5.ヨシュ
魔王の微笑みを見せたシアちゃんとセレナに震えたのはつい先週のことだ。
今日は三人並んで、いつもとは違う教室に向かう。ちなみにふたりとも今は魔王ではなく、おだやかに笑っている。
今日からついにクラス分けの授業が始まる。定期的にあるこの時間は上から、アルファ、ベータ、ガンマと実力ごとに分けられていて、学期ごとに見直しがされるらしい。
リトマジは三年間の学園生活を過ごすストーリーだったはず。学期は現実世界と同じ。一学期、二学期、三学期。
その期間にステータスを上げたり、シナリオイベントで好感度を上げる。そして最終的に学園のクリスマスパーティーで、一番好感度の高いキャラとエンディングを迎えるゲーム……だったと思う。
なんせ自分では未プレイだし、記憶もあいまいだから断言はできないけど。
「あら、この教室ね」
足を止めたシアちゃんがすぐそばにある赤い扉をじっと見つめた。
シアちゃんは一番優秀なアルファ。私は真ん中のベータ。意外にもセレナはガンマ。
私の場合、モブらしく可もなく不可もなく、ちょうど中間といったところかもしれない。
「じゃあシアちゃん、またあとでね」
私はひとつ先の青い扉、セレナはもうひとつ先にある黄色の扉。手を振ると、シアちゃんは不服そうな顔になる。
「まだ何も調べてないのに、カイト・クエイルードがアリスと同じベータだったらどうしよう……。お祖父様にお願いして私のクラスをベータに変更してもらおうかしら」
「そんなもったいないことしちゃダメだよ!」
シアちゃんのお祖父様は学園の理事長だ。職権濫用ならぬ親族のコネをまさかのランク下げに利用するなんて、ありえないよ。優秀なシアちゃんはたまにおかしくなる。
冗談よ、とほほえんだシアちゃんの目は笑っていない。さっきのは絶対に本気だった。
「大丈夫よ。あいつは多分シアと同じアルファだから」
「あら、そうなの?」
「ええ、そんな気がするわ」
言い切ったセレナは余裕のある顔で頷く。それを見たシアちゃんは安心した表情になった。
「セレナがそう言うのなら信じるわ。時間が許すかぎり、カイト・クエイルードをしっかり観察するから任せてね」
そこは授業に集中してほしい。だけどやる気に満ちたシアちゃんにはそんなことを言えなかった。
使い手の少ない闇魔法を扱うセレナは、驚くほど勘がいい。きっとカイトくんはアルファクラスでまちがいない。
ちなみに闇魔法は家系で受け継がれるもので、それを勉強する手段は弟子入りしかないんだって。滅多に外部の人は入れないみたいだけど。
この学園に闇魔法の授業があれば、セレナは間違いなくトップクラスなのに。
でもそっか、シアちゃんとカイトくんの出会いはクラス分け授業だったんだね。隣の席になったり、グループ課題をいっしょにやることになったり、教材に伸ばした手が触れたり。きっとそんな感じで親しくなっていくんだ。
でもそこに偶然はない。だってシアちゃんは選ばれしメインヒロイン。ふたりが出会うことは必然なんだもの。
(うらやましいな……)
ついそんなことを思った私は、教室の前でセレナと別れ、空いている窓ぎわの席に腰を下ろす。
そして、思わずもれそうになったため息をなんとか引っこめた。ネガティブは良くない。あんなに素敵なカイト君と知り合えただけでも幸運なんだよ。
目の保養。そう思おう。うん、それでいいの。
なんとなく拗ねた気分になった私は窓の外を眺める。空は青くて、ふわふわした雲はドーナッツに似てる。今日のお昼はなに食べようかな、なんてぼんやりしていると、隣にだれかが座る気配がした。
ふと横を見れば、空の色に似た明るい水色の髪が目に入る。好奇心にあふれた瞳はきれいな銀灰色。
(あ……。この人も知ってる)
ヨシュ。フルネームまで知らないけど、たしかカイト君の親友だった気がする。
彼は友情エンドでたくさんの女子(もしくは男子)を惹きつけた。もしかしたらこの人もライバルかもしれない。ある意味一番の強敵だ。
思わずじっと見つめてしまっている私の視線に気付き、ヨシュは人なつっこい笑顔を見せてくれた。
うん、やっぱり顔がいい。どうか、ライバルではありませんように。