君の馬が勝つと思う
早朝、いつもより早く起き、まだ霧がかっている宿舎を出ると、勇み足でシルヴァーレイスの元へ向かう。
厩舎に入ると、彼女も私の方をいち早く見つけ、いつでも行ける、とでも言うように嘶いた。
彼女の鬣を梳いてやると、指通り良くスルスルと滑った。
彼女は待ちきれないと言わんばかりに足を踏み鳴らして急かしてくる。
早速、厩舎の柵を開けて彼女の手綱を握り外へ繰り出す。
冬の朝の凍てつく風が身体の芯を冷やしたが、逆にそれで目が冴えて集中力を上げた。
シルヴァーレイスに馬具を装着し、彼女に跨がる。
シルヴァーレイスは、足を踏み鳴らしながらステップを踏んだ。
調子がいい。今日は行けそうな気がする。
私は彼女を走らせると、広い練習場の中、彼女の蹄の音だけが軽快に鳴り響き、その響きが心地よかった。
朝の冷たい風も、霧の湿度も、昨日のことがどうでもよくなるくらい心に染みわたった。
すると、ふと、霧の中から人影が見え、慌てて手綱を引いた。
「シルヴァーレイス!止まれ!」
思わず大声で叫ぶと、シルヴァーレイスも驚き前足を上げる。
私は引き続き大声で怒鳴った。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
こんな早朝に、ユニコーンの練習場のコースの直線上に徒歩で出てくるなんて。一体どれだけ頭の回らない人間なんだろう。
目を凝らして、よく人影を確認すると、すらりと伸びた高い背に、高そうな純白の絹のジャケットを羽織り、しっかり整えられて艶のある美しい金髪の青年がそこにいた。
その風体を見る限り、明らかに関係者ではないことはおろか、やんごとなき身分の者であろうことは確かだ。
それにしても、あまりにも世間知らずすぎる。一体どこのボンボンなのだろうか。
先ほどまでの気分を害されて、思わずため息が出てしまった。
「すまない。競馬場の近くに来たのは初めてで、色々見て回っていたんだ。今日はどのようなユニコーンが走るのだろう、とか色々考えていたら…。すまない。そちらのユニコーンに怪我はなかったか。」
シルヴァーレイスは応えるように鼻を鳴らすと、白い靄がフーッと彼にかかった。
それでも彼はお構いなしのようで、彼女のことを気にかけているようだった。
そんな彼の姿に、先ほどまで彼に悪態をついてしまったことを恥じ、私は鞍から降り、彼と同じ目線になった。
「シルヴァーレイスは大丈夫だ。しかし、貴方はやんごとなき身分の方に見えるが、馬主ではないのか?」
「…実は、僕はユニコーンのことは好きで、ずっと前から競馬にも興味があったんだけど、ちょっとした事情があって、馬主ではないし、競馬場にも来られなかった。でも、今日はある目的があって父上の付き添いとして来た。だからつい浮かれてしまって…。」
また彼が謝ろうとする素振りを見せたので、それは制した。
すると、彼は頭を下げる代わりにシルヴァーレイスに近づくと、頬を撫でた。
「…怪我が無くて良かった。この子はとても良い子だね。毛艶が良くて、とてもよく手入れされている。馬体もしっかり筋肉がついていて、バランスが良い。大事にされているんだね。キミの馬かい?」
私は、彼が初めての競馬とは思えないほどに、的確に私の手入れや調教のこだわりを見抜いたことに驚いた。
「この子は、私が幼少期の時から私の両親が経営していた牧場で共に育った大切なユニコーンだ。そして今日念願のV1の登竜門であるV3に出ることになって、朝早くからこうして乗り出していた。普段は怪我のリスクも考慮して、こんなに早く練習に出ることはないのだが、私もシルヴァーレイスも落ち着かなくて…。」
思わず、生い立ちから何まで、言うつもりのなかったことまで口をついて出てしまった。
すると、彼も頷きながら興味深そうに聞いてくれるもので、話していて心地が良かった。
「では、今日のレースではこのシルヴァーレイスと、キミの手綱捌きに注目して見ることにするよ。これは僕の直感なんだけど、今日はキミの馬が勝つと思う。」
彼は、それだけ言い残すと、颯爽と去って行った。
名前、聞きそびれちゃったな、とシルヴァーレイスに声をかけると、彼女もまた、彼に対し満更ではないような気持ちで鼻を鳴らした。
次回は日曜日に投稿予定です。(投稿頻度を週2にしようと思ったのですが、ペースを上げようと思います。)
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