7.みんなで平和なランチタイム
「あれ? ヨシュ何してんの?」
振り返るとカイトくんが驚いた顔で私たちを見ている。そんな顔もするんだ。目をぱちくりしてかわいい。ぎゅんとときめく胸を思わず押さえてしまう。
「カイト、おつかれー。今からこの子たちと食堂に行くとこ。お前も一緒に行こうぜ」
あくまで軽いヨシュはパチンと音がしそうなくらい見事に片目をつむる。すごい、こんな人初めて見た。アイドルかな。だけどこの場に、彼にときめいたり見とれたりする人はいない。なんというイケメンのムダづかいだろう。
「は? 一緒にですって?」
「勝手に決めないでよ」
うさんくさいほど爽やかに言いきったヨシュにカイトくんは驚き、シアちゃんとセレナの声がハモる。
けれどヨシュはまったくひるまない。それどころか、どうすればいいのかわからない私の腕を取ってご機嫌な様子で食堂に向かっていく。
もちろん私にくっついているセレナもつられるように歩いている。後ろを振り向いたらカイトくんとシアちゃんも来てるけど、ふたりともめっちゃ怖い顔をしていた。
美形の怒りは絶対零度が定番なのかもしれない。とにかく怖い。私を過剰に心配するシアちゃんはまだわかるけど、カイト君までそんなに怖い顔をする理由がよくわからない。
引きずられるようにご機嫌なヨシュにつれられて、なんだかよくわからないうちに食堂へ到着した。
いろんな地域から来る生徒に配慮してか、学食にはさまざまなメニューがある。どれにしようかとタッチパネルを見ようとしたら、後ろからカイト君が覗き込んできた。
近い近い近い。急に抱き上げたりするような人だし、もしかすると距離感がバグっているのかもしれない。おかげでメニューに集中が出来ない。けれど彼の視線はパネルの画像に釘付けになっている。少しは私のことも意識してほしい。
「今週の限定めちゃくちゃおいしそう! 俺、これにする」
週替わりの限定メニューは毎週ふたつ用意されている。ひとつは妙に真っ赤な色合いの食べ物。初めて見たけど、これはない。罰ゲームレベルの赤いメニュー。となると、こっちの野菜煮込みだよね。うん、今週もおいしそう。私も食べてみようかな。
好きな人の好みはやっぱり気になるし、あわよくば得意レパートリーに入れたい。だけど「こっち」と、カイト君が嬉しそうに指差す先を見れば……。
「え、そっち!?」
思わず大きな声を出してしまった。だって、見てるだけで口が痛くなりそうなめちゃくちゃ赤い食べ物だよ。
なんていうか、業火。まさに地獄の赤。どうしてこんなものが学食にあるの? と聞きたくなる、異様な存在感をかもしだしている。
「カイトめちゃくちゃ辛党だもんな。それ食べたら多分アリス死ぬよ」
青い顔で赤い料理を見つめる私に、ヨシュがやめとけと肩を叩く。当然と言うべきか、シアちゃんもセレナも、カイトくんの好物に目を丸くしてる。
「独特すぎる味覚なのね。というか、どうしてこんなものが学食に……」
眉をひそめるシアちゃんの言いたいことはよくわかる。これは確実に万人受けしないやつだもの。
辛いものが苦手なセレナは口を押さえている。だけどカイト君は嬉しそうな顔を崩さない。
「俺ん家みんな辛党だったから、昔からこんなのばっか食ってる」
どんなおうちなの!?
辛党にも程がある。クエイルード家の味はハードルが高そうだ。
もしかして好感度アップのために、少しずつ辛さに慣れる特訓をしたほうが良いのかな。
そう思いつつ、とりあえず今日のところは辛くない、むしろ甘いソースがかかった鳥肉のソテーに決めた。
シアちゃんはサンドイッチ、セレナは魚のムニエル。ヨシュも鳥肉を揚げたもの。そしてにっこにこのカイトくんが持つトレーには真っ赤っかの物体が乗っかってる。
食堂を見渡してみたけど、彼以外にこれを選んでる人はいない。なんでこのメニューが採用されたんだろう。謎すぎるよ。
ヨシュに強引に勧められてカイト君の隣に座ることになってしまったけど、嬉しいよりもとにかく、お皿に乗っかる赤い物体が気になった。
「一口食べてみる?」
「ダメ」
赤い食べ物を凝視している私に気付いたカイト君はどうぞと勧めてくれたけど、三人が真顔で止めてくれた。私も食べられる気がしないので丁重にお断りをする。
不思議な顔をしてからカイトくんは平然と、おいしそうに真っ赤な物体を口に運ぶ。すごい。表情が崩れない。デスソースとかプレゼントしたら喜んでくれるかな。この世界にあるのか探してみなきゃ。
ヨシュは慣れっこみたいだけど、私はついカイトくんの食事が気になってしまう。シアちゃんもセレナもそれは同じみたいで、ちらちらと赤いお皿を気にしていた。
ちなみに二人の間で、しばらく「あの激辛男」と言われていたことなど、カイトくんはきっと知らないだろう。