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実地研修

 古代都市の外壁が間近に迫ると、ドルンさんが足を止めた。

 黒く煤けた壁面はところどころ欠け、崩れた柱が地面に横たわっている。

 かつて門だったはずの開口部は大きく砕け、瓦礫の向こうに広い空間が見える。

 

「今回の研修について説明する。――今日は外周だけを回る予定だ。深入りはしない」

 

 ドルンさんから短く告げられる声に背筋が伸びる。

 

「それぞれの役割だが――フィールとコリンは索敵を、リエンとガレスはサポートだ。俺が先導するからついて来い」

 

「「「「了解!」」」」

 

 与えられた指示にそれぞれが頷いた。

 ドルンさんの先導のもと、古代都市の入口をくぐる。

 入口を通過すると同時に、自然と喉が鳴った。

 ここが古代都市なのか――今までより空気が重く感じられる。

 

「まずは退路の確保からだ」

 

 ドルンさんは入口脇の壁に近づき、白いチョークを取り出した。

 そして、そのチョークで壁にバツ印を描いた。

 描き終えると、今度は革袋から四つ折りの紙を取り出す。

 

「この紙を持っておけ。今使ったチョークは魔道具でな。チョークで書いた印同士が引き合うようになってる」

 

 僕は渡された紙を手のひらに載せる。

 触れたり風が吹いたわけでもないのに、紙がくいっと動く――入口のバツ印がある方角へ、じわりじわりと滑っていた。

 

「迷ったら、その紙の動きを見るんだ。帰る方向の目安にはなる」

 

 機能は単純だが、非常に心強い。

 古代都市を見渡した限りでは、似たような建築物が多いように感じられる。

 奥に進むほど自分の居場所が分からなくなるはずだ。

 このような地では特に役に立つだろう。

 

「行くぞ。角の死角に気をつけろ。建物の影から魔獣が出てくる可能性がある」

 

 入口の先にある広場を進んでいく。

 広場には断たれた柱の根元がいくつも残り、近くの建物の壁は黒く煤けている。

 地面には石畳が敷かれているが、どこもひび割れており、まともな状態のものはほとんどない。

 最初の建物の角に近づくと、ドルンさんが近くの小石を拾って角に向けて投げた。

 石が奥に消えた直後――ガリ、ガリ、ガリと硬いものが擦れる音が聞こえる。

 

「魔獣がいるな。おそらくストーンラット。皮膚が石みたいに硬いネズミだ。迎え打つぞ」

 

 建物の角から這い出してきた魔獣は、ネズミというには大きい。

 人の頭ほどの大きさの体、そして皮膚には石のようなものが貼り付いている。

 三、四……いや、五匹の濁った目がこちらを向く。

 こちらの存在に気づいたストーンラットは、僕たちを目掛けて突進してきた。

 

「リエン!」

 

「任せて!」

 

 リエンが剣を構え、刃に青白い光を纏わせる。

 息を吸い、剣を一閃すると電撃が放射状に走り、床の上を薄く這ってストーンラットの足元に広がる。

 電撃を浴びたストーンラットは一斉に痙攣して動きが止まった。

 

「今よ!」

 

 僕とガレス、コリンが散開する。

 硬い表皮を短剣で攻撃しても弾かれるだろう。

 ならば、柔らかい場所――石の表皮の隙間や目を狙うのがいいだろう。

 僕は一体の側面に回り込み、皮膚の隙間を狙って喉元に短剣を刺した。

 そしてそのまま短剣を横へ滑らせる。

 抵抗は強いが、ストーンラットの喉が裂かれ、大量の血が吹き出した。

 ――まずは一匹。

 

「どりゃあ!」

 

 ガレスの拳が硬い皮膚ごとストーンラットを叩き割り、コリンの爪が喉を断つ。

 後から合流したリエンが残りのストーンラットに強い電撃を浴びせ、黒焦げにしていた。

 数分のうちにストーンラット達は完全に沈黙し、ぴくりとも動かなくなった。


「ふう……」

 

 肩で息をしていると、すぐ後ろから声がかかる。

 

「今回は危うげなく倒せたな。それと、固有能力の使用は体力を食う。配分を考えて使うようにしろ」


 ドルンさんの短い講評が終わると、僕たちは角の先へと進み始めた。

 先に進む中、再び建物の影からストーンラットが三体現れる。

 リエンの雷で抑え、僕ら三人で確実に仕留めた。

 そして今度は石柱の上から、羽音とともにコウモリ型魔獣――フロックバットの群れが飛び出してくる。

 こちらも僕とコリン、ガレス、リエンの四人で連携し、叩き落とした。


 ――気が抜けないな。

 ここらの魔獣であれば、危うげなく戦うことができる。

 けれど、いつどこから魔獣が出てくるのかわからない。

 僕は先頭で、建物の隙間や上から魔獣が襲ってこないか絶え間無く見渡していた。


 ***

 

 しばらく歩き続けると少し開けた場所に出た。

 目の前には今まで見た建物よりも一回り大きい建築物――神殿のようなものが(そび)え立っている。

 古代都市は独特な雰囲気を放っているが、その中でも目の前にある神殿の周囲は明らかに異質だ。


「……気になるか?俺も初めてここに来た時は気になったもんだ。せっかくだし寄ってみることにするか」


 ドルンさんの提案に皆頷き、神殿に向けて足を進める。

 入口の扉は壊れており、そのまま中に入ることができた。

 神殿の天井は所々崩れ、瓦礫が散らばっている。

 通路を抜け、真っ直ぐ進むと広間に出た。

 その広間は通路と同様に朽ちかけているが、壁には薄く色が残り、中央の祭壇の上には巨大な壁画が掲げられている。 

 その絵は戦いを表しているのだろう――武器を持った人達と口を大きく広げた三体の巨竜が向かい合っている。

 人と敵対している存在はその竜のみであり、魔獣などは描かれていない。

 昔の人たちはあれほど巨大な竜を相手に戦っていたのだろうか。

 様々な疑問が湧いてくる。

 

「……立派な絵ですね。こんな朽ちた場所でも、しっかり残っているなんて……」

 

 絵を見ていたコリンがぼそっと呟いた。

 

「あんな竜を相手にしていたのなら、よくこの都市は形を保ってられたな。都市の中に魔獣もうじゃうじゃ湧いてるし」

 

 ガレスの素朴な疑問に、ドルンさんは肩をすくめた。

 

「竜については分からんが、古代都市は壊れても、時間が経つと少しずつ元に戻っていく。だから魔獣がいても形を保っていられるらしい。まあ、全部が元通りになるわけじゃないがな」

 

「都市が勝手に直る……?」

 

「そうだ。理屈は知らん。だが、この辺りはまだ綺麗な方だぞ。都市の奥では、より強力な魔獣が暴れるせいでボロボロだ」


 この辺りも十分ボロボロだと思っていたが、まだ綺麗な方なのか……

 都市を破壊するほどの魔獣――それがどのような存在なのか興味が湧くと同時に、自分が対峙できるのか不安になる。

 壁画を眺めていたリエンがこちらを向き、ドルンさんの話に応える。

 

「だから外周での研修なのね。中に行くほど強い魔獣が増える」

 

「ああ。都市に慣れるまでは深入り禁止だ。下手に奥に入ると一瞬でやられるぞ。……さて、そろそろ移動するか」

 

 神殿を出て再び通りを進む。

 歩いているうちに、何か違和感を覚えるものが見える。

 視界の端――建物の壁面に、黒い擦り跡が帯のように走り、周囲に砕けたばかりに見える瓦礫が散らばっている。

 その擦り跡の幅は人が両腕を広げたほどだ。

 

「……ドルンさん。ここ、何か変じゃないかな?」

 

 擦り跡を指差すと、全員が集まって観察した。

 

「これは魔獣が通った跡か……?全員、今まで以上に注意を払え。」

 

 建物の影から先を覗くと、通りを塞ぐように建物が崩れている。

 その建物は崩れ方が不自然だ。

 柱や梁が押し除けられたように横に向かって倒れている。

 何か大きなものが、無理やり通った――そんな痕。

 

「嫌な予感がするわね……」

 

「引き返した方がいいでしょうか……?」

 

 リエンの呟きに、コリンが震えた声で反応する。

 その時、足裏に微かな振動が伝わった。

 周囲の砂がわずかに跳ねる。

 続いて、獣臭と血の匂いが混じった独特な臭気が漂ってくる。

 

「まずい!全員、あの瓦礫の裏に隠れろ!音を立てるな」

 

 ドルンさんが指差す方向にあった瓦礫に僕らは身を隠し、息を潜めた。

 振動はゆっくりと、だが確実に大きくなる。

 地面が小刻みに鳴り、胸が内側から揺さぶられるようだ。

 呼吸は浅くなり、額に汗がにじむ。

 ――何かが来る!

 

 次の瞬間、強い揺れが起こり、目の前の建物が大きく沈んだ。

 立ち上った土煙の中から、巨大な影が盛り上がる。

 最初に見えたのは甲羅だった。

 城壁を貼りつけたような巨大な装甲。

 黒灰色の板が規則正しく幾重にも重なっており、縁には短い棘が列を成している。

 次に、頭部が見えてくる。

 突き出した鼻面は亀に似ているが、口元は深く裂け、艶のない牙が並ぶ。

 目は小さく、紅く輝いており、周囲に圧を放っている。

 首と脚は太い柱のようで、地を踏むたびに石畳がめり込む。

 そして尾は鞭のように長く、節ごとに棘が生えている。

 その巨体が瓦礫を押しのけて僕たちの前に現れた。

 魔獣が息を吐くたびに、血と獣臭の匂いが濃くなった。

 視線が、一瞬こちらを横切る。

 僕の喉がひゅっと鳴った。

 身体が勝手に冷える。

 動くな、という命令だけが頭の中に浮かんでいた。

 

「あれはドレッドタラスクだ。なんでこんな場所にいやがる……」

 

 ドルンさんの声はいつになく重く聞こえた。

 ドレッドタラスクは一度立ち止まった後、再び歩き始める。

 気づかれないようにと、必死に息を止めて潜む。

 心臓の音だけがやけに大きく響いていた。

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