婚約破棄された日
「ごめん、やっぱりキミと一緒になるのは無理だ。キミを妻として見ることはできない。」
結婚を前提に付き合っていた彼氏と別れることになった。
「リアの代わりはいくらでもいる。子供を産んでくれれば俺はそれでいい。どうしてもこの年齢になってしまうとそう思ってしまうんだ。」
そう言い残して、彼は私の前を去った。
私は、とぼとぼと宿舎のある厩舎に戻る。
今の私を癒してくれるのはユニコーンだけだ。
“ユニコーン競馬”。
この国、ヴェルダンティア王国では国を挙げて行っている競技だ。
この国は、魔力が満ちている肥沃な大地に恵まれ、ユニコーンを育てるのに適しており、経済の中心となっている。
仕組みとしては、貴族、王族、商人といったお金を持っている上流階級が、高額な幻獣ユニコーンを買い、馬主となる。
(補足:ユニコーンは一頭でこの国で家が10件は建てられるくらい高い)
そのユニコーンに純潔の乙女たちが騎乗し、一着を競う。
更に民衆たちはどのユニコーンが一着になるのかを予想し、お金を賭け一喜一憂する。
賭けた金額は税金として国に納められ、政治資金として使われるため、税金を納めさせるよりも効率的に、民衆からお金を巻き上げられるわけだ。
かくいう私リア・アストリッド…今年で23歳も、18歳のときからこのユニコーン競馬の正式な騎手となり、生活を営んでいる。
騎手は国が直接雇っている公務員に該当するため、幸い生活は潤っているものの、問題が一つある。
それは、純潔の乙女しか騎乗することができない、という性質上、キャリアと家庭を両立できないということだ。
そしてたった今、それが理由で婚約者にフラれたというところである。
「…騎手としてキャリアを積むか、結婚して幸せな家庭を築くか…、どちらかしか選べないなんてな。」
確認するように、思わず呟いてしまった。
どちらも取りたい。というのはワガママなのだろうか。
夜を照らす街の灯りから離れ、とぼとぼと愛馬がいる厩舎へ向かう。
こういう時は仕事をして忘れるのが一番だ。
私は幼い頃からユニコーン牧場で育ってきた性か、朝の調教以外でも積極的に愛馬の様子を確認する癖がついている。
「シルヴァーレイス。」
名前を呼ばれた白毛のユニコーンは厩舎の柵から顔を出し、くりっとした目をこちらに向け、嬉しそうに鼻を鳴らした。
よしよし、と頭を撫でてやると、それに答えるように更に鼻を鳴らす。
餌の虹色チューリップを食べ終わっていることを確認すると、良い子だね、と両手を顔に付けた。
すると、シルヴァーレイスは何かを察したようで、私の顔に鼻を摺り寄せて顔を舐めてきた。
「励ましてくれているのか…。お前は本当に優しい子だな。」
私の目から思わず涙が一筋こぼれおちたが、彼女の舌がそれをも舐めとって励ますかのようにツンツン、と鼻で胸をつついた。
「ああ、明日は重賞だったな。私達もようやくここまできたんだ。しっかり気持ちを切り替えて臨むから、お前は気にしなくて大丈夫。上手く乗るよ。」
重賞と言われるレースは、数あるユニコーン競馬の中でも重要な位置づけのレースとなっており、下からV3~V1のランク付けをされる。
年に数回しか行われない代わりに賞金も桁違いであり、特にV1で一度でも優勝すると騎手は引っ張りだこになり、優勝ユニコーンの馬主は庶民の年収の100倍もの金を1日で手にすることになる。
明日の『若葉杯』は一番下のランクのV3にあたるレースになるものの、V1を目指すのであればV3での優勝は必須だ。
シルヴァーレイスは白毛の牝馬であり、小さい商家に低額で買われた馬だ。
私の実家の牧場出身で、走るときに若干足が左に傾く癖があって誰にも買われないと思っていた。
しかし、今の馬主がどうしてもユニコーンの馬主になりたいから、と資金を工面して買ってくれたのだ。
そんなシルヴァーレイスの力になりたい―。
そんな強い思いから私は騎手になったのだ。
だから、私もシルヴァーレイス一本でここまでやってきた。他のユニコーンには乗ったことがない。
振られたのであれば、この子の為に私の人生を捧げよう。
そう誓いながら、私は彼女の鬣を手櫛で梳いていた。
すると、遠くの方からカツ、カツとブーツのヒールを踏み鳴らしながら近づいてくる人物がいた。
「あら、こんな夜にユニコーン泥棒かと思ったら、あなただったの、リア・アストリッドさん?」
甲高い声と共に彼女は現れた。
明日の『若葉杯』で共に騎手として参加するヴィクトリア・リリィだ。
ウェーブがかったブロンドの髪を後ろにひとまとめにし、仁王立ちしていて、顔はよく見えないが、勝ち誇った顔をしているように感じる。
「騒がしかったのならば謝る。だから今は一人にしてくれ。」
すると、彼女は逆に近寄ってきて、私の目尻が赤いことに気が付いた。
「その様子だと、明日のレースに怯えていたのではなくて?貴方にとっては初めてのV3ですものね。リアおばさん。」
ヴィクトリアの言葉にはいちいち棘がある。
確かに彼女は16歳の時にはV3優勝を達成しており、100年に一人の逸材と言われていた。
しかし、そんな彼女も今は20歳だ。
あれからV3は優勝するものの、彼女も中々V2に優勝できず、燻っていることを私は知っている。
そんな彼女におばさんと言われる所以はない。年齢も3つしか違わないのに。
「…それか、彼氏にフラれたとか?」
ドキリ。心臓がはねる。いらないところで勘が鋭いことが腹立たしい。
「とにかく、どこかに行ってくれ。今は明日のレースの為に集中しているんだ。」
こちらがムキになったのを見て、彼女は当たった。と口角を上げる。
「明日はV3だけど、王子殿下もいらっしゃるとのことよ。私が彼の前で一着をいただいて、田舎の芋女の貴方と、そしてそこの白い田舎馬の鼻をへし折ってやる。そしたら騎手生活は諦めて婚活に集中できるじゃない。貴方が行き遅れにならないように、手助けをしてあげる。」
話していると本当にイライラする。
私が無視を決め込むと、彼女もそれを察したのか決まり悪そうに出て行く。
私は、シルヴァーレイスの悲しそうな顔を撫でた。
「ごめんね、シルヴァーレイス。あんなこと言わせてしまって…。明日は、絶対に勝とう。」
シルヴァーレイスがそれに答えるように嘶いた。
初めて長編にチャレンジしようと思います。
毎週月・木投稿予定です。(反応を見て投稿頻度は調整しようと思います。)




