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実地研修

 古代都市の外壁は、近づくほどに圧を増していった。

 灰色の巨石を積んだ壁は長い歳月に耐え、今も人を拒むような冷たさを放っている。崩れかけた巨大な門の奥には黒い闇が口を開け、そこから漂う空気には鉄錆と血の匂いが混じっていた。


「……ここが、古代都市」


 リエンさんが小声でつぶやく。その響きには畏れと好奇心が入り混じっていた。


「おいおい、立ち止まるなよ! 来たからには突っ込んでなんぼだ!」


 ガレスが拳を振り上げて笑う。その豪快さに少し緊張がほぐれるが、隣のコリンは肩をすくめる。


「ま、待ってよ……! そんなに大声出したら、魔獣が寄ってくるかも……」


「ははっ、上等だ! 来るなら来いってな!」


「ぼ、僕は遠慮するよ!」


 二人のやり取りを見て、ドルンさんは短く息を吐いた。


「……よし、そろそろ研修を始めるぞ」


 彼は立ち止まり、僕たちを一人ずつ見渡す。


「これから都市の外縁部を回る。魔獣を見つけたらお前らが倒せ。俺は手を出さん。ただし、無茶はするな」


 その声には威圧と同時に、研修生への信頼がにじんでいた。僕らはそれぞれに頷き、息を整える。


 古代都市の路地は曲がりくねり、石畳の間はひび割れ、所々に枯れ草や小石が散乱している。遠くからは風に吹かれる砂が舞い、わずかに乾いた匂いが鼻をくすぐった。

 耳を澄ませると、かすかな足音や金属が触れ合う音が混ざり、静寂の中に緊張が張り詰めているのを感じる。


 僕たちは慎重に足を進め、互いの存在を確認しながら間隔を保った。ドルンさんは僕らの一歩後ろを歩き、背後を確認しつつ、全体の動きを見渡している。


 その時――


 路地の陰から、甲高い鳴き声が響き渡った。振り向く間もなく、黒い体毛をもつ四匹の猿型魔獣が飛び出してきた。低く唸り、牙をむき出しにしてこちらを威嚇する。その動きは俊敏で、捕食者としての鋭さを感じさせた。


「≪マギー・エイプ≫だな、さあ出番だ。好きにやれ」


 ドルンさんの短い一声に、路地の空気が一瞬で張り詰める。


 最初に動いたのはリエンさんだった。彼女の足元に淡い光が走り、次の瞬間――。

 

「≪雷鳴≫!」


 乾いた空気を裂く轟音。青白い稲光が獣の一体を貫き、爆ぜるような火花を散らした。

 石畳に焼け焦げの跡が走り、獣はその場に崩れ落ちる。


「すごい……! 一撃で魔獣を仕留めるなんて……!」

 

 思わず声が漏れた。雷を操る固有能力――こんなに強力なものは見たことがない。


「ひ、ひとりで倒しちゃった……ぼ、僕もやらなきゃ!」

 

 コリンも驚きの声をあげるが、次の瞬間、自分も覚悟を決めたように息を吸い込んだ。


 彼の姿が一瞬で変わる。背は低いままだが、体毛が腕や頬に浮かび上がり、耳が獣のように尖った。眼光が鋭くなり、牙が覗く。

 人型の犬のようになった彼は臆病そうな表情が消え、獣のように素早く駆け出した。

 魔獣の一体に飛びかかり、鋭い爪で喉を裂く。その動きは先ほどの彼からは想像できないほど凄まじく、荒々しかった。


「おー、やるじゃねえかコリン!」

 

 ガレスが大声で笑いながら、自らも前へ出る。

 

「次は俺だな……ふんッ!!」


 彼が力んだ瞬間、両腕が大きく膨れ上がる。筋肉が一気に肥大化し、元の倍以上の大きさになった。

 迫る魔獣の頭を、彼はそのまま拳で叩き潰す。骨の砕ける音とともに魔獣は地に沈み、二度と動かなかった。


「はっはー! 一撃だぜ!」


 みんな強力な固有能力を持っているな……そう思いながら、僕は残りの一体と相対する。

 あっさりとはいかないが、攻撃を避けながら何度か斬撃を叩き込むことで魔獣を倒すことができた。


「……ふむ。思ったよりやれるじゃねえか。これならもう少し深いところでも行けそうだな!」

 

 ドルンさんは腕を組み、にやりと笑った。


 その後も研修は順調に進んだ。古代都市の外縁部を歩き、小型の魔獣を各自の力で倒していく。緊張と達成感が繰り返されるうちに、仲間との呼吸も次第に合ってきた――そう思った、その時だった。


 ――地鳴り。


 石畳が激しく揺れ、崩れかけた壁が粉砕されて瓦礫が飛び散る。その破片を押し退けるように、巨大な影が姿を現した。


 全身を黒い甲殻に覆った、亀型の四足獣。

 背に並ぶ突起は槍のように鋭く、頭を振るたびに甲高い摩擦音を響かせる。口を開けば、熱気とともに鉄を焦がすような唸り声が漏れ出した。

 その巨体はところどころ焼け焦げ、傷に覆われているにもかかわらず、むしろ狂暴性を増しているように見える。さっきまでの魔獣が小石なら、こいつは山そのものだ。


「《ドレッド・トータス》……っ! 何でこんなところに、あれほどの魔獣が来やがる……!」


 ドルンさんの声には、歴戦の彼ですら驚愕を隠せない色があった。僕らは反射的に後ずさる。

 魔獣はゆっくりとこちらを向き、僕らを認識した。


「全員、構えろ! 来るぞ!」


 怒号が響いた瞬間、魔獣の目が赤黒く光り、轟音とともに突進してきた。

 石畳が砕け、土煙と瓦礫が宙を舞う。迫る質量はまるで岩山のようで、息が詰まるほどの圧力を放っていた。


 僕が構えを取るより早く、ドルンさんが前に出た。

 素早く振り下ろされたハンマーが魔獣の頭蓋に直撃し、周囲を震わせる轟音が広場を貫いた。

 固有能力を使用したのだろう――衝撃で空気が爆ぜ、瓦礫の破片が雨のように降り注ぐ。


「やったか――!」


 誰かの声が上がる。しかし、黒い巨体はよろめきながらも止まらなかった。

 血を流しながら怒りを吐き出すように咆哮をあげ、狂暴な視線がリエンさんへと向けられる。


 目の前にいる障害物を粉砕しようと、鋭い爪が振り上げられる。

 彼女は呆気にとられていて身動きが取れていなかった。


「――!」


 彼女の声にならない悲鳴が上がる。僕は考えるより早く、彼女の前へ飛び出していた。


「リエンさん、危ない!」


 叫びと同時に彼女を突き飛ばす。直後、地響きのような衝撃が襲い、僕の身体は空中に弾き飛ばされた。

 視界が揺れ、世界が反転する。背後で仲間の叫びが響いたが、それも遠ざかっていく。


 崩落した床の裂け目へと投げ込まれるように――僕は光の届かぬ古代都市の闇の奥底へと、落ちていった。

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