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【第二章:偉大なる探求者②】

 僕が想像していた以上に、買い物とは楽しいことだった。


 いや、もしや楽しかったのは買い物ではなくて。


「今日も楽しかった」


「うん」


 彼女は自販機から、缶コーヒーを取り出す。もう帰り時、夜だというのに。


「ブラック、目覚めない?」


「覚めてもいいんだ。私はずっと目を開けていたい」


「不思議だ」


「お互い様だよ」


 その言葉は、これまた僕にとって分からないものだった。お互い様、と言った。僕は彼女ほど特別な何かがあるわけではないのに。


「あるじゃないか。十分」


「何?」


「私を楽しませること。こんなこと、なかなかできない」


「そうかな」


 そうかな、と言ったものの、そうかもしれない。


 そうであってほしい。僕が瑛摩から の支えであってほしい。


「じゃあ、今日はここで」


「うん。また今度」


 夜の住宅街、踏切の麓で僕たちは分かれた。


 線路に沿って夜を歩く。今日という一日がどれだけ楽しかったかを噛み締めながら、自宅へ帰る。


 ああ、でも明日からは学校だ。また、僕たちの日常は戻ってしまう。瑛摩から も、大人な瑛摩から に還っていってしまう。


 どちらがいいんだろう。僕はどちらの彼女を支えていくべきなのか。


 それがまだ分からない。でも、本物の瑛摩から は、子供の瑛摩から、だ。


 本物の彼女を応援する僕でいたい。


 僕の横を、電車が通過していく。少し丘になった線路の上を、一本の光が訪ねていく。


 視界の端にその流れが、金属の摩擦ともっと魔的な何かを聞きながら、どっと流れていく。


 僕は振り向いた。それはその魔的な何かのせいであったかもしれないし、これこそが僕の中に湧き上がった不思議な感情のせいだったのかもしれない。


 僕は走った。電車と同じ方向にに走った。きっと、電車と同じ速さで走った。


 踏切には、彼女の姿があった。


 精一杯名前を叫んだ。でも、彼女は応えない。


 空に一つの星。


 それを見つめて、彼女は待っている。


 僕か、それとも電車を。


 摩擦の音が大きくなる。でも、ブレーキは効かないのだろうと分かっていた。そういう顔をしていた、瑛摩から、彼女が。


 一際の声で叫んだ。でも、彼女を呼び止めるためじゃない。僕が精一杯の力で、彼女を救うためだ。

 僕は彼女の袖を引き、真後ろに投げ飛ばした。


 彼女は一枚の布のようで、ひらひらと舞うようにして飛んだ。僕はずっしりとした岩のようで、電車のスレスレに立ち尽くした。


「あ」


 彼女は一言だけ言った。


「瑛摩から」


 僕は名前を呼んだ。


「私は、間違えたんだろうか」


 彼女は尋ねた。


「うん」


 僕は答えて、そして続けた。


「でも、あなたが間違えられる人間で、よかった」


 列車は今、ようやく止まった。


 ああ、これはいつ報道されるだろう。


 僕たちは裁かれてしまうんだろうか。


 誰かによって、全く知らない誰かによって。


 他人によって、瑛摩から のことなどひとつも知らない、ただの他人によって。


 それはだめだ。



 住宅街は、信じられないほど静かで。


 点々を明るくて、電車の窓から光が差して。


 瑛摩からは、ただ一つの棒のようになって。


 僕は、その目の前に立つ。


 虚ろに僕ら世界を見つめる彼女を前にして、僕は目を閉ざす。


 口づけなど、一度もしたことがなかったのに。


 それが僕たちのあるべき形なら、それでもいいと、そう思えたのだ。


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