表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/22

20 報告

「本多さん、いましたァ! こっちでーす!」

 廃ビル二階で安喰組の組員の一人がさけんだ。

 安喰と蒲田を救急搬送したあと、──安喰の命令で──組員数人にのこってもらい、逃げたキム・ソンギュンの行方をいっしょにさがしてもらっていたのだ。

 本多が二階フロアにかけつけると、キム・ソンギュンは遺体保管用冷凍庫の上下二段のうちの上の保管庫のなかにいた。

 キムは殺し屋を目のあたりにして死の恐怖でパニックになり、焦って遺体保管用冷凍庫のなかに隠れたのだった。格納庫の中から扉を開けることができないこともわすれて──

 発見されたときは半分凍って動けなくなっていたが、幸運にも意識があり、一命をとりとめていた。

 本多はもう一台救急車をよぶとともに、裁判所に連絡して現場検証の許可をとり、なじみの鑑識会社にそれを依頼をした。


   ×   ×   ×


 シュリは安喰組の地上車のなかで待っていた。本多が廃ビルから出てきたのがみえてシュリは後部座席のドアを開けて車外に出た。

 本多の表情にすでに()()が書かれていた。

「……本多さん」

「お、おう……」

 本多は次の言葉が言い出せず、申し訳なさそうな、つらそうな顔をしていた。

 シュリはそんな本多の顔をみているとなんだか妙に可笑しくなってきた。

「フフフ」

 本多はシュリの笑みに動揺した。

「な、なんだ? なんか変か?」

「ンフ……いえ、ごめんなさい。だって、本多さん、顔に出すぎですよ。訊かなくてもわかっちゃいます、それじゃあ」

「え……ああ……すまん」

「なんで本多さんがあやまるんですか」

「いや……」

「駄目……だったんですね、私」

「……」本多はぐっと奥歯を噛みしめた。

「やっぱり死ん──」とシュリがいいかける。

「傷ひとつ!」

 本多がシュリの言葉をさえぎった。不吉な言葉をかき消すためなのか、必要以上に声が大きかった。

「え?」シュリはびっくりして目を大きく見開いた。

「傷ひとつ、ついていない」と本多。

 シュリはきょとんとした顔をした。

「俺には依頼主にちゃんと捜査報告をしなければならない義務がある。でも、もし君がききたくないというなら──」

「大丈夫です」シュリはまっすぐ本多をみた。

「……」

「きかせてください、本多さん」

 シュリの覚悟をみた気がした。いや、覚悟が必要なのはむしろ本多のほうだったかもしれない。

「……そうか。では」本多はひとつ咳払いをした。「君の体が発見された。遺体保管用の冷凍庫のなかで」

「遺体保管用……」

「ああ。まだ取調べや解剖をしてないからはっきりとはいえないが、君は薬で眠らされたあとすぐにこの廃ビルにつれてこられたようだ。そして眠ったままの状態で冷凍庫に入れられたらしい。死因はおそらく凍死」

「……」

「つまり──君の遺体には傷ひとつ、ついていない」

「そう、ですか……よかった」

 シュリは微笑をうかべながら言った。

「私もなんとなく、わかってました。たぶんそうなんだろうなって。だってどうかんがえても変ですもん。こんなに長時間、情報思念体が肉体を離れてるなんて──覚悟は、してました。だからいま不思議と落ち着いてます。ショックはショックですけどね」

「……すまない」

「もう、なんであやまるんですか! やめてください。本多さんにはむしろ感謝してます。だからあやまらないでください」

「ああ、わかった……すまん」

「だーかーらー」シュリはおもわず吹き出してしまった。「フフ、アハハハハ……はあ、もういいです」

「……」

 シュリの笑顔を本多は哀しそうにみていた。

「本多さん」シュリは本多をまっすぐみつめる。

「ん? なんだ?」

「ほんとに、ありがとうございました」

 シュリはそう言うと深々と頭をさげた。

「お、おい。頭をあげてく──」

 といいかけたところでシュリは急に顔をあげて、

「あ、そうだ。本多さん」

 といった。

「な、なんだ」

「このあと私の体ってどうなるんですか」

「え」

「救急車をよぶんですか」

「え……ああ、そういうことか。いや、まず鑑識がきて現場検証をする。そのあと司法解剖にまわされるとおもうが」

「司法解剖……」

「ああ。それに君のお父さんにも連絡しなくちゃならないな。連絡先を教えてくれないか」

「父の連絡先ですか……ごめんなさい。実は私、父の連絡先を知らなくて」

「え、そうなのか」

「ええ。だから秘書の方でもいいですか」

「秘書。ああ、構わないが……あの〝筒井〟っていう秘書か」

「はい、そうです」


   ×   ×   ×


 鑑識が到着し現場検証がはじまった。

 本多はすこし離れた場所で真城コウタロウ氏の秘書、筒井に連絡した。

 コール一回で筒井との通話がつながった。

「はい、マシロ・コーポレーション筒井です。どちら様でしょうか」

「もしもし。私、探偵の本多と申します。真城シュリ様の件でお電話いたしました。シュリ様のお父様の連絡先がわからなかったため、失礼ですがこちらに連絡させていただいてます」

「はあ、そうですか。それでシュリ様の件とは?」

「お父様へ直接お伝えしなければならないことなので。よろしければ真城コウタロウ様の連絡先を──」

「それは出来兼ねます」

「え?」

「外部の方に真城の個人情報をお教えすることはできません。真城への伝言は私が承ります。ご用件をどうぞ」

「いや、しかし、シュリ様個人に関わるのことなので、こちらとしてもご親族以外の方に──」

「真城への伝言は私が承ります。ご用件をどうぞ」

 有無を言わさぬ物言いだった。

「……そうですか。では伝言をお願いします。真城シュリ様と思われるご遺体が発見されました。お父様には身元確認をお願いします。ご遺体は司法解剖が必要と思われます。搬送先の病院はのちほど──」

「承知いたしました。真城への伝言を確かに承りました。ご連絡ありがとうございます」

 これ以上の対話を拒否するかのように一方的に通話を切られた。

 本多は不快だった。

 なんて事務的な対応だろうか。他人の子とはいえ冷たすぎやしないか。それにシュリと筒井とは顔見知りだったということだった。それがこの態度か。本多は憤った。シュリの死を軽んじられたような気がして腹が立った。

 と同時に、シュリを不憫におもった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ