冒険者への一歩
ドルンさんが立ち去った訓練場には静けさが戻っていた。
土埃がおさまり、ひび割れた床に僕ら四人が倒れ込んだまま、荒い息だけが響いている。
しばらくして、皆ゆっくりと重い体を起こした。
「……さっきは、助かったわ」
立ち上がったリエンが僕らに向けて声をかけてきた。
乱れた金髪を耳にかけ、視線はしっかりとこちらを向いている。
彼女は初めて見た時よりも、かなり態度が軟化していた。
「冷たい態度を取ってごめんなさい。改めて自己紹介をするわ。私はリエン・フードゥル。フードゥル子爵家の人間よ」
子爵――貴族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士の六つに分かれる。
孤児院育ちの僕にとって、貴族は雲の上の存在である。
礼儀も作法も、遠い世界の話だ。
リエンが僕とは全く異なる立場の人なのだと再認識した。
「フ、フードゥル家……!」
コリンが真っ先にリエンの言葉に反応した。
獣化の名残で荒い呼吸を整えながら、目を丸くする。
僕は貴族にどのような家があるのか知らない。
フードゥル家は驚くような家なのだろうか。
「武門で有名な家だよ!ここラーテルは冒険者の多い都市だけど、フードゥル家の実力はよく知られてるんだ!」
きょとんとした顔をしていた僕とガレスに、コリンが説明してくれた。
武門で有名な家か――貴族にもそういった家があるんだな……
「へえ、凄い貴族なんだな!冒険者は実力試しか?」
ガレスが感心したように頷きながら言う。
「……まあ、色々と事情があるのよ」
リエンは肩をすくめ、話をそこで切った。
次にコリンが一歩前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「……えっと、自己紹介できてなくてごめんね。試験の時も、助けてくれてありがとう。僕はコリン。ルプス商会に所属してるんだ」
「ルプス商会か!よく世話になってるぜ」
ガレスがぱっと笑う。
ルプス商会――食料品をはじめ、日用品から冒険者の道具まで幅広く扱う大規模商会だ。
僕も何度か雑務や荷運びの仕事を請け負ったことがあり、馴染みがある。
「じゃ、俺も。俺はガレス、農家の息子だ。よろしくな!」
「僕はフィール。孤児院出身だよ。よろしくね」
四人の間の空気は出会った当初とは異なる和やかなものになった。
その時――階段の方から、ズシン、ズシンと重い足音が近づいてくる。
現れたのは、肩にハンマーを担いだ男――ドルンさん。
「おっ、仲良くなったみたいだな。とりあえずこれを受け取れ」
ドルンさんは歯を見せて笑うと、腰のポーチから小さな金属の筒を四本取り出した。
そしてその筒をひょいと投げ渡してくる。
「それは回復薬だ。飲んどけ」
受け取った筒の蓋を開けると、薬草の匂いが漂う。
そのまま筒の中身を一気に飲み干した。
薬草の苦みが口の中に広がる。
それと同時に、擦り傷が薄れ、怪我が徐々に塞がっていく。
また、重かった体に、体力が戻っていくのが感じられた。
――凄い効果だな、これ……
傷が治り、体力が回復する飲み物。
全くもって原理がわからない。
魔道具もそうだが、世の中には理解できないものが多くあるのだなと感じる。
これから向かう古代都市では、そういったものを沢山見られるのだろうか。
そう考えると少し気分が高揚する。
「よし、全員飲んだか!じゃあ次はこれを渡すぞ!受け取りに来てくれ!」
ドルンさんの手には四枚のカードのようなものがある。
そのカードを一人ひとり受け取っていく。
カードは灰色の金属のような素材で作られており、表面には僕の名前が刻まれている。
もしやこれは――
「何となく想像はついてると思うが、今渡したものが冒険者カードだ。まあ、まだ仮だがな」
やはり、冒険者カードだった。
今まで待ち望んでいた冒険者の証。
手に持つことでようやく自分も冒険者になったのかと実感する。
リエンやガレス、コリンも目を輝かせてカードを見つめていた。
ただドルンさんは"仮"と言っていたことが気になる。
「あの……この冒険者カードが"仮"というのはどういうことでしょうか?」
「ああ、それはお前たちのランクがまだ確定していないからだ。実地研修後に正式登録が完了する。再発行すると金がかかるから失くすなよ」
「は、はい!」
まだ登録が完了していなかったことに少し落胆するとともに、カードを失くさないようにしっかり握る。
「よし、そろそろ出るぞ。ついて来い」
ドルンさんについていくように石段を上がり、訓練場を後にする。
既に昼近くであり、地上階のホールは仕事を受けに来る人たちで喧噪に満ちていた。
カウンターにいたリーラさんが僕たちを見つけ、ぱっと明るい顔になる。
「みんなおつかれさま! 全員、顔色は……うん、問題ないわね!ドルンさん、いつも滅茶苦茶やるから心配だったんですよ」
「ハッハッハ!元気な奴らを相手にするとついやりすぎちまってな!ちと、こいつらを連れて古代都市に行ってくるぜ」
笑いながら言うドルンさんをリーラさんは呆れたような目で見ていた。
この人はいつもこんな感じなのか……
「……実地研修ですね。古代都市は危険ですから無茶はしないでください。あ、そうだ。みなさん、これをどうぞ!」
リーラさんから革製のバンドが手渡される。
そのバンドにはケースのようなものが付けられていた。
「それに冒険者カードを入れて身に着けておいてください。冒険者のみなさん、すぐにカードを失くすんですよ……」
「ありがとうございます!」
受け取ったバンドを右手に着け、冒険者カードをケースの中に入れる。
他の皆もバンドを身に着けており、準備は万端のようだ。
「よし、準備はいいな。さっさと古代都市に行くぞ!」
ドルンさんの後ろをついていく。
ギルドの扉が押し開けられると、外の光が一気に差し込んできた。
さあ、出発の時間だ。
***
城門へ向かう大通りは荷車と人波で混み合っていた。
大通りを抜け、道を真っすぐ進んでいくと巨大な城壁が視界に入ってきた。
やがて目の前にそびえる外門――扉は金属製で重厚そうに見える。城壁の上には弩砲が並び、多くの兵士が門の前にいる。
門の警戒態勢は厳重そのものだ。
僕が住むこの都市は古代都市に近い。
いつ来るか分からない魔獣に備えるためには、これぐらい警戒する必要があるのだろう。
門には人が数人通れる程度の小さい扉が備え付けられ、その扉の前で冒険者らしき人たちが並んで検問を受けていた。
「あの列に並ぶぞ。兵士の前に来たら冒険者カードを見せるんだ。仮登録中だが身分証としては機能する」
ドルンさんに促されて列に並び、順番を待つ。
その間、ガレスとコリンは落ち着かないのか、そわそわしていた。
僕も古代都市に行くことができる期待で落ち着かなかった。
幾ばくか待つと僕たちの順番が来る。
「身分証を」
兵士は低い声で言い、僕らは冒険者カードを差し出した。
そのカードを受け取った兵士は、黒い箱にカードを通す。
あれも何かの魔道具なのだろうか……
「ドルン、リエン・フードゥル、コリン、ガレス、フィール……よし。問題はないな。気をつけて行け」
兵士が紙に記録を取った後、カードが僕たちに返された。
目の前の扉が開かれる。
視界の先には広大な荒野が広がっている。
――これが都市ラーテルの外の世界か……
「さあ行くぞ!ここから先は魔獣も出てくる。落ち着かない気持ちも分かるが、気を抜くなよ!」
初めて出る都市の外、まるで狭い世界から飛び出したような気分だ。
様々な音が入り混じっていた都市の中とは異なり、ここは静かで異質に感じる。
乾いた土の匂いが風に乗って流れてくる。
鉄の扉が閉まる重い音と共に、荒れ地へ一歩踏み出した。




