その8「年下とわからせ」
「ディーヴァが移籍することについては、
私に異存は無いよ」
「良かった」
「クオンさま……!?」
予想しなかった言葉に、ディーヴァが驚きを見せた。
「ただし……」
ディーヴァをちらりと見て、クオンは言葉を続けた。
「キミが本当にディーヴァを
幸せにしてくれるならの話だ」
「鄭重に迎え入れると誓うわ」
ユピトはそう言ったが、クオンは疑わしげな目を、ユピトに向けていた。
「……どうかな?
私が彼を見つけたのは、
キミたちのクランハウスの近くだった。
彼は全身の骨が砕け、
冷たい雨に降られて
死にかけていた。
キミたちの門番の
目が届く場所での事だよ。
私がディーヴァを拾わなければ、
彼は命を落としていたかもしれない。
果たしてキミたちに
彼を幸せにすることができるのかな?」
「…………」
カシオペイアが目を細めた。
だがすぐに、無表情へと戻った。
次にユピトが、クオンの言葉に答えた。
「行き違いが有ったのよ。
不幸な行き違いがね。
二度とそんなことは無いと約束するわ」
「……そう?
ディーヴァ。キミはどう思う?」
クオンはそう尋ねたが、ディーヴァからすれば、考えるまでも無かった。
「俺は嫌です!
こんな奴らのクランになんか、
行きたくない!
ずっとクオンさまと居ます!」
クオンのことが好きだ。
ユピトたちのことが嫌いだ。
どちらにせよ、ディーヴァにとっては、移籍の選択肢などありえない。
「……どうして?
カシオペイアにされたことを
恨んでいるのかしら?」
ユピトはふしぎそうに言った。
ディーヴァの選択は間違っている。
自分の選択は正しい。
心からそう思っているような仕草だった。
そんな彼女の態度は、ディーヴァの心を波立たせた。
「恨みなら有るに決まってるだろ……!?
けど、それだけじゃない。
あんたらは、冷たい。
いや、あんたらだけじゃない。
俺たちが居る世界は、
弱い者に容赦をしない。
弱い奴がボロ雑巾みたいになって
野垂れ死にそうになっても、
誰も見向きもしない。
それが常識で、摂理だ。
だけど、クオンさまは違った。
ダンジョンマスターっていう身分を持ちながら、
弱い俺に、手を差し伸べてくれた。
温かいのは、クオンさまだけだ。
だから俺は、
クオンさまに仕えるって決めたんだ」
「ディーヴァ、
あなたは弱者なんかじゃ無いわ。
あなたには、美貌という明確な武器が有る。
今まではそれが、
うまく噛み合わなかっただけ。
そんなふうに卑屈に考える必要は無いわ」
ユピトはユピトなりに、ディーヴァを高く評価していた。
だが、そんなユピトの視点は、ディーヴァの怒りに薪を加えるだけだった。
「ふざけるなよ……!
弱いからって人を殺しかけておいて
今さら見た目が良いから雇ってやるだと……!?
そんな言葉が、
嬉しいわけがねえだろうがよ……!
俺はあの時に救って欲しかった……!
痛くて、苦しくて、冷たくて、
誰かに手を差し伸べて欲しかった……!
それをしてくれたのは、
クオンさまだけだった!
それが俺にとっての全部だ!
いまさらテメェらなんか、
お呼びじゃねえんだよ!」
ディーヴァは悔しさを吐き出した。
そんな彼の想いは、ユピトを揺らしはしなかった。
ユピトは何も感じてはいない様子で、ディーヴァに疑問をぶつけてきた。
「強くなりたくはないの?
ここには何も無い。
訓練相手になる魔獣、
採掘できる資源、
優れた装備、
学ぶに足る師、
競い合い、教え合う仲間、
その全てが存在しない。
こんな場所に居ても、
ガーデナーとしてのあなたは、
地に埋もれたままよ」
実利。
ただそれだけの力で、ユピトはディーヴァを引き寄せようとした。
そんなユピトの態度は、ディーヴァを反発させた。
「決めつけるなよ……!
おまえが何と言おうと、
俺はこのクランで
一人前のガーデナーになってやる!
おまえが何を言おうが
知ったことか!」
こいつらとは、一緒に歩きたくはない。
近寄りたくもない。
水に浮かんだ油のように、ディーヴァは強い拒絶を見せた。
……子供がワガママを言っている。
そんな上からの目線を、ユピトはディーヴァに向けた。
「あなた、現実が見えていないのね。
少し分からせてあげましょうか。
……シノーペ」
「はーい」
ユピトに名を呼ばれ、華奢な少女が前に出た。
髪型は、金のツインテール。
年齢はディーヴァよりも年下だろうか。
だとすると、成人式すら迎えていないということになる。
シノーペは、そんな年若い、14歳くらいの少女だった。
とても戦士には見えない。
だが、彼女はガーデナーらしく、軽装の鎧に身を包んでいた。
「…………?」
この小娘が、何だというのか。
そんなディーヴァの疑問に答えるように、ユピトが口を開いた。
「彼女は今年ウチに入ったばかりの
新米のガーデナーよ。
ガーデナーとしての活動期間は
あなたとそう変わらないと思うわ。
ディーヴァ。
あなたがシノーペに勝てれば、
おとなしく引き下がってあげても良いわよ」
「俺が負けたら
そっちのクランに入れってのかよ。
そんなの……」
「いいえ」
「…………?」
「ただあなたに
分からせてあげるだけ。
さあ、始めましょうか」
「クソ……」
逃げられるような状況ではない。
ディーヴァは覚悟を決めることにした。
「「開花」」
ディーヴァとシノーペは、同時にそう唱えた。
二人の足元に魔法陣、プランターサークルが出現した。
それぞれのプレンターから、イクサバナが姿を見せた。
ディーヴァは長剣の柄を握った。
シノーペのイクサバナは、外見に似合う、繊細な小剣だった。
「かかって来てください。
ディーヴァさん」
慇懃無礼に、ニヤニヤと笑いながら、シノーペはそう言った。
「……行くぞ!」
両手で長剣を持ち、ディーヴァはシノーペに打ちかかった。
体格も、武器の重量も、ディーヴァが上回っている。
だが、ディーヴァの一撃は、たやすく弾かれてしまった。
勢い良く弾かれた剣は、ディーヴァの手から抜け落ちた。
剣が地面に転がった。
「よっわぁ……。
まさか、今のが全力ですか?」
シノーペは、ディーヴァを挑発した。
「ぐ……」
手加減をしたつもりは無かった。
ただ力負けした。
ディーヴァには、何も言い返せなかった。
「良いですよ。
剣を拾ってください。
何度でも相手してあげますから。
そして……
何度でも分からせてあげますよ。
ディーヴァさん」
他に選択肢は無い。
ディーヴァは剣を拾い、シノーペに向かって構えた。
そして、気迫とともに、シノーペに斬りかかっていった。
「っ……うおおおおっ!」
剣はまた弾かれた。
そして地面に転がった。
「えー?
最初と何か違いありましたー?
もうちょっと工夫してくださいよー」
(どうしろってんだよ……!)
ディーヴァは攻撃を繰り返した。
上から、横から、斜めから。
あらゆる方向から、斬撃をはなった。
だが、全て簡単にいなされてしまった。
「どうしたんですか?
散華を使っても良いんですよ?」
ディーヴァの散華を知らないシノーペが、そう誘ってきた。
「べつに……使ってもどうなるもんでも無い……」
ディーヴァは自分の散華の力を、良く知っている。
それでそう答えた。
「そう言わず、見せてくださいよ。
ディーヴァさんのとっておきを」
「……散華、『常楽我浄』」
シノーペに乞われて、ディーヴァは散華を発動させた。
イクサバナの花びらが、輝きと共に散った。
それに応じ、シノーペのイクサバナの花びらも散った。
ディーヴァの花びらはゼロになった。
対するシノーペの花びらは、4枚になった。
「…………? これだけですか」
攻撃を待っていたシノーペは、きょとんとしてディーヴァに尋ねた。
「……ああ」
「ぷっ……。
あはははははははっ……!」
あまりにも哀れなディーヴァの様子に、シノーペの笑いが爆発した。
笑いが収まってくると、シノーペはこう口にした。
「笑わせないでくださいよ。
あーあ。
本当に顔以外は
何の取り得も無いんですね。
そんなに綺麗なのに……。
残念。
……飽きてしまいました。
そろそろ責めても良いですか?」
「っ!」
シノーペの気配が、変わった。
ディーヴァはそれに気付いたが、どうしようもなかった。
突きが来た。
鋭利な剣先が、ディーヴァの肩に突き刺さった。
「ぐあああああああああああっ!」
肩を抉られる痛みに、ディーヴァは叫んだ。
ディーヴァの服を、鮮血が染め上げていった。
「ふふっ。なさけないですね。
大の男が、そんな声を出すなんて」
年下の小娘が、ディーヴァのことを笑っていた。