4.食堂にて
今週の特別メニューは、たっぷりの野菜と塩漬け肉を使ったポトフだった。
添えられてある薄く切ったパンもおいしそうで、三人とも同じものにした。いろどりもよくて私のお腹が、ぐうと音を出す。
食堂は今日もたくさんの生徒でにぎわっている。席を探していると何人ものクラスメイトが「大丈夫?」と声をかけてくれた。この世界は本当に優しくて、学園生活はとっても順調だ。
広いおかげで空いている席はすぐに見つかった。椅子に座った私は、あらためてポトフをじっくりながめる。大きめに切ったカラフルな野菜と、ただよう爽やかなハーブの香り。
なんておいしそうなの。この学園を選んで本当によかった! ひとくち食べただけでほっぺがとろけ落ちそうになる。
「おいしいね!」
ぱあっと顔を輝かせる私を見たシアちゃんは「そうね」と、ほほえんだ。うなずくセレナも幸せそうに食べている。
これはぜひとも定番化してほしい。しばらく夢中で食べていると、ふと視線を感じた。顔を上げるとシアちゃんとセレナがなにか言いたそうちこちらを見ている。
あまりにもおいしいから、がっつきすぎたのかな。ちょっと恥ずかしくなって、私はグラスの水を一度飲み込んだ。
「ふたりとも、どうしたの?」
首をかしげると、ふたりは顔を見合わせてから私に視線を戻す。そうしてシアちゃんが言いにくそうに口を開いた。
「えっと……。あのね、噂を聞いたんだけど……」
「うん」
「男子生徒に抱きかかえられて、保健室までつれていかれたって本当?」
抱きかかえる……。たしかに間違えないんだけど、人に言われると余計に意識してしまう。なんだか変に恥ずかしい。でもそのとおりだから、素直に認めることにした。
「んー、そうだよ。あのね……」
べつにやましくはないし、どう説明しようかな。一瞬迷った私を見て、ふたりはサッと顔色を変えた。
「なんですって……。どこのどいつなの、その男は」
いつもおっとりしたセレナの目がこわい。シアちゃんも眉をよせてムッとした顔に変わった。ふたりとも美人だから、やたらと迫力がある。
「えっと、今日はじめて会った人なんだけど……。カイト・クエイルード、って……」
「はじめて会った?!」
かぶるようにシアちゃんが立ち上がり、座っていた椅子がガタッと音を立てる。おかげで周りの視線が集まった。ハッと気づいたシアちゃんは、澄ました顔で席につく。
「初対面の女の子を抱きあげるなんて、どんな男なの……」
「これは見逃せない案件ね」
青ざめるシアちゃん。深刻にうなずくセレナ。ふたりは一体どんな想像をしているんだろう。
「えっと、変な意味じゃなくてね。危ないからって……」
「その男が一番危ないわ」
ズバッと指摘するセレナは冷静だけど、やっぱり目がこわい。
「そんなことないよ! すごく優しくて、しかもかっこよくってー……。また会いたいなぁ」
またね、と言ってくれたからきっと悪い印象は与えてないと思う。もしかすると社交辞令かもしれないけど、それは考えないでおこう。
「まさか、アリス……。好きになったわけじゃないわよね?」
「え……」
シアちゃんはまだ青い顔をしている。まるで恐ろしいことを確認するような声は気になるけど、セレナもやたら緊張した顔で私の答えを待っている。
「んー……。会ったばかりだけど気になってる、かな」
口に出すとちょっと照れくさい。うつむきがちに答えたけど、ふたりはしんとしたままだった。
それから数秒たっても反応がないので顔をあげてみる。するとそこにいたのは絶望感に打ちひしがれる美少女ふたりの姿だった。
「え、なにその顔!」
まるでこの世の終わりみたいな表情をしている。二人のこんな顔はじめて見たよ。なにがそれほど絶望的だったんだろう。
「なんてこと……。私たちのアリスがあやしい男子生徒の虜になってしまったわ……」
「いや、虜ってほどでも……」
わなわな震えるシアちゃんは、ものすごく深刻な顔で私を見つめる。そんな彼女にセレナは「待って」と声をかけた。セレナはやっぱり頼もしい。どうか混乱するシアちゃんを正気に戻して。
期待の目で見る私にセレナはうんとうなずく。
「もしかすると、過度な接触によって一時的に混乱を起こしているのかもしれないわ」
だけど緊張感を崩さないセレナは真面目な口調で、よくわからないことを言い出した。さっきのうなずきはなんだったんだろう。
「それはあり得る。さすがセレナね。しばらく様子を見ましょう」
しかもシアちゃんも重要任務のような顔つきをしている。
「あ、あれ? そうなっちゃう……? ふたりともどうしたの……」
予想していなかった反応になんて返したらいいのかわからない。とりあえず口からは乾いた笑いがもれる。
でも言われてみたら、それもあるのかもしれない。吊り橋効果ってやつ。ドキドキを恋だと勘違いしちゃうあれ。そうだったらちょっとさみしいな。
まあ、この世界で私がカイトくんを攻略できるわけないんだけど。これが乙女ゲーなら頑張ってエンディングを目指すのに。
がっくり肩を落とした私の腕に隣のシアちゃんが、そっと手を置いた。
「アリスに好きな人が出来るのは喜ばしいことよ。私も応援するわ」
「あれ……? そうなの?」
「もちろんよ。親友のアリスには幸せになってほしいもの」
さっきの反応から猛反対されると思ったのに。優しく話すシアちゃんは、にっこりと笑う。
「でもとりあえずは、そのカイトとやらがどんな男か見極めてからね」
「ん?」
女神のような微笑みなのに、とてつもなく恐ろしく見えるのはどうしてだろう。まさに魔王。今のシアちゃんなら世界を震えあがらすことが出来そう。
助けを求めて正面に視線を移すとセレナもにっこり笑っていた。しかしこちらも目に光がない。
「そうね、シアの言う通り。私たちの可愛いアリスにふさわしいかどうか、まずはそこからよ」
意気投合するふたりから黒いオーラが見えるようで、とりあえず私は目の前のポトフに集中することにした。