11 捜査、取り調べ
のちの取り調べでわかったことだが、『喫茶わかば』の連中はやはり全員新興ギャング『コンダル』の構成員だった。そして本多の見立て通り、奥の部屋でソファーにふんぞりかえっていた二人が組織の幹部だった。
本多が連絡すると留置所の職員がすぐにやってきて拘束したコンダルの構成員たちを速やかに連行していった。
構成員らが連行されたあと、本多と星野少年は手分けして『わかば』の中を調べた。
やはり監視カメラなどの記録機器は一切なかった。幹部らを拘束した部屋にあったPCも調べたが──ロックは花袋に遠隔で解除してもらった──シュリに繋がるような手がかりは見つけられなかった。
ここで得られるものはないかもしれんな、と本多は半ば諦めかけていたが、それでも捜査をつづけた。
他の部屋を調べると、物が雑多に置かれ段ボールが山積みにされている一室があった。物置に使われているようだ。本多はなんの期待もなく室内を調べていたが、ふと見ると山積みの段ボールの裏に何かある。段ボールをどかすと変哲のない一枚のドアが出てきた。裏口か。店の見取り図には店舗玄関以外の出入口はなかったはずだ。
鍵はかかっていない。本多がドアを開けると裏道に繋がっていた。道の両側はダクトや配管が剥き出しになったビルの背面に挟まれていた。車が入れるほどの幅広の通りだが道を行く者は一人もおらず閑散としている。
本多はすぐさま端末をコールした。
『ハイハイ、ミッチー。こちら花袋』
「俺の位置情報はわかってるな。いま俺の目の前に道があるんだがマップに載ってるか」
『え? いいや、道なんて無いよ』
「そうか」本多は残念そうに言った。
日々増殖しつづける暗黒街だ、地図データの更新が追いついてないのだろう。または地下街に住まう魑魅魍魎らが自由に蠢くため意図的に隠された通路なのかもしれない。
「わかった。また連絡する」本多は通話を切った。
別の部屋を捜索していた星野少年を呼んだ。
「この道知ってるか」
「いや、はじめて見る道です。こんなところにこんな広い道があったんですね」
「この道がどこにつづいてるのか、探ってほしい」
「了解です」
「闇商売に使われている裏ルートかもしれない。くれぐれも気をつけるんだぞ」
「はい」
星野少年は人懐っこい笑顔を残して、無人の裏道へ消えていった。
店舗スペースに戻るとシュリが一人でぽつんと待っていた。
「残念だけどあまり収穫はなかった。君に関する手がかりはなかったよ」
「そう、ですか……星野君は?」
「あいつには別の捜査を頼んだ。俺もさっきのギャングたちの取り調べをするためにこれから留置所に向かう。なにかわかったら連絡するから君はもう今日は帰りなさい。駅まで送るよ」
「そうですね、今日はさすがに刺激が強すぎたみたいです。ちょっと疲れました。それに充電もしないといけないし」そこでシュリはふっと笑顔を見せた。「今日は帰ります。本多さん、あとはよろしくお願いします」
「ああ」
本多は新宿最上層のターミナル駅でシュリと別れた。
株式会社クロサキ警備新宿支店留置所──シュリを見送ったあと、本多は新宿第0層にある留置所を訪れた。
〝国家〟という存在が消滅して以来──厳密にいえば小規模な政府はいまだにあるが、それも残り滓のようなものだ──、留置所や刑務所、裁判所すらも営利企業が運営している。それでも治安レベルは〝国家〟のときとほとんど変わらず、世界はそれなりに回っているのだから、国家や政府の存在意義とはなんだったのだろうかと思わざるを得ない。
本多は、さっき捕まえた十人のなかからまず、『喫茶わかば』のバックヤードでソファーにふんぞり返っていた幹部らしき男のうちの一人「幹部A」を取調室に呼んだ。
取調室には、本多と幹部A以外にも、ルールとして法律家が同席が義務になっていた。
幹部Aはふてぶてしい態度で本多の対面に座った。本多が切り出す。
「さっそくはじめる。さっきも『わかば』で訊いたが、この女性を探している。お前、この人を知ってるな? そうだろ」
幹部Aは『わかば』でシュリのホログラム画像を見せたときに、わずかだが反応を示した。なにか知っているはずだ。
「はあ? なにも知らねえよ。ま、知っててもおめえに言う気はねえよ」
幹部Aはあからさまな敵意を本多に向けてきた。
「おいおい、やけに反抗的だな。ここの取り調べでの態度も裁判材料になるんだぞ。ねえ、先生?」
本多は同席している法律家に同意を求めた。法律家は「はい」と頷く。
「それにな、お前の罪状は今わかってるだけでも違法賭博と違法薬物売買。これで……どのくらいになります、先生?」
「軽くても懲役七年。前科があるようなので執行猶予はつかないね」法律家は不愛想に答えた。
「それ以外も叩けばいろいろ出てきそうだな、お前。大丈夫か?」
「執行猶予なし」の言葉を聞いて幹部Aの態度は急変した。
「ま、待て。俺はただの雇われ店長だ。命令されたままやってただけだ」
「あれあれ、どうしたんだよ? 急にぺらぺら喋るじゃないか。さっきまでの勢いはどうした」
幹部Aは動揺を隠そうともしない。
「け、刑務所は……勘弁してもらいたい。二度と行きたくねえんだ」
新興ギャングは、ヤクザと違って仲間に対する〝家族愛〟のような絆を持ち合わせていない。ちょっと揺さぶればすぐに崩れるような脆弱な関係性なことが多い。その分、尋問もやりやすいというものだ。
「刑務所でよっぽど嫌なことがあったらしいな。まあいい。俺の捜査に協力するなら裁判官の印象もよくなって量刑も軽くなると思うぞ。ねえ、先生」
「二年は」
幹部Aは完全にこちらに傾いている。それでも躊躇っているのは〝恐怖〟だ。組織からの〝報復〟を恐れているのだろう。
「俺たちには守秘義務ってもんがあってな、情報提供者は完璧に保護される。お前が情報元だってこと絶対にわからないようになってるんだ。だから安心していい」
「……本当か」
幹部Aの供述によると──
その日、コンダルのリーダー、キム・ソンギュンから『わかば』に連絡があった。内容は、「今日は特別な客がその店に来るから丁重にお出迎えしろ。他の客は入れるな」というものだった。
数時間後、キム・ソンギュン自ら店にやってきて、その〝特別な客〟を待ったという。幹部Aはキムに「どういう客なのか」と何度か問い質したが有耶無耶な答えしか返ってこなかったという。
そのうち一人の少女が店にやってきた。それがシュリだった。
少女は緊張していたが、この店で人と待ち合わせをしている、と言った。しかし待ち人はあらわれず、数分後にはクロロホルムで眠らされ、裏口に停まっていた車に乗せられて、キムとともにどこかへ消えたらしい。
幹部Aはキムの行き先を知らなかった。そして、それ以来キムは行方を晦ましているそうで、今日時点まで連絡が取れない状況になっていたらしい。
その後、幹部Bにも尋問をしたが、幹部Aと同じく〝実刑〟の話をしたらぺらぺらと喋ってくれた。内容は同じだった。おそらく嘘はないだろう。
以上のことから推察するに、コンダルは「たまたま店に来た金持ちを狙った」わけではなく、明確にシュリを標的とした誘拐を計画していたことになる。
それでもいくつかの疑問が浮かんだ。
犯行現場に『喫茶わかば』を設定したのはわかる。あそこなら外に犯行がバレることはない。人を攫うには最適な場所だ。
では、どうやってシュリを『喫茶わかば』まで来させたのか。シュリは「待ち合わせをしている」と言ったそうだ。誰と? そして誰がシュリにその連絡をした?
まだある。コンダルがシュリを誘拐した理由だ。花袋に真城コウタロウ周辺を傍受してもらっているが、いまのところ平常運転で、誰もシュリが誘拐されたことを知らず、平穏な日々がつづいているということだ。身代金の要求などの動きはまだない。だとしたらコンダルがわざわざ手間をかけてシュリを誘拐した理由がわからない。
別の推察として──そしてこちらの方が確率が高そうだが──、コンダルは誘拐を依頼されただけの下請けなのかもしれない。その場合、真犯人が別にいるわけだが……。
なんにしても、〝真城シュリは誘拐された〟という事実が確定してしまったのだ。そのことに本多の心は沈んだ。
およそ五日間、シュリの状態は不明だ。そして、彼女の霊体が肉体を離脱してアンドロイドの機体に憑依している状況を踏まえると、シュリの本体は少なくとも〝仮死状態〟に陥っていると思われる。最悪の場合──
本多はシュリにどう伝えるべきかを考えると、気持ちがさらに沈んでいった。