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16 進展の兆し

 シュリは端末を本多に差し出しながら言った。

「これは、私がアンドロイドの体になって目覚めたときからつかっている予備の端末です。データもそのときにクラウド上のバックアップと同期させてあります」

「予備?」

「はい。元の端末は私の本体が持っているはずですから」

 本多はしばらくぽかんとすると、突然はっとして、「そうか!」と叫んだ。「そうだよな。なんで気づかなかったんだ。なら、元の端末の位置情報を調べりゃいいじゃないか。そうすれば君の居場所が──」

「あ、ごめんなさい」

「え?」

「それ、もう調べてます。私も混乱してて、言うの忘れてました」

「……ああ、そうなのか。まあそうだよな。それでどうだったんだ?」

「ダメでした。位置情報は取得できませんでした。端末の電源が切れてるか、電波の届かない場所にいるみたいで」

「そうか……」

 本多は残念そうにシュリの端末を見つめた。

「悪いが通話やメールの履歴を調べさせてもらってもいいか。なにか手がかりがあるかもしれない」

「はい、お願いします」

 ──しかし本多の一時間半の作業は徒労に終わることになった。

 シュリの端末からは『喫茶わかば』や『コンダル』につながる履歴はみつからなかった。なりすましやフィッシングの可能性も考慮して通信先もすべて洗ったが、どれもしっかり保証された身元ばかりだった。

(〝無駄な骨折り〟はこの仕事によくあることだが……しかしこうなると手がかりがもうないな)

 本多は座っていた椅子の背もたれによりかかって、天井を見つめた。

「連絡リストに載っているのは、だいたい学校の友達かい」本多はシュリに訊ねた。

「友達というより院の研究仲間です。私、友達いないんです」

「ふうん……」若干気まずい空気が流れた。本多はあることをふと思い出した。「そうだ。そういえばこの〝筒井〟という人、定期的に連絡をとってるみたいだが」

「筒井さんは父の会社の秘書さんです。たしか筆頭秘書とかいってました。筒井さんは父が会社を起こしたときから一緒にいる人で、起業メンバーの一人なんです」

「古株なんだな。大企業の娘ともなると会社の秘書から定期連絡が来るのか。一、二ヶ月おきくらいに連絡が来ていたが」

「筒井さんには私と同い年の娘さんがいたんです。小さい頃は筒井さんの娘さんと遊ぶ機会もよくありました。そんなこともあってか、筒井さんは私のことを気にかけてくれて。たまに連絡をくれるんです」

「《《娘さんがいた》》と言ったが、もしかして」

「ええ。二年前に病気で亡くなりました。そのあと奥様とも離婚されたみたいで。筒井さんもお辛いでしょうに」

「そうか」

 ピピピピピピ──

 通知音が鳴った。本多の端末だ。送信者は花袋だった。

「はい」本多は通話をつなげた。

『ミッチー。生きてる?』

「は? どういう冗談だ。実際さっき殺されかけたんだが」

『あ、やっぱりそうなんだ。いやね、昨日ミッチーが帰ったあともなんだか気になってね、マシロ・コーポをマークしてたんだ。そしたら今日の昼頃あたりから妙な動きをみせててさ』

「妙な動き?」

『マシロのセキュリティー部門がそわそわし出してね。その後も夕方にマシロからの発注で警備会社がネオ東京の最上階に検問を敷いたり、マシロと専属契約してるテミス探偵事務所が三百人体勢で動き出したりしてる。誰かを捕まえようとしてるようだ』

「真城シュリ、か」

『そうみたいだね。失踪した真城のご令嬢を追っているようだ。ここで疑問がひとつあるんだけど、ミッチー』

「なんだ」

『ミッチーは他の誰よりも一日早く真城シュリ失踪の情報を手にしてたけど、どうして? それに一緒にいたあのオジサン──木村さん、だっけ? あの人は本当にマシロの社員なのか』

「守秘義務だ──いや本当のところ、かなりややこしい事件でな。説明が難しいんだ。すまんがひと段落ついたらちゃんと説明する」

『ややこしいって、また例のやつかい?』

「ああ、()のやつだ」

『それからもうひとつ気になることがある。マシロ・コーポのデータベースをすこし覗いて(ハッキングして)みたんだ。まあ、大手企業のデータベースなんだから堅牢なのは当たり前なんだけど、そのなかでも一部のデータにとんでもなく頑丈な防壁が張られていた。僕でも突破するのに一週間はかかりそうなくらい頑丈な防壁だよ』

「それはどういう意味なんだ」

『つまりマシロにはどうしてもバレたくない秘密があるってこと。天才ハカーの僕の勘がいってるんだけど、とんでもなく危険なものが隠されてるような気がする。気をつけてよ、ミッチー』

「ああ、ありがとな。じゃあ、また──あッ、ちょ、ちょっと待った。そういやお前に訊きたいことがあったんだ」

『なに?』

「真城シュリが自分から『喫茶わかば』に行った理由がわからない。このふたつには接点がないし、シュリの端末の履歴を調べたがなにも出てこなかった。天才ハカーはどう思う」

『んー、そうだな。まず履歴を調べたって言ったけど端末はもちろん回線にも痕跡を残さずにメールを送る方法ならあるよ』

「え、そうなのか」

『うん。タイムボムメール──時限爆弾メールって呼ばれてる。時限付きの消去プログラムが内蔵されててね、送信元や受信先の端末、接続されている機器、ルーター、回線のすべてから痕跡を消せる。ちゃんと調べなければ何も存在してないように見えるだろうね』

「その言い方だと、お前なら時限爆弾メールがあったかどうかがわかるんだな」

『ミッチー、だれに言ってるの。僕は天才ハカーだよ』

「よし! いますぐ特急便で端末をお前のとこに送る。調べてくれ」

『送らなくていいよ。IPアドレスさえわかれば大丈夫だから』

「IPアドレス? てなんだ?」

『うん、そう来ると思ってた。これから説明する通りに端末を操作して。まず──』

 その後五分ほど悪戦苦闘して、本多は端末のIPアドレスをなんとか花袋に伝えることができた。

 花袋は、二時間後に連絡する、と言い残して通話を切った。


 なにやら部屋の外が騒がしい。

 さっきから廊下をドタドタと行ったり来たりする足音や、内容まではわからないが怒鳴り声が頻繁にきこえる。ヤクザの事務所なのだからこれが通常なのかもしれないが、それにしても騒々しい。

 本多とシュリがいる部屋のドアがノックされた。ドアが開くと安喰が部屋に入ってきた。

「さっきからうるさくてすまんな。実はちょっと厄介事があってな。もしかしたらミッチャンにも関係あることかもしれん」

「どういうことだ?」

「ミッチャンが調べてた店あるやろ」

「『喫茶わかば』か」

「せや。そこをシノギにしてたコンダルの連中が次々に殺されとるんや。今日だけで少なくとも十一人殺されとる」

「なぜ?」

「わからん。ワシらも新宿の商工会や自治会から『お前らがヤっとるんちゃうか』て疑われててな。クレーム対応に追われて困っとるんや」

「お前らじゃ、ないんだよな」

「えええ」安喰は泣きそうな顔をした。「ミッチャンまでひどいわー」

「いや、すまん……それで実際コンダルは他の組織と抗争してたりするのか」

「それはどうやろな。まあ、ウチらは裏社会の組織やから、当然シノギを削る相手もおるし、喧嘩になることもある」

「それもそうだな。コンダルの組織の規模は?」

「そない大きくないで。三十人弱くらいやないかな」

「もう半分近く殺害されてることになるな。トップのキム・ソンギュンはまだ生きてるのか」

「死体のなかにはおらんかったな。どっかに潜伏しとるんやろ。強欲でイケ好かん男やで。そんでな、この件でひとつ気になる点があるやけど──」安喰は、まるでこれから怖い話でもはじめるかのように、声のトーンを一段下げた。

「殺しの手口なんやけどな……銃や刃物をつかった形跡がないらしいねん」

「どういうことだ?」本多か訊いた。

「それがな、どうやらステゴロでっとるみたいなんや」

「すてごろ? てなんですか」シュリが訊いた。

「素手で喧嘩することやね」安喰が教える。「そういえばミッチャンを襲ったってゆう殺し屋も、素手やったんよな」

「ああ」と本多。「偶然とは思えないな」

 ピピピピピピ──

 通知音が鳴った。安喰の端末だ。送信者は──

「非通知や」

 安喰は通話ボタンを押した。安喰は本多に向かって「コンダルのキム・ソンギュンや」と言うと端末をテーブルの上に置いてスピーカーモードにした。

「おう、キム。お前にワシの連絡先教えたおぼえないんやけどな。なんで知ってんねん、お前」

『すいません。情報を買いました』

「ワシの連絡先が売られてんのか。ワシも有名人になったもんやのう」

『……安喰さん……助けてください』

「は? 急になんや、お前。ウチの組に挨拶も寄越さんといきなり『助けて』ってどういう料簡じゃ。舐めとんのか?」

『すいません……でも、どうしようもなくて。このままじゃ俺ら皆殺しにされます』

「そうみたいやな。でもそれがウチになんの関係があんねん? むしろ生意気なガキどもが新宿からいなくなって好都合や」

『……すみません……』

「……で、誰に喧嘩売ったんや。構成員皆殺しにされるほどの相手──心当たりあるんか」

『……はい……』

 本多は安喰に代るように合図を送った。

「おい島田、お前と話したいって人がおるから、代わるで」

『は? ま、待て! 話したいって誰──』

「真城シュリを知ってるな」と本多。

『だ、誰だよ、テメエ!』

「俺は探偵の本多という者だ。ある人の依頼で真城シュリを探している」

『本多って……わかばの俺の仲間をパクった野郎じゃねえかッ! テメエも関係してんだろ、この殺しに!』

「はあ? なんで俺が? 俺は探偵だ。殺し屋じゃない」

『ッるせえ! テメエがあらわれてから全部おかしくなったんだよ!』

「それは自業自得だろ。それに質問してるのはこっちだ。お前らが真城シュリの行方不明事件に関わっていることはわかっている。彼女は今どこだ」

『……』

「今回の殺しはその報復か? それならいまお前にとって一番安全な場所は留置所だ。俺ならお前をそこに入れてやれる。自首しろ。殺されたくなければ。もう一度訊く。真城シュリはどこにいる」

『……マップデータ送る。そこでおちあおう。真城シュリはそこにいる』

 通話が切れた。

 安喰がひとり合点がいかない顔をしている。

「ミッチャン。さっき『真城シュリを探してる』って言っとったけど、この子が──」安喰はシュリを見た。「その真城シュリちゃん、ちゃうの?」

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