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大型魔獣との遭遇

 目の前に亀のような大型の魔獣が現れた。

 "亀のような"と言うが、見た目は大きく異なる。

 そしてその大きさは二階建ての建物ほどあり、今まで遭遇した魔獣とは比較にならないほど巨大だ。


「……な、なんだあいつは?」


 ガレスが呆然として呟く。

 それに対してドルンさんが低い声で答えた。

 

「あの魔獣はドレッドタラスク。普通は古代都市のもっと深い層にいるやつだ。そいつがなぜこんなところにいるのか……」

 

 巨大な甲羅に棘を生やした怪物が、崩れた通路を押し広げるように進んでくる。

 甲羅の縁や鼻先には新しい傷が走り、乾ききっていない黒い血がこびりついていた。

 

「なんか傷だらけですね……自然にできた傷ではなさそうですが……」


 魔獣を眺めていたコリンが呟く。

 

「縄張り争いに負けて追い出されたのかもしれんな。こういう個体は気が立ってる。近づかない方がいい」


 ドルンさんの声はいつもより硬い。

 

「ドレッドタラスクは本来、複数の中級冒険者で戦う相手だ。多少弱っているとはいえ、戦うべきじゃない。やり過ごすぞ」

 

 僕らは頷き、瓦礫に身体を寄せた。

 甲羅が壁に擦る音が響き、地面を踏み抜くたびに重い振動が足の裏から伝わってくる。

 かの魔獣が通り過ぎるのを待っていたその時――カツン、と乾いた音が響いた。


「あっ――」

 

 すぐ隣で身を縮めていたリエンが、石片を靴先で弾いてしまったらしい。

 飛んだ石片は石畳の上を跳ね、通路の真ん中で止まる。

 運が悪いことに、丁度ドレッドタラスクの視界にその石片が入ってしまった。

 不思議に感じたのか首が、こちらへ向く。

 赤い目が細くなり、鼻先がわずかに震える。

 次の瞬間――ドレッドタラスクは地を蹴り、瓦礫を弾き飛ばしながら、その巨体が一直線に迫ってきた。

 

「クソったれが!!」

 

 叫ぶと同時にドルンさんが飛び出していた。

 両手にはハンマーが握られており、それを一度地面に叩きつけていた。

 あれはドルンさんが"衝撃"の能力を使うための前準備だろう。

 ドルンさんはそのままハンマーをドレッドタラスクの頭に目掛けて振りかぶる。

 

「――"轟天撃"!!!」

 

 ハンマーが魔獣の頭に当たった瞬間、衝突箇所から直線状の衝撃波が発生した。

 衝撃の余波であるにも関わらず、ドルンさんの周囲の瓦礫が勢いよく吹き飛ぶ。

 ドレッドタラスクの頭がのけぞり、通路の壁に巨体が叩きつけられた。

 ――これが中級冒険者の実力……試験中は本当に力を抜いていたのだと改めて気付かされる。

 

 ドレッドタラスクの頭部から血が吹き出す。

 だが、体勢は崩れたものの倒れる様子はない。

 怒りの咆哮が上がり、周囲が震えた。


「ここから離れるぞ!こんな狭いとこではまともに動けん!神殿前まで移動だ!」

 

 ドルンさんが手を振り、僕らを急かす。

 僕らは神殿前の広場を目指して全力で走った。

 途中で振り返ると、ドレッドタラスクの口に鈍い光が溜まっていた。

 次の瞬間、その光が放たれ、熱線が通路を薙いだ。

 

「先に行け!」

 

 ドルンさんが両掌を打ち合わせ、前へ突き出す。

 透明な壁に叩きつけられたように、熱線が左右に割れた。

 周囲の気温が上がり、熱が頬を刺す。

 そしてすぐに次の熱線が放たれた。

 その都度、衝撃の能力で打ち消す。

 二度、三度……何度撃たれても、すべて相殺していく。

 

「無駄だって分かったか……!」

 

 四度目は放たれなかった。

 ドレッドタラスクは尾を振り回しながら、建物を押し砕き進行する。

 尾の先は鋭く、石で造られた建物が紙のように切り裂かれる。

 僕らはとにかく前進し続け、通路の先へ飛び込んだ。

 視界の先に神殿前の広場が映る。

 広場に辿り着くと同時に、背後の通路をドレッドタラスクとドルンさんが突き破って出てきた。

 石片が雨のように降る。

 ドルンさんは何度か攻撃を受けたのか、体に幾つもの傷が付いている。

 

「離れていろ!!こいつ相手に出し惜しみはせん!!!」

 

 ドルンさんが大声で指示を出し、右手を力強く握る。

 離れているのに肌がざわつくほどの圧が感じられる。


「――"震閃砲"!!!」

 

 引き絞られた右腕が放たれ、それと同時に爆発音が響く。

 右手から放たれた衝撃波が矢のように一直線に奔る。

 その衝撃波は巨体を貫き、よろめかせた。

 だが、足で地面を強く叩き、咆哮を上げる。

 

「この化け物が!!!」

 

 正面からの突撃――ドルンさんは腰を沈め、ハンマーを肩に担いでドレッドタラスクに向かう。

 ハンマーを全力で頭に向けて振るうが、体を逸らして甲羅で受け止められる。

 凄まじい衝撃が発せられるが、その巨体はびくともせず、全く動じていない。

 そしてドレッドタラスクはそのままドルンさんを弾き飛ばした。

 

「ぐッ……!」

 

 鈍い音が響く。

 弾かれたドルンさんは神殿まで吹き飛ぶ。

 神殿の石壁が割れ、粉塵が舞う。

 

「ドルンさん!」


 みんなの悲鳴が上がる。

 ドルンさんを吹き飛ばしたドレッドタラスクは、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 そしてこちらに歩みを進める。


「まずいぞ、こっちに来る!逃げねえと!」

 

「でもドルンさんが!置いて行けません!」


「なら戦いましょう!」

 

 リエンが剣を握り、刃に雷光を走らせる。

 僕とガレス、コリンも武器を構えて広場に散開した。

 

「いきます!」


 コリンが叫び、ドレッドタラスクに向かって走る。

ドレッドタラスクが前脚を横に薙ぐが、コリンは低く走り込んでかわし、反撃の攻撃を加える。

 自身の周囲を走り回るコリンに対して、ドレッドタラスクは鬱陶しそうにしている。

 僕もそれに続くように巨体の周囲を走り回ることで撹乱し、隙を狙って短剣で皮膚を切りつけた。

 大したダメージにはならない――だが、確実にドレッドタラスクの注意を僕たちに引きつけることが出来ていた。


 僕らが作った隙にガレスとリエンが強力な一撃を加える。

 当然、ドレッドタラスクも黙っているわけがない。

 尾が縦横無尽に振るわれ、口から熱線が放たれる。

 一度でも攻撃が直撃したら一巻の終わりだ。

 全力で直撃を避け、攻撃を差し込んでいく。

 だが、熱で体が焼かれ、尾や爪が擦り裂傷が刻まれる。

 

「くっ……!」

 

 呼吸が荒くなり、広場から神殿側へ押し込まれていく。

 ドレッドタラスクの頭が沈み、突進の姿勢を見せる。

 もう避け切れない、と歯を食いしばったその瞬間――

 

 神殿の瓦礫から一つの影がドレッドタラスクに向かって飛んでいく。


「ドルンさん!」


 ドルンさんは血まみれになりながらも、ハンマーを強く握り、敵に向かっていた。

 ハンマーの先には、エネルギーのようなものが渦を巻くように集束している。

 

「――"轟天撃"!!!」

 

 不意を突かれたドレッドタラスクの脳天にハンマーが直撃した。

 ドレッドタラスクの足元に大きな亀裂が走り、鈍い音とともに巨体が沈む。

 大技を放ったドルンさんの体力は限界が近いのか、肩で息をしている。

 ドレッドタラスクは沈黙しており、ようやく倒せたのかと安堵した。

 だがその安堵も束の間――血に濡れたドレッドタラスクの目が鋭くなり、甲羅の棘を逆立てた。

 

「――離れろ!」

 

 ドルンさんが叫ぶのと、同時に甲羅の棘が弾丸のように四方へ飛び出した。

 空気を裂く音と同時に、棘が周囲の建物や神殿に当たり、破壊音が響き渡る。

 ドルンさんは衝撃の力で棘を弾き返す。

 ガレス、コリンはドルンさんの後ろで棘をやり過ごしていた。

 ドルンさんから離れた場所にいた僕は、瓦礫の裏に飛び込み、棘の直撃を避ける。

 

「あっ……!」

 

 戦いで体力を消耗していたからか、リエンが棘を避けきれなかった。

 脇腹と肩に一つずつ棘の直撃を受け、体は砕けた神殿の先へと弾き飛ばされていた。

 

「リエン!!!」

 

 ドレッドタラスクはリエンに追撃しようと、棘を放ちながらも、瓦礫を踏み砕き前進する。

 ドルンさんがそれを止めようと追う――だが、ドレッドタラスクは振り向くと同時に口を開き、火球を吐き出した。

 ドルンさんは咄嗟に衝撃で弾く。

 火球は爆発し、視界が火と煙で覆われる。

 

「しまっ――」

 

 一瞬の隙の内に尾が薙ぎ払われた。

 鈍い打撃音と共にドルンさんが石柱に叩きつけられる。

 ガレスとコリンが駆けつけようとするが、飛来する棘のせいでうまく前に進めない。

 リエンがふらつきながら立ち上がり、棘が刺さった箇所を震える手で抑えている。

 目の前の敵に向けて電撃を放とうとするが、うまく能力を使えていない――もう体力が限界なのだろう。

 ドレッドタラスクが脚を高く上げ、影が彼女を覆う。


 ――やらせてたまるか!

 そう思った次の瞬間、身体が勝手に走り出していた。

 

「リエン!!!」

 

 彼女の元に飛び出し、両手で突き飛ばす。

 リエンはドレッドタラスクの攻撃から避けられた。

 代わりに僕の視界がドレッドタラスクの脚で埋まる。

 次の瞬間、鈍い衝撃と共に石の床が砕け、伝播するように神殿が崩れ始める。

 ――おそらく、度重なる衝撃で建物が限界を迎えていたのだろう。


 神殿の床が口を開け、身体が空中に投げ出される。

 床を破壊したドレッドタラスクも僕と一緒に空中に投げ出されていた。

 瓦礫の崩れる音と共に誰かの叫び声が聞こえる。

 右手を伸ばすが何も掴むことができない。

 ただ落ちていく――暗闇の底へ。

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