9.あなたが好き
シアちゃんは家の用事、セレナは委員会。そんなわけで今日はひとりで下校になる。
たまにはのんびり景色でも眺めながら帰ろうかな、なんて思いながら玄関を出たところで、後ろから「アリス」と呼ぶ声がした。
さわやかでよく通る声。振り向いた先にはもちろんカイト君がいた。
「珍しいな。今日はひとり?」
「うん、カイトくんも?」
「ん、ヨシュは委員会」
そんなとりとめない話をしながら、一緒に寮までの道を並んで歩く。じつは最近、こうやって話すことが多かったりする。
こちらの世界にあるスマホのようなマジックボードにもお互いを登録していたり。
毎日ではないけど、メッセージをやり取りしたりするし、もうすっかり仲のよい友達みたいになっている。
「そういえば一学期のテストだけど、アリスはもう誰と組むか決めてる?」
「んー、実はまだなの。二人一組でしょ? 相手の足をひっぱるのも怖いし、先生に任そうかなぁって」
学期末テストは魔法の実技もある。学園の裏手にある森の指定された場所に、配布された石を置いて帰ってくるというものらしい。
石にはそれぞれ自分で魔力をこめるから、先生たちには誰のものかすぐにわかるんだって。
でも森には先生が魔力で作った魔物がいたり、簡単なトラップが仕掛けてあったりするみたい。
三人一組でよければ、もちろんシアちゃんとセレナと組むけど。こういう時のチーム分けってイヤだよねぇ。
気づかうふたりに、シアちゃんとセレナで組んで、と言ったのは私。三人の中で私が一番、誰とでも打ち解けられるから。
でもペアだから、自分の行動が相手にも影響を与えるわけで……。すごく不安だったりする。
「じつはね、少し怖いの。あのね、恥ずかしいんだけど……。私、攻撃魔法はあまり得意じゃないの」
もちろんテスト時だけじゃなく、授業でも魔物を模した幻影と戦うことはある。でもそこには必ず先生がいて、危険なことはこれっぽっちもない。学生である私たちはまだ守られた存在だ。
学園を卒業すればみんなそれぞれ得意な魔法を活かした職業につく。私はヒーラー志望だから、卒業後も直接魔物と戦うような場面はそうそうないだろう。それでも最低限の実力をつけるため、ひととおりの攻撃魔法も必須科目となっている。
「そっか……。幻影とはいえ、魔物も配置されてるみたいだもんな」
「うん。授業と同じなんだろうけど、テストだと思うと緊張しちゃう」
思わず憂鬱なため息がもれる。
「じゃあさ、よかったら俺と組まない?」
「え?」
予想もしていなかった提案は、すぐに理解ができなかった。つい足を止めた私に合わせて、カイト君も歩みを止める。
「カイトくんと……? いいの?」
「うん、アリスさえよければ。俺が足を引っ張るかもだけど」
「そんなわけないよ! だってカイトくんはアルファクラスだし、剣も扱えるんでしょ?」
「まあね。剣もSランク目指してるから、安心して。でも期待されると怖いな」
カイトくんは照れたように笑う。そんな顔もかわいくて好き。入学当初まったく目立たなかった彼は最近、少しずつ女子の間でウワサになりつつある。
見た目だって、性格だって全然変わりないのにどうしていまさら? なんて思っていた私はふとゲームシステムを思い出した。
リトマジは恋愛育成ゲーム。つまり主人公のステータスを上げるたびに魅力値が上がっていく仕様だったはずだ。カイトくんが成績を上げれば上げるほど、彼の魅力値はプラスされていく。イコール、モテ値が上昇していくようになっている。
まあ当然と言えば当然なのかもしれないけど、私としてはこれ以上ステータスを上げないでほしいのが本音だったりする。
でも入学直後のクラス分けでアルファになったカイトくんは、きっとものすごく努力をしたんだよね。
彼は目標に向かって努力を怠らない人なんだ。それってすごく素敵なことだと思う。
「私は……、カイトくんと組めるならすごくうれしい。テストまでにがんばって魔法の練習するから、よろしくね」
だから私も同じように努力をしたい。せめてテストで足手まといにはなりたくないもの。
「よかった。俺も、もっと強くなるよ。絶対に君を守ってみせるから」
はじめて聞くような真剣な声にどきりと胸が跳ねた。 まっすぐに私を見る、夏の青空みたいな瞳がすごくきれいだと思った。
私も、あなたを絶対に守ってみせる。そんなことを言ってしまいそうなほど、心がじんと熱くなった。
「よろしく、アリス」
にっこり笑ってから差し出されたのは、私よりずっと大きくて頼もしい男の子の手。そこに手のひらを重ねると遠慮がちに握り返される。
わかってる。これは挨拶としての握手であって、特別な意味はない。それなのに胸がきゅうっと苦しい。
やっぱりこの人が好き。あふれそうな想いは口からこぼれて落ちそうになる。だけど「好き……」の言葉が出ようとした瞬間、ぐっとのどが詰まったような感覚がした。
「……なに、いまの」
のどに手を当てた私を、カイトくんが心配そうな目で見ている。きっと顔もこわばっているはず。
「どうかした?」
「ううん……。あのね、私」
あなたが好き。
たったこの一言がどうしても出てこない。メンタル的な意味じゃない。ただ単純にどうしても音にならないのだ。なにこれ、どう考えてもおかしいよ。妙な胸騒ぎが押し寄せる。
「アリス?」
のぞき込むカイトくんの手が私の肩に触れる。
「カイトくん……」
彼の名は発音できる。
「えっと、ちょっと頭が痛くて……」
嘘だって言える。
「大丈夫? そこで休んでく? それとも早めに帰るほうがいいか……。また抱き上げてもいい?」
「だ、大丈夫だよ! ちゃんと歩けるから!」
会話も問題ない。
そこでハッと気づいてしまった。この世界はあくまでヒロインを振り向かせる恋愛ゲーム。
ヒロインからカイトくんを攻略することはできない。つまり、ヒロインからの告白は出来ない仕様なのでは……。
ということは、カイトくんに私を攻略してもらわなきゃダメなんだ。