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5 家宅捜索

 本多は、短髪が無頓着なまま伸びた中途半端な長さの髪を、搔き毟ってグシャグシャにした。

「ああ、頭ん中がとっ散らかってる! すこし整理させてくれ」

 本多は、シュリの前を落ち着かなく行ったり来たりしたあと、こう切り出した。

「まず、君はアンドロイドに取り憑いた幽霊ってことでいいんだよな?」

 シュリは本多の言葉を頭の中で一旦反芻してから答えた。

「『幽霊』って言葉がちょっと引っかかりますが、概念的に間違ってないので、まあそうです」

「そして、君は『自分は真城シュリだ』と名乗っている」

「そうです。でも、その点については証明のしようがありません。私の言ってることを信じてもらうしか」

「いや実際、この真城邸に出入りできるんだから君は『真城シュリ』なんだろうね、たぶん。それよりも、君の依頼内容は『自分の体を探してほしい』ということだったよね」

「はい」

「たしか君は霊子れいし力学を学んだんだよね。こういう分野については君の方が専門家だから質問したいんだけど」

「どうぞ」

「これは幽体離脱みたいなもんなのか?」

「そうですね。いわゆるそれです」

「記憶が曖昧だって言ってたね。三、四日、下手したら一週間ほど記憶がないと」

「はい」

「そうなると君は三日から一週間、幽体離脱をしつづけてることになる。ここでひとつ疑問なんだが、魂ってやつはそんなに長い時間、肉体を離れていられるものなのか」

「あ……」

 シュリの目が泳いだ。想定していなかった質問だったようだ。

「……普通の人間だって一週間も放置されてたら、なにかしら問題があるんじゃないか」

「たしかに、その通りです。きっと私の体になにかしら問題が起こったんだと思います」

「非常に言いづらいんだが──」本多は一拍置いてから言った。「君はすでに死亡してるかもしれない」

「……」シュリは答えなかった。

「その可能性も考慮して答えてほしいんだが、それでも俺に〈体探し〉の依頼をするかい」

 シュリはずいぶん長い間考え込んでいたが、なにかを決心したように口を開いた。

「本多さん。たとえ私が死んでたとしても、私の体をみつけてください。もし私の体が誰も知らないところに放っておかれてたら……可哀想だから」

「……わかった。君の依頼を受けよう」


「君の依頼を受けよう」

 ──などと格好つけて言ってはみたものの、考えてみれば本多はすでにシュリから前金をもらっており、その前金は滞納していた家賃に消え、いまさら返金できない状況になっているのだから、依頼を受けるも受けないもない。依頼を断るという選択肢は元々ないのだ。なんて間抜けだろう、と本多は自分が恥ずかしくなった。

 しかしそんなことはおくびにも出さず、本多は早速捜査を開始した。

 二人はマガトロン波動測定器がある工房を出て、シュリの個人用住居へ向かうことにした。

 それにしても敷地が広すぎる。いまだに敷地の果てが見えない。この広大すぎる敷地にぽつんぽつんと家屋が建っているが、一体なんのためにこれほどたくさんの家が必要なのか。あの狭い事務所に寝泊まりしている本多にはまったく理解できなかった。

 そのなかでも比較的簡素な家がシュリの個人用住居だった。簡素とはいっても、充分大きな家ではあったが。

 中に入るとメイドロボットが出迎えてくれた。

「シュリ様。お帰りなさいませ」

「ただいま、マリー」

「ロボットに名前を付けてるのか」

「はい。家族ですから」

「ここにいるロボット全部にか」

「そうですよ。おかしいですか」

「いや、そんなことはないが……」最近では人やペットよりもロボットに愛着が湧く人間も珍しくはない。「そういえば、ここに来てから人に会ってないけど」

「人は、私しかいません」

「なに! この広い場所に一人っきりなのか」

「はい。父はほとんど帰ってきませんし。私が幼い頃は人を雇ってた時期もあったんですが、父がみんな解雇してしまいました。私が小学生くらいのときからこの家には私とロボットたちだけです」

 天空の城に住む一人の少女とロボットたち──そんな場面が本多の頭に浮かんだ。そういう童話がありそうだな、と本多は思った。

 本多はリビングに通された。掃除が行き届いた清潔なリビングだった。

「どうしますか、本多さん。どこから調べ……あ、まずい。本多さん、ちょ、ちょっとごめんなさい」

 シュリは慌ててリビングの隅にある──椅子というにはあまりに無骨すぎる──四角い物体に腰かけた。

「すみません、充電が切れそうで」とシュリ。

「今、充電してるのか」

「はい。これ(座っている四角い物体)がアンドロイド用の充電器なんです。それで、どこから調べますか」

 やっぱりアンドロイドなんだ、と本多はシュリのシュールな光景を見て再確認した。

「……お、おう。そうだな。君はこの家で生活してるんだよね。記憶を失くす前もここにいたのか」

「はい。今は夏期休暇中なので、ここか工房のどちらかにいました」

「そうか。さっき敷地内で監視カメラがいくつかあったようだけど、その録画映像を見ることはできるか」

「できますけど、なんでですか」

「いつまで君がこの家にいて、いつからいなくなったのか知りたい」

「なるほど消息不明になった時間を特定するんですね」

「そういうこと」

「では、そのデスクに腰かけてもらえますか」

 本多は言われた通りに端末モニターが載っているデスクの椅子に腰かけた。すると端末モニターがひとりでに起動した。

「録画映像は膨大なので期間と人物を限定して検索にかけます。期間は一週間前から今日まで、人物は私です」シュリは充電椅子に座ったまま説明した。

 本多の前の端末モニターに検索エンジンが表示され、文字が入力されていく。

「これって、もしかして、君が操作してるのか」

「はい、遠隔でやってます。こういうことに関してアンドロイドの体は便利ですね、ふふ。あ、検索に引っかかりました。えーと、一週間前から五日前まで私がこの家と工房にいたことを確認しました。でも四日前の十二時二十三分を最後に私はこの敷地内にあるどのカメラにも映ってません」

「じゃあ、四日前の朝からの映像を見せてもらえないか」

「はい。ちょっと恥ずかしいですが仕方ありませんね」

 本多の前のモニターに監視カメラの映像が映し出された。寝室らしき部屋に下着姿のシュリがいた。

 本多は咄嗟にモニターから目を逸らした。

「す、すいません。は、早送りします」シュリが慌てて言った。

「いや、こっちこそすまん。しかしなんで寝室にまでカメラが設置してあるんだ」

「子供の頃の設備のままになってて。小さかった私が一人で安全に暮らすためにAIによる監視が必要だったんです。なので家中にカメラがあるんです」

「そんな小さな頃から一人暮らしだったのか」

「ええ、まあ。ここくらいなら大丈夫だと思います」

 着替えを終えたシュリがキッチンで食事を摂っている場面だ。時刻表示には十時四十二分。その後一時間ほどはリビングで過ごすシュリの姿が映っていた。

「とくに問題なさそうだな。この記憶はあるか」

「いえ、残念ながら覚えてません。自分でも初めて見るので不思議な感覚です。あ、出かけるみたいですね」

 モニター内のシュリは上衣を着て玄関を出ていった。画面が切り替わり、シュリが敷地内を歩いている。カメラが次々と切り替わりシュリのあとを追った。最後に、あの大きくて黒い鋼鉄の門を越え、シュリは敷地外に出ていってしまった。門の前に設置された監視カメラが、シュリの後ろ姿が見えなくなるまで見送ったのを最後に録画映像は終わった。

「ここまでです。ここから私はどのカメラにも映っていません」

「どこに出かけたのか、記憶はないんだよな」

「はい、すいません。でもどこにいったんでしょう、私」

「クレジットの履歴を調べてみてくれないか」

「クレジット、ですか」

「ああ、外では金を使うだろ」

「おお、なるほど。さすが探偵さんですね。早速調べてみます。この日のこの時刻以降で……タクシーに乗ってます。そのあとシャトルバスに乗ってます。行き先は、新宿、ですね」

「新宿、か」

「そのあとは層間昇降機(エレベーター)で下層に降りたみたいですが、その後はクレジットを使ってません。それから四日間の空白があって、今日から利用が再開されてます。私が使ったからですね」

「四日間の空白」

 ギリギリだな、と本多は思う。生きているなら四日間はギリギリのラインだろう。

「なぜ、君は新宿に行ったんだろう。普段からよく新宿に行くのか」

「いえ、新宿どころかネオ東京の外に出ることすら今日が初めてだったんです。いえ、今日が初めてだと思っていました。本当は四日前に行ってたんですね」

「そうか。新宿から先の足取りは不明か」

「どうやって調べるんですか」

「心配いらないよ。手段はあるから」

「手段?」

「ああ、ハッカーの知り合いがいてね。そいつに手伝ってもらうよ」

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