5.顔だけ男と、金の亡者の夜
城下の裏通り──表の顔とは程遠い、夜の市場。
路面を這うように伸びた灯の中で、私は黒いマントのフードを深く被って歩いていた。隣を歩くのは、仮面のような笑顔を浮かべた、あの男。
「君、変装って知ってる?」
「言われたくないわね。さっきから視線、集中してるわよ。あんたの顔に」
「はは、罪深いなあ……」
レオンは片手で自分の横髪を払う仕草をしながら、ちゃっかり私の肩に手を添えてきた。
「やめなさい。近い」
「そう言って拒まないところが優しさだよね、アレシア?」
「……はあ。もういい、さっさと行くわよ」
市場の奥。庶民でも知る者が少ない地下商会の入り口で、私たちは立ち止まった。
「今日の目当ては?」
「“帝印の偽造札”。最近、流通してるって話があるの。皇室印を不正に使ってる連中がいるなら、放っておけない」
「へえ……君も皇室の犬だったとは」
「黙らない? 私はただ、混乱を利用して民から搾り取る連中が許せないだけ」
私の声に、レオンは何も言わなかった。ただ、ほんの一瞬だけ──その目の奥が揺れた。
それが「共感」だったのか、「痛み」だったのか、私にはわからない。
地下の帳場には、いかにもという成金顔の男たちが集っていた。
私たちは別々に潜り込み、適当な買い手や仲介人を装って話を引き出す。
(──この連中、ただの商人じゃない。軍部の印章を持ってる)
物陰から観察しながら、私は薄く舌打ちした。
そのとき。
「……合図」
耳元で囁かれた瞬間、レオンの手が私の腰を抱き寄せる形で回ってきた。
「何して──」
「静かに。あそこにいる男、君の顔を知ってる」
ぎゅっと距離を詰められたまま、私は咄嗟に息を止めた。
目の前には、バレンツ家の腹心と噂される貴族。彼と目が合えば、私の“素性”はすぐに知れ渡る。
「……カップルのふり、してて。演技、得意でしょ?」
「……調子乗るな」
言いながらも、私は咄嗟にレオンの胸元に顔を埋めた。
ワインの匂いが微かに残るシャツと、心臓の鼓動が、近くて……やけにリアルだった。
(何よ……こっちが緊張するじゃない)
何とかその場をやり過ごした後、路地裏に戻った私たちは、そろって息をついた。
「まあ……助けてあげたお礼は?」
「顔面でチャラよ」
「冷たいなあ。じゃあせめて、君の笑顔をもう少し見せてくれない?」
「……今、笑ってたわよ。わからないなら、目医者行きね」
そう言って私はフードを戻し、レオンに背を向けた。
だけど、背中に届いた声は──珍しく真面目だった。
「ねえアレシア」
「なに?」
「……君、昔からそうだった?」
「……さあね。昔の私は、もっと甘かったかも。でも今は、違う」
レオンはそれ以上、何も言わなかった。
けれど私は、その夜、なぜか眠れなかった。
仮面のように見えた笑顔の下に、見え隠れする素顔。
軽薄なふりをして、時々だけ真面目な声をする、その男が。
……ほんの少しだけ、気になり始めていたのかもしれない。