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【第一章:ノブレス・オブリージュ②】

 階段は狭いので、一列になって上がっていく。彼女が先で、僕が後。細くて白い脚部が前進と後退を繰り返しながら、弱弱しく段を踏み上げていく。


「課題はやってきた?」


「教室ついてから終わらせる。小テストも勉強の時間とってくれるでしょ」


「そうだね」


 彼女は何かを期待して尋ねたのだろうか。そして僕の返答は、それに応えられているのだろうか。その真偽も仔細も伺わせてくれないのが、彼女の性質だ。


 教室は学生証が鍵になっている。先に入った彼女のあとに続いて入室した。


 授業開始まであと二分の教室でも、人は点々としかいなかった。この授業は遅刻しても出欠確認までにいれば減点にはならないから、そこまで従順に時間を守る人も少ないんだろう。


 僕は自然と彼女の隣に座った。


「前回の課題、分からないところが一か所だけあったんだけど」


「どこ?」


「今日やるとこ、三章の大問三、小問の…七かな」


 ページをめくりながら、該当の問題を探す。


「仮定法は苦手だから。どうすればいいんだ」


「これは文頭がShouldのやつ選べばいいんじゃないっけ、”万が一”っていうやつ」


「そうか。高校でやった気がする」


 彼女は細い指でシャープペンシルを摘まみ取ると、器用に構えて選択肢(a)に丸をつけた。


 それからすぐに視線が移って、別の問題の見直しに取り掛かったみたいだ。僕も自分の冊子に目を向けて、小テストに向けた小さな悪あがきを始めた。大問は三つ、小問は合計で二十個くらい。五分もあれば考えられると思う。


 大体半分くらいまで確認できたところで、始業のチャイムが鳴った。さっきと比べると、人数もぼちぼちといった感じだった。担当の先生がオフィスチェアから立ち上がり、出欠を取るための名簿を回し始めた。


 名簿が回ってくるまで、僕は悪あがきを続けた。今座ってるのが最後列だから、僕が名簿を書き終わる頃には小テストが始まると考えてもいいだろう。そんな余計な算段にまで頭を回す。


 とりあえず一周は見終わった。ただ、単語を本番でど忘れするなんてよくある話だから、もう一度目は通す。これをどうしてもっと早く出来ないのか、と思うことも多いけど、実際自分はそんなことをしない人間なんだから仕方ない。


「言い訳だね」


 そう言って彼女は、僕に名簿を回してきた。僕が最後の番だった。


 僕に回ってきた名簿に一番新しく書かれた名前。



 数学科 202733100 瑛摩 から



 彼女の字らしい、細くてなめらかな字体だった。


 僕はその真下に、自分の学科と名前を書いた。すぐ後ろで名簿の回収を待っている先生がいたので、直接手渡した。これで僕らの準備運動は終了だ。


 今度は名簿の代わりに、テストの用紙が回ってくる。フォーマットは基本同じ、英語で問題が書かれていて、簡単な単語テストと文法の穴埋め問題。さほど頭を使うようなものじゃないから、十分間のテスト時間で簡単に終わらせられる。


 テストは、用紙が回ってきた人から順に始めていく方式。僕と から は最後に用紙を受け取って、ようやく解き始めた。


 やっぱりそこまで難しくはない。Shouldは万が一。


 単語も直前に一気に詰め込めばそう難しくはない。昔から、一瞬で記憶してそれなりで忘れるのは得意なほうだった。


 対して彼女は、一定のペースでシャープペンシルを動かしている。まるでメトロノームのように、それそのものに芸術的な依拠性さえ認めさせてしまうような、完全に作られたような音色だった。


 彼女を理解するのは難しい。でも、感じるのは容易だった。それは、この小テストよりもずっとずっと簡単だ。


 彼女の筆の運びをバックグラウンドに見直しを終えると、しばらくしてテストは終了した。全員が一斉に筆を置くより先に、から は筆を置いていた。


 テスト用紙は前に流すようにして回収される。どうぞ、とぎこちない手渡しが伝播して、先頭で先生に集積される。


 先生が用紙の名前と学籍番号を確認して、用紙をまとめて、仕舞った。それから、一限の講義が始まる。


「それじゃ、寝るから」


「うん」


 この授業は寝てたら減点と聞いているけど、減点など生理現象の前には矮小なものだ。僕は生きているうえで授業を受けているのであって、授業を受けるために生きているわけじゃない。


「ためじゃなくても受けるんだよ」


「でも眠いから」


「寝ちゃだめとは言ってない」


「……」


 というわけで、僕はそれぞれの授業で眠りにつく。僕が目を覚ます頃には、とっくに終業しているだろう。

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