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エピローグ 新たなる冒険へ

「ピー、ピッ、ピッ」

 どこかでビープ音が鳴っている。オカメさんからだ。どうやら起動するらしい。約一週間ぶりの再起動だ。

 オカメさんはおもむろに立ち上がるとつぎのように宣言した。

「私は自立型機械傀儡(くぐつ)SHURI-1000、識別番号M-2003-4-1です」

 それからゆっくりとした足取りで本多たちのほうへむかって歩きはじめた。オカメさんは本多がすわるソファーの傍らで立ち止まった。

 横に立つオカメさんをみて本多は唖然としていた。

 オカメさんがふたたび口をひらく。

「私のほうから説明の補足をしてもよろしいでしょうか」

「なに?」と柿谷。

 オカメさんはつづける。

「私は当事件について本多氏の捜査に同行していました。また、その経過を一部始終を記録しています。私の記録は証拠として十分にみとめられる要件を満たしています」

 柿谷はしばらく思案していたが、問題はないだろうと判断したようだった。

「ふん。まあ、いいだろう。発言をゆるす」

「ありがとうございます。ではまず、本多氏への依頼の件ですが、それについては真城シュリの命令を私が遂行したにすぎません。生前の真城シュリは私にこう言いました。『私がなにかのトラブルに巻き込まれて音信不通になったら、本多探偵事務所に依頼して事件を解決してもらいなさい』と。証拠として命令証書データを提出します」

 柿谷の端末に、真城シュリの署名のはいった命令証書が送られてきた。

「アンドロイドが代理で契約だと? こんなもの認められるわけないだろう。契約は本人でなければならない」柿谷は反論した。

「アンドロイドやロボットが所有者の代理で契約を行うことは社会通念上認められており、日常的にも行われています。よって、本多氏には正当な捜査権が認められます。さらに、真城シュリの代理人である私が捜査協力の一環として本多氏を真城シュリの所有地内にご案内しました。ゆえに、真城宅の敷地内に進入したことは令状を必要としない簡易的家宅捜索であり、不法侵入とはなりません。その後の捜査に関しても不当行為や違法行為は一切認められませんでした」

(オカメさんはスリープ状態のまま俺と柿谷のやりとりをきいていたのか)と本多は疑念をもったが、とりあえず傍観者に徹することにした。

「くッ……」柿谷は苦虫を嚙み潰したような顔をしたが、「しかし、シュリ氏のクレジット利用はどうだ。あれは不正利用に当たるのでは」と食い下がる。

「本多氏への報酬と必要経費です。当然の対価です。御社も同じように対価を得てるはずですが」

「アンドロイドが勝手に主人の金を使ってもいいのか」

 オカメさんは驚きの表情を顔面に形成した。

「よく思い出してください。アンドロイドやロボットが買い物にいきクレジット決済することなど、それこそ日常的茶飯事です。どこでもいつでも見られる光景です。ちなみに、この件で使用したクレジットの領収書もすべてあります。先程の証拠と合わせて提出します」

「……」柿谷はぐうの音も出ないようだ。「それならば、お前自身はどうなんだ? お前はマシロ・コーポレーションの所有物だろう。本多さん、このアンドロイドは返却してもらうぞ」

「え……ああ」

 それもそうだ、と本多はおもった。なりゆきで事務所に運んで保管していたが、オカメさんは本多のアンドロイドではない。返却するべきだろう。

「わかっ──」

「いえ、その必要はありません」オカメさんが口をはさむ。

「なぜだ。アンドロイドの所有権は真城シュリ氏にあったはずだ」柿谷がいう。「だとすれば真城シュリ氏の死後、アンドロイドの所有権は親族に相続される。つまり真城コウタロウ氏にその所有権が移る」

「違います」

「どこが違う」

「真城シュリの遺言書より引用。真城シュリが死亡した場合、アンドロイドSHURI-1000識別番号M-2003-4-1の所有権を本多ミチロウ氏へ移譲すること。なお、個人の所有権は何人たりとも侵害できない権利である。遺言書のデータもいまそちらに送りました」


 柿谷らは──オカメさんに言い負かされて相当口惜しそうだったが──帰っていった。

「ふう……ったく、なんだったんだアイツら。それにしても──」

 本多はオカメさんをみつめた。オカメさんも細い目をさらに細めて本多をみつめかえした。

「……シュリ、だろ」と本多。

「……」オカメさんはなにも言わない。

「おい、そこにいるんだろ」

 オカメさんは首を傾げた。

「…… ハハッ、バレちゃいました?」

 オカメさんの丸顔が真城シュリの顔に変化した。


   ×   ×   ×


 本多とシュリの二人はネオ東京にある墓地にきていた。

 だだっ広い敷地の美しい庭園のなかに簡素な墓石が等間隔でならんでいる。

 シュリはある墓石のまえで跪いて手を合わせていた。本多は一歩下がったところでそれをみている。

 墓石には『真城朱里』の名が刻まれていた。

 シュリは立ち上がると、

「こういう経験する人はなかなかいないんじゃないですか。自分のお墓に墓参りにくるなんて」

 といって笑った。

「そうだな」と本多。

 そのあと二人は墓地のなかの道を散歩がてらにゆっくりと歩いた。

「君、成仏したんじゃないのか」と本多が歩きながら訊いた。

 シュリは頭を掻いた。

「いやぁ、三途の川がみえるところまでは行ったんですけどね。なんか戻されちゃいました。まだこの世にやり残したことがあるのか、未練があったのか……どうなんでしょうかね?」

「しらんわ……あ、そうだ。そういえば、アレってほんとか? 遺言書とかなんとか。ほんとうに生前に準備してたのか」

「え」シュリはすこし気まずそうだった。「そ、そんなわけ、ないじゃないですか。あんなのしゃべりながらデータをつくったんですよ。あ、大丈夫ですよ。日付とかメタデータとか、ちゃんと辻褄が合うように工夫してますから。バレやしませんて」

「おま……、それ、文書偽造の──」

 本多はしばらく恐ろしい顔でシュリをみていたが、「はあ」と大きな溜め息をつくと、「ま、いっか」とあきらめたようだった。

「筒井なんだがな」と本多が話を切り出した。

「え。あ、はい」シュリはその名前にすこし緊張した。

「あとでわかったことなんだが、筒井は病院の霊安室にあった君の遺体を回収して、情報思念体復元蘇生法という施術をおこなったそうだ」

「……蘇生法」

「ああ。君の遺体は損傷もなく状態がよかったし冷凍されてたから腐敗も防げていた。そういった条件がそろわないとさっきの蘇生法はおこなえないそうなんだが、君はその点条件をクリアしていた。俺もくわしく理解してないんだが、医療的な蘇生法と並行して霊能者による情報思念体を肉体につなぎとめる儀式をおこなうものらしい」

「そういうのが研究されているのはきいたことあります。でもまだ実用レベルではないはず」

「そうみたいだな。残念だが結果は失敗。君も知ってるとおり」

「……」

「筒井はなんで、君を生き返らせようとしたんだろうか。君の蘇生を成功させ社内での地位を築こうとしたのか。それとも、罪の意識と後悔から君を生き返らせようとしたのか」

「きっと」とシュリ。「後者ですよ」

 本多はシュリをみた。シュリは清々しい顔をしていた。

「そうだな。そうであってほしい」

 ここはネオ東京最上層──建造物内だというのに太陽の光が燦燦さんさんとふりそそいでいる。

 墓地の出口付近にきたところで本多がシュリに訊いた。

「で、どうすんだ、これから」

「いや、もう家にはもどれないので……それに、一応本多さんが私の所有者なので、本多さんのとこに置いていただけたらとおもいますが……」

 シュリは本多の顔色をうかがうも、あまり反応がよろしくないようだ。本多は渋い顔をしている。ここはなんとかアピールしなくては──

「わ、私、こう見えて高性能アンドロイドなんで、いろいろと本多さんのお手伝いができるとおもいます」

「……」本多はまだ渋い顔のままだ。

「だ、だめ、ですか?」

「う~ん、スライムスキンだっけ? たしかにその変身能力は探偵業に向いてるかもしれないな。尾行とか潜入とかにつかえそうだ」

「そ、そうですよね! 私、お役に立てますよ!」

「……フンッ。ま、いいだろ。じゃ、よろしく頼むぜ、相棒」

「あ、あ、相棒!」

 シュリはその言葉をきいて喜んだ。

「わあ、すごい! 私があの『ニャルラトホテプ事件』を解決した名探偵の相棒になれるんですか。それはすごすぎます。まるでホームズとワトスンですね」

「おいおい、落ち着けよ」

「ああ、でも」シュリはなにかを思い出して急にシュンとした。

「どうした?」

「私、さっき自分は高性能だって自慢したんですが……」

 シュリはモジモジしながらつづけた。

「じつはこのSHURI-1000にはセックス機能がついてないんです。だから花袋さんちの子たちみたいなサービスができないんです」

「バ、バカッ!」

 本多は赤面しながら言った。

「俺に人形遊びの趣味はねえよ!」

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