17.好きな人
「カイトくんは、好きな子とか……いないの?」
夕飯のあと、寮への帰り道。女子寮まではあと少しの距離だった。歩きながら、何回もはぐらかされている質問を彼にぶつける。
だけど返事はかえってこない。隣を歩くカイトくんを見上げると、彼は口元に手の甲を当てていた。
カイトくんは照れると顔を隠すくせがある。その反応につきりと胸が痛くなった。
「最近……、よく聞くよね。もしかして、気になる?」
本当ならこの話題を最優先にしなきゃいけないのに、深く追わなかったのはこの顔が見たくなかったから。
「うん、すごく気になるの! カイトくんが好きになる子って、どんな子なのかなぁって。よかったら教えて欲しいな」
暗い声にならないように気をつけて言ったけど、多分わざとらしさはある。ヨシュあたりにならすぐに見抜かれてしまいそう。
だけど赤い顔をしたカイトくんは、そんなことにも気づかないようだった。緑地にともる魔法のあかりは、夜なのにしっかりと彼の顔を見せてくれる。
「どんな子って……。まあ……、うん。すごく、可愛い……かな」
優しいまなざしは、その子を思い出してるのかな。そんな顔して、話さないでほしい。なんて。聞いたのは自分なのに、早くも後悔してしまった。
苦しい心を悟られないよう、私は硬い声で「そうなんだ」としか返せなかった。
「強くなりたいのも、姉さんに恩返ししたいのも本当なんだけど、えーと……、まあ、その子にいいところ見せたいとか、ちょっと、そういうのもあって……」
「そ……うなんだ。ちょっと意外だなぁ」
うまく笑えてるかな。照れながらも明るく話すカイトくんとは反比例して、私の顔は貼り付けたような笑顔になってると思う。
それに、聞かなきゃいけないのに、聞きたくない。勝手すぎる自分に自己嫌悪するけど、胸が苦しくて同じ相槌を打つことしかできなかった。
「かっこ悪いけど……。俺、地味だからせめて興味持ってもらえたら、とかはじめは思ってて……」
「かっこ悪くなんかないよ! そんなの絶対、かっこいいに決まってる!」
カイトくんが地味だなんてありえないし、そこまで想われるその子がうらやましい。彼が気後れするくらいの女の子。そんなのやっぱりシアちゃんかセレナしかいない。
運命はやっぱりヒロインを選ぶんだ。私に入れるすきまなんかきっと、はじめからなかった。
「ありがとう。アリスならそう言ってくれる気がした。あのさ、俺……」
カイトくんが私に微笑みかける。目が合ったちょうどその時。コン、となにか軽いものが落ちて転がる音がした。
下を向くと革紐を編んだブレスレットのようなものが落ちている。真ん中につるんとした大きな黒い石が付いていて、さっき音がしたのはこれのせいだと思う。
「あれ? 結び方が甘かったかな。たまに落ちるんだ、これ」
屈んで拾ったカイトくんの手元には、黒い石がついた革紐のブレスレット。それを認識した私の頭は、一瞬でまっしろになってしまった。
「セレナの……」
「ああ、うん。終業式のあとにもらったんだ。必ず、いつも身につけるようにって。あんまり好かれてないと思ってたからびっくりしたよ。でもすっごい真剣な目で言われてさ」
あれはセレナがいつも身につけていたお守り。すごく大切な物のはずなのに、どうして?
だけど、通常ルートだとセレナはカイトくんにアミュレットをプレゼントする。そう思えばこれは自然な流れだった。
そっか……。セレナも、カイトくんが好きなんだ。私の手前、言い出せなかっただけ。手伝うどころか邪魔をしていたなんて、想像もしていなかった。
作った笑顔のまま、ぎゅっと握りしめた手のひらに爪が刺さって痛い。
「そういえば、セレナは闇魔法を扱えるんだよな。もしかすると俺の異変になにか気づいてるのかも。あえてなにも聞かれなかったけど……、それもあいつらしいか」
私だけじゃなく、セレナもシアちゃんもカイトくんとは一緒にお昼を食べるくらいには仲がいい。だけど親密な口ぶりに、今さら嫌な感情が胸を満たした。
「セレナは、何か言ってた……?」
「え? ああ、えーと……、あなたになにかあれば困るって言われて……」
ちらりと私を見たカイトくんはすぐに視線をさまよわせた。彼の表情はどことなく嬉しそうに感じる。でも今は落ち込んでる場合じゃない。だってこれはチャンスなんだ。セレナの愛で呪いは解けるんだから。
「そ、そっかー。私も応援するね!」
とっさに出した声はやけにわざとらしくなってしまった。そのせいかカイトくんの眉が怪訝にひそめられる。
「応援?」
「うん、カイトくんとセレナがうまくいくように応援する」
「え、俺は……」
「いいからいいから。セレナもカイトくんも大切な友達だから、うまくいってほしいし。うん、お似合いだよ!」
「……アリスは、俺とセレナに付き合ってほしいんだ?」
そんなわけない。だけどそれが一番いいから。たずねる声が硬く聞こえるのは私の気のせいだ。
「もちろんだよ!」
「んー……、そっか。あー、うん、わかった……。でもごめん、応援はいらないから。俺、そういうつもりじゃないし」
そういうつもりじゃない? それはどういうことなんだろう。首をかしげる私に、カイトくんは作ったような笑顔だけを向ける。意味を問おうとしたところで、「じゃあまた」と言った彼は男子寮へと早足で向かってしまった。