プロローグ
金の価値は、命の価値だと、私はずっと思ってきた。
金がなければ家は潰れ、病は治らず、戦は防げず、そして、命は買われる。
オルセイン公爵家──帝国屈指の名門に生まれた私は、幼い頃から見てきた。
“名門”とは名ばかりの、虚構の屋敷。
父は社交に溺れ、母は貴婦人ごっこに夢中。
家計を立て直そうとする者は、誰ひとりいなかった。
気づけば当主の名も、実質的には私のものになっていた。
名門を守るために金を得た私は、名門の矜持を傷つけたとして、
貴族社会の片隅に追いやられていた。
それでも、私は笑った。
金は裏切らない。金は誰かを救える。金があれば、家を守れる。
私は、そうやって生きてきた。
──あの日、貴族たちに囲まれて、政略結婚を突きつけられるまでは。
「あなたが反皇室派に与すれば、帝国は安泰ですわ。オルセイン家を守りたいのでしょう?」
そのとき、私はもう疲れていたのかもしれない。
嫌気が差していたのかもしれない。
渋々、その縁談を受ける覚悟を決めたその夜、
私は“彼”と出会った。
顔が美丈夫で有名なプレイボーイ。
あまりに軽薄で、あまりに軽口で、あまりに馴れ馴れしい。
口先ばかりの軽薄な男。
そんな彼と私は一夜を共にしてしまった。
最初はただの衝動だった。
けれど彼は、何度も私を抱いた。
翌朝には、真っ直ぐな目で言った。
「俺と結婚しよう」
金より愛だなんて──
でも、私は愛を選んでしまった。
だから私は政略結婚を断った。
貴族たちを敵に回し、彼と結婚した。
それが、すべての間違いの始まりだった。
ある日、彼が見知らぬ女と逢瀬をしているのを知ってしまった。
「男なんて信用できない。
愛なんてものは簡単に裏切る」
私は何も言わず、屋敷を畳んだ。
家族もろとも家を処分し、籍を抜き、すべてを捨てて、国を出た。
──あの日、私のお腹には、新しい命が宿っていたことを、まだ知らずに。
連合国──
帝国とは違い、女が表に立てる場所。
私はそこに新たな根を下ろした。
子を産み、育て、商才を駆使して女だけの商会を作った。
やがてそれはギルドになり、やがて財閥へと進化した。
リーベル──「愛」を意味するその名は、皮肉にも“愛を捨てた私”が作ったものだった。
「マスター、元旦那さんが血眼でマスターの行方を探してるって」
「いや今更なんなのwwwww」