古代都市への道
門の外に出ると、目の前には荒野がどこまでも広がっていた。
土は乾ききってひび割れ、ところどころに低木が風に耐えるように生え、岩山が点在しているだけ。
門を越えた途端、全く別の土地に来たように感じるほどだ。
「行くぞ。古代都市はこの先を真っ直ぐ進んだところだ」
ドルンさんの声と共に出発し、僕らは一列に歩き出した。
僕とコリン、ガレスは足取りがぎこちない。
荒野は所々に凹凸があり、地面は絶妙な硬さである。
足を踏み出すたびに余計な力が入り、非常に歩きにくい。
対照的にリエンは、足取りに淀みがない。
明らかにこの場所に慣れている人の足運びだ。
「ねえリエン、都市の外は結構慣れてるの?」
「ええ。貴族だと都市の外に出ることも多いのよ。あくまで仕事としてだけどね」
――貴族も楽じゃないんだな。
今まで貴族には見下され、軽蔑されてきたからか、どうにも悪いイメージしか抱いていなかった。
リエンも第一印象こそ悪かったが、今はそのような雰囲気はない。
今後貴族と関わることはそうそうないだろうが、少し認識を改めようと思った。
「それにしても、こんなに何もないと道を外れたらわからなくなりそうだね……」
荒野を歩いている中、コリンが不安げに言う。
確かにこんなに何もない土地だと、どこを歩いているのかわからなくなりそうだ。
「まあ、真っ直ぐ進むだけだから大丈夫だろ!」
ガレスは肩を回しながら笑って言う。
彼は相変わらず楽観的なようだ。
「でも、魔獣が出てくる可能性もあるから……」
「一応、目印になるものがあるから安心しろ。そういうのを教えるために、この研修があるんだ。」
歩みを緩めずにドルンさんが前方を指差す。
ここから少し離れた先に、黒く太い杭が斜めに打ち込まれていた。
「あの杭が目印の一つだ。ある程度の間隔で打ち込まれている。杭が向いている方向に古代都市があるから参考にしろ」
――あれが目印……
コリンとガレスも興味深く杭を眺めている。
この道は今後何度も通ることになるはずだ。
目印の存在はしっかり覚えておこう。
***
ただひたすら荒野を進む。
目印である杭や同業者と思われる人を途中で見かけるが、それ以外に目立つものは何もない。
そして日差しを遮るものもないため、とにかく眩しい。
ある程度進むと、前方に背が高く特徴的な形状の岩場が見えてきた。
「あの岩場がラーテルと古代都市のおおよそ中間地点だ。あまり遅くなってもなんだから、休みなしで行くぞ」
ドルンさんが短く指示を出す。
岩場を越え、先へと進んで行く。
再び開けた場所へ出たときだった。
陽炎の向こうで、影が三つこちらへ走ってくる姿が見えた。
「グレイウルフだ!構えろ!」
ドルンさんの怒号が響く。
薄い灰毛を持つ体躯がこちらに迫る。
狼型の魔獣は群れで行動することが知られている。
今回の数は三体。
「各自好きに戦え。自分のやり方で構わん。危なそうなら援護に入る」
狼たちが一斉に距離を詰めてくる。
その瞬間、リエンの剣に青白い稲光が走った。
「分断するわ!」
彼女は短く踏み込み、剣を振るって電撃を放つ。
試験の時とは異なり、放たれた電撃は薄く広がっていく。
グレイウルフたちは電撃を避けるために足を止めて散開する。
「今だ!」
僕の声と共に、僕とコリン、ガレスの三人はそれぞれグレイウルフに向かう。
右の一体にはガレスが突っ込んだ。
彼の筋肉が盛り上がっていく。
グレイウルフはガレスに向かって飛び掛かるが、もう遅い。
「うはははは!喰らえや!!!」
豪腕が唸り、グレイウルフの腹に拳が叩き込まれる。
骨が砕ける鈍い音と共にグレイウルフの体が宙で折れ、砂に転がった。
そのまま追撃を頭に叩き込む。
砂煙が舞い、グレイウルフは完全に沈黙した。
――その間、左へ回った一体にはコリンが向かう。
走りながら全身に毛が生えていき、その姿は人型の狼へと変貌する。
そのまま身を低く沈め、一気に間合いへ潜り込む。
グレイウルフが噛みつこうとするが空を切る。
コリンは鋭い爪を振るい、後ろ脚の腱を断つ。
体勢を崩したグレイウルフの首筋へ、もう一度爪による攻撃を加えた。
首から血が吹き出し、グレイウルフは痙攣しながら倒れた。
――僕の正面には最後の一体が迫る。
試験の時のあの研ぎ澄まされた感覚、あれをもう一度再現したい。
グレイウルフの動きを読もうと集中する。
だが、試験の時のように感覚が鋭くなることはなかった。
「……くそッ!」
こちらに飛びかかってくるグレイウルフを、横に跳んでかわす。
着地したグレイウルフはすぐに振り返り、低い姿勢から再び飛びかかってくる。
目の前に迫る牙に左手の短剣をぶつけることで、突進の方向をそらす。
牙が逸れた瞬間、もう片方の手にある短剣で切りつけた。
だが、傷が浅かったのか、グレイウルフは痛みを無視してこちらを向く。
左の短剣で再び切り付けようとするが、既にグレイウルフの前脚が僕に向けて振るわれていた。
グレイウルフの鋭い爪が迫る。
――やられる!
爪が僕に当たる直前、胸元から透明な壁のようなものがせり出し、グレイウルフを弾いた。
胸元の護りのペンダントが攻撃を防いでくれたのだ。
グレイウルフは不意の衝撃で体勢を崩している。
――今のうちに!
一気にグレイウルフに近寄り、短剣で前脚を切り裂く。
グレイウルフは小さく悲鳴を上げ、後ろに飛び退いた。
憎たらしそうに僕を睨みつけてくる。
そして僕に噛みつこうと、大口を開けて突っ込んできた。
だが、前脚を切られているからか、その動きは最初よりも鈍い。
体を捻り、その突進をかわす。
そしてグレイウルフの喉元に短剣を突き刺した。
グレイウルフの悲鳴が響く。
今度は確実に仕留められるように、両手で短剣を押し込む。
徐々に悲鳴は小さくなり、グレイウルフの体から力がぬけた。
――危なかったが、何とか倒すことができた。
院長から貰ったペンダントがなければやられていたかもしれない。
それにしても、試験のときのあの鋭い感覚は再現できなかった。
一体何が違うのか――仲間の動きと重なった瞬間か、極限の緊張か、条件がわからない。
「何とか倒せたみたいだな」
ドルンさんが僕たちに話しかけながら近づいてきた。
そして、周囲を見回して戦闘跡を確認する。
「分断させて各個撃破――悪くない判断だ。コリンとガレスも問題ない。だがフィール、大分危なかったな。途中で割って入ろうと思ったぞ」
その言葉が重くのしかかる。
試験の時の感覚を再現することに意識を取られ、攻撃をもらいそうになった。
命がかかった戦いの中ではあるまじき失態だ。
「お前が持つ魔道具は優れたものだが、過信しすぎるな。何か焦っているのかもしれないが、怪我をしたら元も子もないぞ」
「はい……」
強くなりたいという意識が先行し過ぎていた。
まだ古代都市に着いてすらいないのに、このままでは駄目だ。
両手で自分の頬を強く叩き、意識を一新させる。
「よし……すみませんでした。もう大丈夫です」
僕の返答にドルンさんは満足そうに頷く。
その後、コリンがおずおずと手を上げて何か言いたそうにしていた。
「……あの、魔獣の素材を取りましょう」
コリンがグレイウルフの素材を取らないかと提案する。
「グレイウルフは牙と毛皮が換金できます。特に毛皮は状態が良ければ――」
「悪いが毛皮を剥ぐ時間はない。陽が高いうちに古代都市へ着く必要があるからな。牙だけ取っておけ」
ドルンさんは牙だけ取るように僕たちに指示をした。
ガレスが倒した個体は頭が原型を留めていない。
そのため、僕とコリンが倒した個体がもつ特に大きい牙を取り出すことにした。
「それと、倒した魔獣は自動で冒険者カードに記録される。最悪、素材を拾えなくても討伐の証明は残るから安心しろ」
「へえ、冒険者カードって便利だな!」
ガレスが感心して頷く。
魔獣を倒しても、持っている道具や怪我次第では素材を運べない可能性がある。
そういった中でも、討伐を証明できるのは確かに便利だ。
「便利だけど、目の前の素材はお金になるからね。無理のない範囲で回収した方がいいよ」
コリンは商会に所属しているからか、お金に関することに対して厳格なようだ。
普段からやっているのだろう、コリンは器用にグレイウルフの口をこじ開け、根元から牙を外していく。
僕も見よう見まねで一体分の牙を抜いた。
「素材は取れたか?準備ができたら出発するぞ」
再び列を組んで歩みを進める。
岩場を越えた先は、今までと同じような荒野が続いている。
しかし歩き続けていると、少し先の地平線に黒い影が揺れて見えた。
「見えてきたな。あれが古代都市の外郭だ」
ドルンさんが顎で示す先、地平線からせり上がるように、巨大な壁が横一面に広がっていた。
古代都市は巨大だと聞いていたが、想像以上だ。
僕が暮らすラーテルよりも遥かに高く、広い壁。
――こんな巨大な都市がかつて存在していたのか。
壁に近づいていくと、より詳細に見えてくる。
石造りの壁は黒く煤け、所々が欠けている。
門らしき場所は大きく崩れており、内側の様子がはっきりとわかる。
ラーテルにある建物とは形も造りも大きく異なる。
ある建物は三階はありそうなほど高く、横に長く連なり、複数の扉がついている。
また、中には先ほどの建物の倍以上の高さのものもある。
――ここが古代都市……
僕だけではなく、ガレスやコリンもこの都市に圧倒されていた。




