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15 安喰組事務所にて

「ミッチャンがワシを頼ってくれるなんて、嬉しいのぉ」

 安喰組組長は上機嫌だ。

「……助かったよ、安喰」

 よほど安喰に借りをつくりたくなかったのか、本多の顔に苦々しい色が滲み出ていた。

「ええねんええねん」と安喰は無邪気にこたえた。本多の苦虫を噛み潰したような顔が見えていないようだ。

 ここは新宿にいくつかある安喰組の事務所のうちのひとつだ。殺し屋による襲撃からバイクで逃走し、いまは安喰に匿われている。

「ミッチャン、怪我しとるやないか。まずは手当や」安喰は「おい」と子分を呼びつけると、「伊達のおっちゃん連れてこい」と指示した。

「これくらい大丈夫だ。骨もイってないし」と言いながらも本多の体のいたるところに裂傷や打撲痕がみられた。

「駄目やで。ちゃんと診てもらわな」

「……すまないな」


   ×   ×   ×


『伊達のおっちゃん』とは白髪頭の無口な老人で、新宿のヤクザなどを専門に医療行為を施している闇医者だ。本多も昔から知っており、無免許だが腕は確かだった。

「伊達さん、わざわざすみません。大したことないのに安喰が大袈裟で」と本多。

「骨に異状はないみたいだ」伊達はひと言そういうとその後は無言で、医療テープを淡々と貼っていった。

「でもミッチャンにこんだけの怪我を負わすって、一体どんな奴やったんや」

「完全義体のサイボーグだった。プロの殺し屋のようだ。俺の事務所で大暴れして壁に穴まで空けやがった」本多は大きな溜め息をついたあと、「大家が見たらなんていうやら……」と愚痴った。

 それきいた安喰は呆れて言った。

「完全義体ゆうたらほとんどロボットみたいなもんやん。そんなん相手によう無事やったのお。相変わらず滅茶苦茶やな、ミッチャンは」

 本多の治療を待っている間、安喰は部屋のはしっこで所在なさげに座っているシュリにはなしかけた。

「お嬢ちゃん、よろしゅう。安喰や」

 シュリは慌てて立ち上がると「真城シュリです。助けて下さりありがとうございます」と頭を下げた。

「まあまあ、座りて」

 そう言われてシュリは腰かけた。その横に安喰も座った。

「シュリちゃんか。ええ名前や。しかし災難やったのう。堅気の女の子が巻き込まれて。殺し屋なんて怖かったやろ?」

「はい。でも本多さんがいてくれたんで」

「そうやな。ミッチャンがおったら、そら安心や。ミッチャン、喧嘩強かったやろ」

「はい、とても」

「せやろ。ワシもミッチャンにたすけられてばっかしや」

「そうなんですか……」ヤクザをたすける探偵とはどういうものなのか、シュリにはいまいち想像ができなかった。「あの、本多さんとはどこで知り合ったんですか」

「ミッチャンとは戦場でやね」

「戦場……第四次世界大戦ですか」

「せやね。ワシは義勇軍に志願してロシアの方に行ったんやけど、ミッチャンとはそこで知り合ったんや。ミッチャンはPMCの社員やったんやけどな」

「PMC?」

「民間軍事会社(Private Military Campany)のことや。知っとるか」

「ああ、はい」

「ワシらの部隊は義勇軍っつても所詮ゴロツキの寄せ集めでしかなくてな。あるとき戦闘の混乱のなか本隊からはぐれてしまって、気がついたときには敵陣地のド真ん中におった。敵に囲まれて二進にっち三進さっちもいかん状況で集中砲火を喰らって、同僚たちがまわりでどんどん死んでいってな。ワシの左目もそんときやられたんや」と安喰は眼帯をした左目を指差した。

「もうアカンなあ、思おてたときや。パンパカパーン!」安喰はおおげさに両腕をひろげた。「救世主登場! ってな感じでPMCの部隊が救出にきてくれたんや。そんなかにミッチャンもおってな」安喰は治療を受けている本多を顎で指した。「ミッチャンは怪我してるワシを背負いながら追っかけてくる敵を弾き返して──こういうの『後退行動』ゆうて難しいんやで──脱出への突破口を切り開いてくれた。ミッチャンは命の恩人や」

「……」シュリははじめてきく戦場体験者の話に圧倒されていた。

「で、ワシみたいな大怪我した兵隊は負傷除隊になる。簡単にいえばクビやな。たしかに戦場で怪我した兵隊は足手まといでしかないからな、仕方なしや。でもな……」

 安喰の顔がすこし曇った。

「そのあとワシは現地の野戦病院で日本に帰る日を待ってた。そしたらミッチャンがな、運ばれてきたんや、その病院に」

「え……」シュリは話の展開に不安になった。

「重傷やった。ワシなんかよりよっぽど酷い怪我やった。両目と右腕を失くしてたからな」

 シュリは本多の義手に目をやった。

「しばらくしてからミッチャンの病室に助けてもらった礼を言いに行った。ワシのことなんか覚えておらんかったけどな。まあそれはええねん。そんでそんとき、ミッチャンはワシにこう訊くねん。『気をつかって誰も教えてくれないから正直に言ってほしい。右腕の感覚がないんだ。俺の右腕は()()あるのか』ってな。ミッチャン、両目も包帯でぐるぐる巻きだったし、左腕もギプスで固定されてたからな」

「それで、どうしたんですか」

「嘘言おうか迷ったんやけど、結局、正直に教えてやったわ。『残念やけど右腕はもうないで』てな」

「本多さんは……」

「『そうか』ってひと言だけ。さすがにガックシきたみたいやったけどな」

「はあ……」十六歳のシュリには重い現実だった。「それで義手に……たしか両目も義眼なんですよね、本多さん。安喰さんも──あ、いや、すみません。なんでもないです」

「ワシの左目か? なんで義眼にせえへんのかって? たしかにな、機械の目ェ入れたら不便ではないやろな。でも、()()()()()()()()()()()()()()

「なかったこと……戦争の傷痕を、ですか」

「せや……なんつってな! すこしカッコつけすぎたわ。ワハハハハ!」

 安喰は大笑いして照れ臭さを誤魔化した。

「おい、ずいぶん楽しそうだな。なに話してたんだ」

 治療を終えた本多が二人の前に立っていた。

「あ、本多さん」シュリはつづけた。「いま、安喰さんと本多さんの()()()()を伺ってました」シュリが悪戯少女みたいな含み笑いを浮かべていった。

「な、馴れ初め!」本多は驚きと不快感をあらわにした。「馴れ初めってなんだ? 安喰お前、なにいいやがった」

「ええ! ちゃうちゃう、ワシゃそんなこと言っとらんて。シュリちゃんも人が悪いわぁ」

「へへ、ごめんなさい」シュリはペロッと下を出した。「お二人が出会った経緯いきさつをうかがってたんです。本多さんと安喰さんは、えっと、戦争のときからだから、十年来の友達なんですね」

 それを受けて本多はぶっきらぼうにこたえた。

「友達? そんなんじゃない。ただの腐れ縁だ」

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