王族御用達の騎手といえば重賞も常連で、業界人ならば誰もが憧れるランクの有名人ばかりが指名されてきた。
そんなところに、V3に1回出たくらいの私が入って良いような場所ではない。
しかし、フレデリック殿下はそんな私を他所にどんどん奥へ奥へと進んでいき、私もついていくのに精いっぱいだった。
見事な装飾の入った厩舎の入り口に入り、白銀の柵がいくつか並ぶ空間に入っていくと、そのうちの一つの柵にフレデリック殿下は呼びかけた。
「ブラックヴェッセル。」
彼が優しく名前を呼ぶと、漆黒のユニコーンが嬉しそうに駆けてくる。
だが、私の姿が目に入った瞬間、噛みつくぞ。と言わんばかりに目をひん剥いて、歯をむき出しにしてくる。
殿下に対する態度と、私に対する態度のあまりの差に愕然としてしまう。
「黒くて、格好良いだろう?」
殿下に撫でられながら、輝く目で殿下の方を見ている姿を見ると、なんとも言えない気持ちになる。
「…漆黒のユニコーンは初めてお目にかかりました。」
実際、ユニコーンといえば、白毛、芦毛、淡紅色が主流であり、黒というのは見たことも聞いたこともなかった。
「こいつが産まれたときから餌をあげて、一緒に牧場を走り回ったりしていたんだ。騎乗することはできないけれど、こいつとは心が通じ合っていると、僕は思っている。」
でも、と口淀む。
「僕の他に誰も懐かない。どんなに凄腕の王族専属の騎手を呼んでも必ず振り落とされてしまう。だから、僕は彼に合う人をずっと探していたんだ。きっとキミなら乗りこなせる。リア・アストリッド騎手。」
彼が私に見せる態度を見る限り、私も乗せてくれそうもないが…。
王子が私に期待するように目を輝かせているのを見ると、挑戦せずに断ることも忍びなく、試してみることにした。
私が一度試乗したい、という旨を彼に伝えると、殿下は慣れた手つきで銀の馬具をブラックヴェッセルに取り付けていく。
きっと殿下自ら選んだのだろう。漆黒の毛並みによく映える色だった。
練習場へとブラックヴェッセルを引いていくと、彼はお前も振り落としてやる、と言わんばかりに嫌そうについてきた。
私はひとまず、ブラックヴェッセルの警戒を解くために彼の身体に触ろうとしたが、それですら彼は拒絶するかのように飛びのく。
その瞬発力に驚きながらも、私は貴方の敵ではない、というジェスチャーをする。
しかし、ブラックヴェッセルは敵意をむき出しにして、轢き殺してやる、と脅してくる。
その様子を見た殿下は、助け舟を出そうとしたが、私は拒否した。
「殿下、私と彼だけで対話させてください。」
殿下は私の真意を見抜いたかのように一歩下がり、見守る姿勢を取った。
「ブラックヴェッセル、私は貴方の敵ではない。貴方と、貴方のご主人様の力になりたいと思っているだけ。」
ブラックヴェッセルが前足を踏み鳴らし、今にでもこっちに突進してきそうな姿勢を取る。
やはりだめか…と諦めかけた。その時だった―。
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