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【第二章:偉大なる探求者⑤】

 今でもはっきりと覚えている。


 それは、文化祭の帰り道。僕たち二人だけの、夕映えが遷る帰路の間。


「お疲れ様、だね」


 肩の荷が下りた様子の彼女は、そう言って微笑んだ。


「成功して、よかった」


「ああ、本当に」


 僕は珍しいことに、少し涙ぐんでいた。それだけに、この文化祭に馳せる思いがあったのかもしれないし、そうではなくて、君という人間が解き放たれたこと、そのものに喜んでいたのかもしれない。


「こうやって帰るのは、何回目だろう」


「でも、から がそんな顔をしているのははじめてだ」


「そうかな」


「君はやっぱり、リーダー気質なんだね」


「うーん」


「冗談」


 日が落ちる。どんどん落ちていく。それは、誰かが走るよりも何倍も速く。


 この世界の何よりも速く、僕たちの時間が過ぎていく。


 そしてついに、彼女の家の前に着く。


 彼女の家の前では、叔母が待っている。


 家族を失った彼女の家にいる、唯一の家族が。


 そのとき、僕は涙を流した。


 彼女は家族がいないんだ。そんな不幸なこと、あってもいいのだろうか。


 だめだ、彼女は幸せでいなくてはいけない。こんなにも優れていて、こんなにも不遇な彼女はどうして幸せになれないんだ。


「どうした? そんなに別れが惜しい?」


 彼女は僕の顔を覗き込む。


 遠くで叔母が笑っている。僕のことだろう、微笑ましいんだろう。


 日が落ちる。


「でも、今日はここでお別れだね。また来週、きっと会える」


 彼女は笑って、手を振った。


 そして。


 どうしてなんだろう。

 

 僕にはそれがずっと分からなくて、分からなくて、分からなくて、分からなくて、分からなくて。

 

 どうしてそのとき、彼女が一振りの刃物を持っていたのか。

 

 どうしてそのとき、それを目の前に人目掛けて振りかざしたのか。

 

 どうしてそのとき、その刃渡り二十センチメートルが胴体を深く引き裂いたのか。

 

 どうしてそのとき、彼女のようなか弱い少女の力で、人の体が引き裂かれたのか。

 

 どうしてそのとき、彼女は殺人に目覚めたのか。


 どうしてそのとき、彼女は幸せを感じていたのか。


 刃は一度ではなくて、三度、振り下ろされた。彼女は刃に振り回されていたわけではなくて、刃を振り回していたんだ。


 痛い、痛い。


 声が聞こえてくるけど、悲鳴は聞こえてこなかった。二度目で上手に、喉を斬ったから。


 僕は何もしなかった。目の前で、人が死んだだけだ。


 瑛摩から が、人を殺しただけ。


 分からない、何も。


 黒いブレザー。もう秋になって寒くなってきたから、黒いブレザーを着ていた瑛摩から。


 その黒の上に、それはもう綺麗すぎる赤色が沁み込んでいて。


 彼女の、あの日の買い物で僕たちが見つけた、とても手には届かなさそうな真珠の飾り物のような白い白い肌を前にしても、その赤色は綺麗で、どんどん上塗りされてしまう。


 三度目はもう一度、首に降ろされた。



 顔なんて邪魔なんだ、人にとって。


 首から上なんて、いらない。




 まるで、時間が遡るような感覚。あれだけ早かった日の落下も、まだ完全には終わっていなかった。


 それから、昏くても赤い玄関に立って、彼女は振り向く。


 その表情を、僕は語れない。


「また来週」


 その言葉がかろうじて、僕の脳に届いた。


 でも、不思議なことにね。


 僕はそれを通報しようとなんて思わなかったんだ。


 だってあの日、僕たちは恋に落ちたのだから。


 あの日、死に隣り合わせていた彼女に、口づけをしたから。


 僕はいつもと同じように、家に帰った。


 僕の心は変わらない。


 彼女は幸せになるべきだ。


 それが、二人の契約に課せられた僕の贖罪。


 君と一緒に生きてみせようと、あの日は確かに誓ったんだよ。



 瑛摩から。








 それは私も同じだよ。


 君は恋人だったのだから。


 やっぱり私たちは、共犯者だったのかもしれない。


 でも、私に恋を教えてくれたのは、他でもない君なんだよ。


 罪な男だ、全く。

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