古代都市への道のり
登録所を出てドルンさんの後ろに続くと、視界に巨大で威圧的な建築物が現れた。厚い石造りの門は重厚で、龍が装飾された石柱は都市全体を睨みつけているかのようだ。
周囲には軽装の衛兵だけでなく、全身鎧の騎士たちが大勢立ち並び、鉄の甲冑は太陽を反射して鋭く輝いていた。緊張を含んだ静寂の中、足元の砂利が小さく軋む。
「ここが街からの出口……そして古代都市につながる道だ。この先の受付で身分証を提示してから中に入る。じゃないと衛兵どもに捕まるぞ。身分証は持っているな?」
孤児の中には身分証を持たない者も多かったが、院長に勧められて取得していたおかげで、僕は胸をなで下ろす。今となってはその先見の明に感謝するしかない。
厳重な警備の理由を尋ねると、ドルンさんは「魔獣はいつ襲ってくるかわからんからな」と答えた。実際、衛兵や騎士の眼差しは鋭く、殺気すら漂っている。背筋に冷たいものが走った。
やがて僕たちは門の隣の建物へ入り、石畳を踏みしめて受付へと向かう。空気には鉄と油の匂いが漂っていた。
「ちょっと話をしてくるから、身分証を俺に渡してそこで待っていてくれ」
ドルンさんは受付の女性と会話を交わし、やがて戻ってきた。
「待たせたな。ほら、身分証を返すぞ。それとこれもだ」
手渡されたカードは金属の縁取りが施され、厚みがある。表面には僕の名前と見慣れない紋章が刻まれていた。
「……このカードは何でしょう? 身分証とは違いますよね?」
「探掘家としての身分やランクを表すカードだ。古代都市に出入りする際には必ず使う。無くすなよ」
院長から聞いていた話とは違い、今ではカードによる管理が徹底されているらしい。ドルンさんによれば、かつて古代都市では犯罪や技術の持ち出しが横行していたため、この制度が設けられたという。功績も記録され、積み重なれば通常の身分証より便利になるとのことだった。
「さて、ここで長居しても仕方ない。古代都市に向かうぞ。疑問があれば歩きながら聞け」
ドルンさんはドスドスと歩き出す。重厚な金属の門は軋みながらゆっくりと開き、その先に広がる未知の世界へと続く道が姿を現した。僕たちは、息を呑みながらその一歩を踏み出した。
***
門を出ると、目の前には一面の荒れ地が広がっていた。足元の土は乾ききり、ひび割れた地面の間からは、枯れ草がまばらに顔を出している。遠くには低い丘がいくつも連なり、その向こう側――薄く揺らめく空気の中に、灰色の石造りの壁らしき影が見えた。あれが古代都市だろう。思ったよりも近い。だが、近いからこそ、魔獣がうろついている可能性も高いということだ。
「おい、気を抜くなよ。この辺りは古代都市から離れているが、弱い魔獣が出ることは珍しくないからな」
ドルンさんが振り返り、肩にかけた巨大なハンマーを軽く叩いた。その音が、妙に心強く響いた――その瞬間。
――ザザッ。
耳の奥で砂を蹴る音がした。視線を向けた先、丘の影から灰色の毛並みを持つ魔獣が二体、低い姿勢でこちらに向かって走ってくる。形は狼に似ているが、頭ひとつ分は大きい。口元からは涎が糸を引き、黄色く濁った眼が獲物を捉えていた。
「魔獣――!」
リエンさんが剣に手をかけたが、ドルンさんが片手を上げて制した。
「下がってろ」
その声は低く短く、それだけで拒絶できない迫力を帯びていた。次の瞬間、ドルンさんは一歩前に出て、背中のハンマーを片手で引き抜く。その動作は見た目に反して驚くほど滑らかだった。
「ふんッ!」
地面を蹴った瞬間、ハンマーの先端が青白い光を帯びる。魔獣が飛びかかるより早く、振り下ろされたハンマーが地面を叩くと、鈍い衝撃音と同時に衝撃波が放たれ、魔獣二体は空中で吹き飛ばされた。砂埃が舞い、倒れた魔獣は一度も痙攣せず、静かに動きを止めた。
「ふぅ……≪マギー・ルプス≫か……雑魚とはいえ、こんな近くまで来ているとはな」
ドルンさんはハンマーを肩に担ぎ直し、何事もなかったかのように歩き出した。
「……あの、ドルンさん。その……今のは固有能力なんですか?」
横で見ていた僕は、思わずそう尋ねていた。あの光と衝撃波は、普通の武器で説明できるものではない。
「おう、そうだ。俺の固有能力は≪衝撃≫ってやつだ。叩き込んだ力を増幅して、一気に解き放つことができる。ハンマーはただの鉄塊だが、相性は抜群だろ?」
彼は笑いながらハンマーを軽く回した。その光景を見ながら、僕は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
――固有能力。やっぱり、それを持っている人は強い。
その後は突発的な襲撃もなく、僕らは古代都市へと足を進めた。