4.金の匂いと、美の共鳴
「──はい、そこのお兄さん。今日だけの特別価格よ?」
私は笑顔を浮かべながら、露店の前で声をかけた。
商品の内容? 言えたもんじゃないわね。中身はただのハーブの詰め合わせ。けど“薬草商会直送”って書いておけば、不思議と売れていく。
「ほら、今だけ二袋目タダ。しかもあんた、肩こりそうな顔してるわよ? 買いなさい」
「……はい……」
無意識に財布を差し出す男を見送って、私はそっとため息をついた。
(何してんだろ、私)
上流貴族が、市場で庶民相手に押し売り。
だけど仕方ないのよ。城下の流通に不正があったのは確実で、その証拠を探るために“潜入”してるだけなんだから。
……って、誰に言い訳してんのかしら。
「アレシア?」
その時──まるで冷や水を浴びせられたように、心臓が跳ねた。
「……何よ、その顔。どういう状況?」
振り返れば、そこにいたのは──例の“顔だけ男”、レオン。
今日は黒いジャケットに、ざっくり開いたシャツ。
昼間っから女の子を両脇に侍らせて、ワイン片手にヘラッと笑っている。
「え、なに? 副業?」
「違うわよッッ!!」
「ほうほう、じゃあ純粋な趣味?」
「情報収集よ。誰かさんが妨害してこなければ、もっと有益だったんだけど?」
私の睨みに、レオンは「それは失礼」と頭を掻いた。
(ったく、顔がいいからって調子に乗って……)
「それにしても君、噂通りだなあ」
「は?」
「お転婆で、野心家で──まるで男のように働く令嬢。実物はもっと魅力的だけどね?」
その口ぶりに、つい刺々しくなりかける。
けれど──
レオンの目元は緩んで、いつもの軽薄さよりも、むしろどこか“無防備”だった。
「その案件、僕も請けてる。情報、共有してもいい?」
「ふん……好きにしなさい」
その後、周囲で少し騒ぎが起きた。
「あれ……見て。あの二人……すごくない?」
「えっ……あれアレシア様じゃない? でも隣の男、誰……貴族じゃないの?」
「てか、二人並ぶとオーラやば……」
確かに私たち、並ぶと目立つかも。
けれど、レオンはそれを気にも留めず、口元だけで笑った。
「──ねえアレシア。君が欲しいものって、本当に“お金”だけ?」
「……今はそれ以外、信用してないから」
その言葉に、レオンは何か言いたげに口を開きかけ──
「じゃあ、僕が信用されるためには……何を払えばいい?」
不意に、真面目な声だった。
私は数秒、言葉を忘れたあと──
「……あんたの顔、で、十分よ」
「それ、褒めてる?」
「使える、って意味。誤解しないで」
そう言いながらも、胸の奥で微かに鳴った音を──
私は聞こえなかったふりをした。