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不器用な二人に餞別を  作者: 麻生つむぎ
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不器用な二人に餞別を②

私が仕事を辞める決定打になったのは、ふるさと納税で溜め込んでいた家のトイレットペーパーがラスト一袋になったからである。ここでまた買い込んでしまうと、ここに留まる理由になってしまいそうで、このシングル12ロールでここでのこれまでを全部流してしまおうと決めた。


辞める旨を部長に伝えると、予想通り迫られた。

「何か会社に不満でもあるの?」

「ウチには必要な人材なんだけどな」

不満は山ほど、今にも山から溢れてしまいそうなほどあったけれど、それを打ち明けてどうなるのだろうと思う。

持ちネタが尽きても、過去作をオマージュして給湯室ネタ会議は続くし、そういった人たちは他人を下げることによる相対的な自身の正当化で、地位やプライドを保っている。それはある種の快楽とも言えるし、ヘビースモーカーと同じで、暇さえあればなのだ。

必要な人材。理由はともあれ自分の業務以外も沢山こなしてきた日々だったから、仕事量だけ見たら部署内でもトップの方だろうけど、それで必要、必要と縋られても、必要なのは私そのものではなく、愚痴を漏らさず多くの仕事をこなせるロボットだと、どうしても思ってしまう。

それでもやっぱり辞めると言うのは気持ち悪さが付き纏い、部長からの問い詰めが終わっても尚、開放感と罪悪感と不安が混在して、ブラウン運動のように身体中を動き回っている。

時刻は正午を回り、ゾロゾロと人がエレベーターの前に並び始める。

私も列の一部になってこの時間に食堂に行くと、座るスペースが限られていて、視界を落ち着かせる場所が見当たらない。関わりが少ない人と相席状態になったり、知らない人の陰口を聞かざるを得ない状況になったりするのがすごく苦手だった。

「部長の連絡いつも急すぎ」

「今年の新人は生意気」

「営業の〇〇さん、不倫しているんだって」

大勢の中でそれぞれの会話が重なって、一つのモザイクアートを作り上げる空間の隅で俯いて食事という作業をとる私は格好の餌食だから、いつからか、お昼休憩の半分は誰もいないこのオフィスで過ごすようになった。

会社に属している私が私らしくいられる時間だから嫌いではなかった。


人がちらほらオフィスに戻ってくるのを見て、私は一人席を立ち、並ぶことなくエレベーターに乗る。

食堂に着く頃にはもう人がほとんどいない状態だったから、あの人を見つけるのは容易だった。


おう、と言わんばかりの会釈。瞳が少し細くなったことを確認して、私のことを見つけてくれたのだと理解した。

「今日は朝から親子丼の気分だったんだよな」

昨日も一昨日も同じことを言っていた。うどんがカレーに、カレーが親子丼に変わっただけ。

私が違和感なく彼の前に座れるように、挨拶とかそんな定型文なんてぶった斬って会話を始ようとする彼の不器用な精一杯がどこか私と重なっていて、居心地の良さをくれている。


別に私が会社を辞めても大きくは何も変わらないし、実はさ、みたいな後出しネタで擦るだけ擦って、何もなかったかのように日々は戻っていくのだと思うけれど、どうしても彼だけには伝えておこうと思った

私が何度「大丈夫ですよー」と笑って誤魔化しても「大丈夫?」と聞くのをやめなかった彼にだけは。

親子丼を頬張りながら「お昼、食べないの?」とでも言いたげな表情をしている彼に向けて口を開く。

「私、今月で退職しようと思ってるんです」

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