16.寮での夏休み
男子寮と女子寮にお互い入ることができないため、カイトくんとはちょうど間にある緑地で過ごすことが多くなった。
生徒のいこいを目的とした、遊具のない公園みたいな場所だ。点々と設置されているガーデンテーブルが人気で、学期中はいつも誰かしらが利用していたように思う。
私も放課後はシアちゃんやセレナと一緒に、ここでのんびりとお菓子を食べていた。だけど夏休みの今はほとんど人がいない。しんと静かな木陰はすごく気持ちがよくて、課題も進んだ。
寮に戻ってもうそろそろ二週間。住み慣れた部屋だし、先生や帰省しない学生のためにいつもより簡易化した学食も開いているし、なにも不自由なことはない。
カイトくんとは朝は別々の時間になることがほとんどだけど、昼と夜はだいたい一緒に食事をとる。日中も一緒に過ごすことが多い。
おかげで今までよりずっと彼を知ることができた。たとえば、年の離れたお姉さんのこと。学園に入学する少し前にお姉さんが結婚したとか、夏休みはお姉さんの新居に顔を見せるはずだった、とか。
そして男手一つで育ててくれたお父様が、五年前に他界したこと。そんなことをぽつりぽつりと話してくれた。
「俺、とにかく強くなりたいんだ。卒業したらギルドに登録して、ゆくゆくは独立したい。それがここにいる理由」
この世界にはギルドという人材派遣のようなものが存在していた。そこに登録すれば様々な仕事を引き受けることができるのだ。名を挙げれば直接の依頼を受けることも可能で、そうすると報酬は全て自分のものになる。
有名になれば国の有力者から引っぱりだこになって、一攫千金も夢じゃない。カイトくんがそんなところを目指していたなんて知らなかった。
「そうなんだね。カイトくんは魔法も剣も上手に扱えるもん。きっと名のある魔法剣士になれるよ」
「うん。有名になってたくさん稼いで、姉さんに恩返ししたいんだ。俺をここまで育ててくれたのは姉さんだから」
「そっか……」
だからあんなに頑張って、魔法も剣も必死に習得したんだね。そんな理由、私にはない。
お姉さんに素直に感謝して、そこに向かって尽力できるカイトくんを改めて素敵だと思った。一目惚れがきっかけだったし、もちろん今でもかっこいいと思う。でもこういうところが、とても好きなの。私は、彼の隣には立てないけど。
「カイトくんはすごいね。私、そこまで将来をちゃんと考えたことなかったかも。ちゃんと先を見て、目標に向かって努力できるなんて、すごく尊敬するよ」
「あー……と。うん、ありがとう」
照れる彼は視線をそらせて、首元を掻く。何度か好きな子について聞いてみた時もこんな反応だった。結局、私はまだ彼の恋愛のお手伝いなんて、なにもできていない。
「それに、お姉さんもカイトくんの魔法と剣を見たらきっとびっくりしちゃうね」
「うん……。そうだな、多分騒ぎだすと思う。姉さん、大げさだから。次の長期休暇には会いに行くよ」
そう言って笑うカイトくんの笑顔には少しかげりが見えた。
先生たちが毎日処置をしてくれているおかげなのか、カイトくんの体調に変化はない。だけど呪いはまだ解けない。
腕はシャツで隠されているから、アザがどれほど広がっているのかも見れないでいる。
なにもできない私には「きっと解けるよ」なんて無責任な言葉は言えなかった。