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院長の部屋

 その後、何度もヴェセルに攻撃を仕掛けたが、結果は惨敗だった。

 一度たりとも、彼の防御を崩すことはできない。


 片足を失っているにもかかわらず、長年の探掘家として積み重ねた経験と鋭い勘、そして鍛え上げられた肉体は、素人の攻撃などまるで虫を払うかのように受け流す。

 あの時、ちらりと見せられた固有能力の一端も、その強さをさらに際立たせていた。


 ――僕には、どんな固有能力が発現するんだろうか。


 できれば、戦闘に役立つものがいい。そう思いながらも、胸の奥に小さな不安が芽生える。

 もし、全く役に立たない能力だったら……。


 意識が途切れそうになるほど全身が重く、僕は広場の真ん中で大の字になって倒れ込んだ。

 夕焼けで赤く染まった空が、視界いっぱいに広がる。微かに風が吹き、土埃の匂いと、遠くの子どもたちの笑い声が混ざり合って耳に届いた。


 「今日はこんなところだな」

 

 ヴェセルが短く言い、右手をひらひらと振る。

 

 「じゃあ俺は帰る。院長によろしく伝えてくれ」


 その背中は、夕陽を背負いながらゆっくりと遠ざかっていく。片足を引きずる歩き方なのに、不思議と弱々しさはなく、むしろ安定しているように感じられた。


 広場に取り残され、しばらく肩で息をしていると、孤児院の扉が錆びついた音を立てて開いた。

 中から小さな影が広場に飛び出す。


 「フィールお兄ちゃん! 院長が部屋に来いって呼んでたよ!」


 声の主はレンだった。息を弾ませ、頬を赤くしてこちらに駆け寄ってくる。

 その無邪気な笑顔に、少しだけ疲れが和らぐ気がした。


 僕は重い体を無理やり起こし、足取りも鈍く孤児院の中へと向かう。

 廊下の奥、院長のいる部屋の扉の前に立ち、拳で軽く二度、コンコンと叩いた。


「入っておいで」


 中から、少しかすれたくぐもった声が返ってきた。

 ゆっくりと扉を押し開けると、木製の棚や机が整然と並ぶ部屋が目に飛び込む。

 窓辺からは夕日が差し込み、床板に淡く朱色の模様を描いていた。

 静かな空気の中、紙の匂いと古い木の香りが混じり合っている。


 部屋の奥、窓際の机の横では、院長が立ったまま書類を整理していた。僕が入ってきたのに気づくと、彼は手を止め、書類をそっと机の端に置く。そして片手で腰を押さえながら、やや前かがみの姿勢でゆっくりと歩み寄ってきた。


 その足取りは重く、板張りの床がきしむたびに年齢を感じさせる。やがて部屋の中央の椅子にたどり着くと、背凭れに体を預けるように腰を下ろし、長く息を吐き出してから僕に視線を向けた。


「フィール、これから探掘家の登録に向かうんだろう? だけど武器や防具はちゃんと揃えてあるのかい?」

 

「いや、登録所で借り物を使おうと思っていたよ。ちゃんとした道具は欲しいけど……やっぱりお金がなくて」


 そう答えると、院長は目を細め、口を結んだまま「そうだろうね」とでも言いたげな顔をした。

 僕は日頃、孤児院の手伝いでわずかな金を稼いでいるが、日用品や食料を買えば残るのはほんのわずか。

 武器や防具を揃えるなど、到底手の届かない話だった。


「あまり遺跡の奥まで潜らなくても、化け物は出てくるもんだ。道具はちゃんとした物を揃えておいた方がいい」

 

「院長、そうは言ってもお金は足りないし、他に手に入れる方法もないよ……」

 

「それは分かっているさ。だから今日、お前を呼んだんだ。――そこの棚を開けてみなさい」


 院長が顎で示したのは、部屋の隅に置かれた古びたクローゼットだった。

 分厚い木の板で作られ、表面には長年の使用で刻まれた細かい傷と色あせが、まるで年輪のように刻まれている。


 ――この中には何が入っているんだろう。


 僕は取手にそっと手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

 中に並んでいたのは、使い込まれた短剣、そして皮製の鎧だった。剣の刃には細かい傷、革には擦れた跡があるが、それらは長年の戦いの証であると感じられる。

 丁寧に油が差され、金具は鈍くも確かな輝きを放っており、今すぐにでも使えるように見える。

 

「この武器や防具は……?」

 

「それは私と相方が探掘家をしていた頃に使っていた物だよ。探掘家はずいぶん前に辞めたんだが、どうしても手放せなくてね」


 院長は天井を見上げるようにして、静かに目を閉じた。

 小さい頃から院長が探掘家だった話は何度も聞かされたが、「相方」の存在が語られたことは一度もなかった。


「院長に相方がいたなんて初めて聞いたよ。今、その人は……?」

 

「もう亡くなったよ。ヘマした私を庇ってね。それから、探掘家を続けるのも馬鹿らしくなって辞めたのさ」


 ――そんなことがあったのか……。

 不用意なことを聞いてしまったと、胸の奥が少し重くなる。


「まあ、相当昔のことさ。気にするんじゃないよ。今日はこの装備をお前に渡そうと思って呼んだんだ」

 

「え、でもこれは院長の大事な物なんじゃないの? 僕が使ってもいいの?」


 院長は、少し笑って首を振った。

 

「ああ、構わないよ。ここで朽ちさせるくらいなら、探掘家を目指すお前が使った方が有意義さ。年季は入ってるが、登録所の借り物よりはずっといい物だ」


「……ありがとう、院長。大事に使わせてもらう」

 

「とりあえず身につけてみなさい。サイズを合わせないといけないからね」


 僕はクローゼットから装備を取り出し、少し手こずりながらも身につけた。

 近くの鏡に映る自分の姿は、もう見習いの探掘家そのものだった。

 ――本当に、これからは探掘家としてやっていくんだ。

 そう思うと、胸の奥から小さな熱が湧き上がってくる。


「フィール、自分に見惚れてないでこっちに来なさい。鎧留めも剣帯も少し歪んでいる。装備は正しく身につけないと、いざという時に動けなくなるよ」


 慌てて院長のそばに行くと、手際よく装備を調整してくれた。


「よし、これで見た目は一人前だ。しっかりやるんだよ!」

 

「わかってる!任せてよ!」


 これから探掘家としてたくさん稼いでみせる!

 ライラの病気も治して、孤児院のみんながもっと良い暮らしをできるようにするんだ!

 

 僕の力強い言葉に、院長は声を上げて笑った。

 

「ああ、期待してるさ。ただし無茶はするんじゃないよ」


 部屋を出ると、装備の重みがずしりと肩にのしかかる。

 そして探掘家になるという実感がより強く感じられた。

 僕は胸を躍らせながら、14歳になるまでの幾ばくかの時間を過ごした。

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