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【第一章:ノブレス・オブリージュ①】

「おはよう」


「おはよう」


 これもまた、人間に仕組まれた体裁である。


 大学生の朝は遅くて、何も考えずとも遅刻はしない。いや、それは人によるか......少なくとも僕は、幼稚園の頃から定刻に起きる習慣が身についていた。幼稚園の頃は六時五十五分、小学生の頃は六時、中学生も六時、高校生では六時半。今でもはっきり覚えている。


 とはいえ、一限がある日は別である。一応八時には起きるようにしている。これは大学まで徒歩数分の基準であって、一般的にはもっと早く起きなければいけないはずだ。


 そういうこともあってか、今日の彼女は寝不足気味だった。


「眠そうだね」


「眠いだけだから」


 細い目の中で、ゆったりと瞳孔がこちらを覗く。口元に感情はなくて、淡々と音声を発するだけの出力機として機能している。


「君は?」


「家が近いとゆっくり寝られて嬉しいね」


「いいことだ」


 半ば自慢とも受け取られそうだと、言ったあとで自覚した。だけど彼女は、聞いた以上の情報は認識しない。家が近いとゆっくり寝られる、そしてそれは嬉しいことである。そのことだけが、彼女には伝わっている。


 彼女の姿はまるで、幽霊のようだった。黒く透き通った長い髪と、細い体、細い腕。目はいつも線のように切れ、細くて、その瞳がしっかりと大気に晒されていたことはなかった気がする。


 少なくとも僕の記憶にはない。


「記憶にはないからといって、そうじゃなかったとは言えない。君が見ていなかっただけかも」


「それはそうだ」


 僕たちは教育棟に向かっている。一限の英語はそこまでハズレではないと思っているけど、一限というだけでそれなりの苦痛はあった。


 僕と彼女は同じ教室だった。最初の振り分けテストでクラスは分けられた。大体同じくらいの学力、全体で見ると上の下。授業のレベルも、高校のものに毛が生えた程度だった。


 絶妙に退屈で、絶妙に神経を使わされる。そういう時間は嫌いだ。


 彼女はどうだろうか。


「私? まあ、いいかなとは思うよ。自分の忍耐力が試されてる気がして」


 そんなことを淡々と言うのだった。


 なぜ自分を試すのか、忍耐力なんか試されたってどうにもならない。


 でも、理解できない彼女の言葉は面白い。


「君は、自分を試そうとは思わないの?」


 思わない。僕はできるだけ、楽に生きていきたい。それがきっと僕にとっての幸せだからだ。


 楽できる以上の幸せはない。何も背負わず、何にも関わらない。それが僕にとって一番幸せだということは、人生を十八年と少し生きてようやく気づいた。


「それもありだよね。大人の階段なんて、あるはずもないんだ」


 教育棟に到着した。教室は四階だ。

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