その5「ユピトダンジョンクランとクランマスター」
「ありがとうございます!」
入団を認められ、ディーヴァは笑顔を見せた。
入団とは言うが、元々クオンダンジョンクランなど無い。
クラン創設というのが正解かもしれない。
「それじゃあ一応、
契約の儀式をしようか」
「はい!」
ディーヴァはいそいそと、藁の床で跪いた。
クオンはディーヴァの前に立った。
そして、彼の頭上に手をかざした。
ディーヴァの体が輝いた。
主従の契約が成立した証だった。
「イクサバナを呼んでごらん」
「はい。……開花」
ディーヴァがそう言うと、地面に魔法陣、プランターサークルが出現した。
そしてプランターから、1本の剣が現れた。
「これが……」
ディーヴァは剣の柄を握った。
そして刀身に視線を滑らせた。
「うん。キミのイクサバナだ」
「この花は?」
ディーヴァは花の形の鍔を見た。
「菩提樹の花びらだね」
「綺麗ですね」
「そうかな?
だけど……」
「何ですか?」
「そのイクサバナの力は、
ダンジョンではあまり役に立たないと思う。
ごめんね」
クオンは穏やかな口調でディーヴァに詫びた。
「役に立たない?
どうしてですか?」
「ガーデナーは、
イクサバナが持っている花びらの数と
同じ回数だけ、
連続して
特殊な力を使うことができる。
そして、その力を総称して、
『散華』と呼ぶ。
それは知っているね?」
「一応は。
家がクラン幹部の家系でしたからね」
ディーヴァはあまり、ガーデナーとしての教育は受けていない。
だがそれでも、ダッタ家で暮らしていれば、それなりの知識は入ってくる。
散華に関する知識は、ガーデナーにとっての初歩だ。
落ちこぼれのディーヴァでも、それくらいの事は知っていた。
「散華の力は、
本人の資質だけでなく
ダンジョンマスターの『主題』にも
影響を受ける。
そして、私の主題は『静寂』。
争いを好まず、
静けさを好む私の心が、
キミのイクサバナにも
反映されている」
ダンジョンとは、無から生まれたモノではない。
被造物だ。
作り物であるダンジョンには、それぞれに、明確な個性が与えられている。
その個性が『主題』だ。
ダンジョンマスターは、生まれ持った主題に沿って生きようとする。
クオンの主題は『静寂』。
そんな彼女の望みは、静かで穏やかな暮らしだ。
クオンが一人で生きる分には、それは問題にはならない。
美徳とすら言える。
だがイクサバナは、戦いのための武器だ。
クオンの非戦闘的な気性が、イクサバナにまで反映されてしまったならば……。
「……つまり、何が出来るんですか?
このイクサバナは」
「そのイクサバナの力の名は、
『常楽我浄』。
自身の花びらと引き換えに、
相手の花びらを一つ、
散らせることが出来る。
そして今、
キミのイクサバナには、
花びらが一つだけ有る。
つまり、
相手のイクサバナの能力を、
1度分だけ
封じることができるということさ。
その能力は、
ガーデナーにしか効果を発揮せず、
相手にダメージを与える力も無い。
魔獣には、
傷一つ負わせられない。
そんな貧弱な力なんだよ」
「そうですか」
「……聞いていたのかな?
そのイクサバナが
とても弱いという話をしていたんだけど」
「十分です」
「……そう?
キミが納得しているのなら良いんだけど……。
けど、早く別のクランを探した方が良いよ」
「俺はクオンさまのクランが良いです」
「……不可解だね。キミは」
(ここで、クオンさまのクランで、
俺は強くなる。
そしていっぱい稼いで、
クオンさまに贅沢をしてもらうんだ……!)
恩人のクオンに報いる。
ディーヴァの内心は、そのことで占められていた。
他の細かいことなどどうでも良い。
このときは、そう考えていた。
クオンのガーデナーとしてやっていく事は、想像以上に大変なことだ。
浮かれたディーヴァは、そのことに気付いていなかった。
……。
温泉の中で、ディーヴァは追想を終えた。
(あのとき誓った理想には、
まだまだ遠いなあ)
目標は遥か遠い。
他のクランに入れていれば、今頃ディーヴァは、もっと高い所に居ただろう。
だがディーヴァは、自身の選択を、間違いだとは思っていなかった。
クオンのためにがんばる。
その前提を、崩すつもりは無い。
それで苦難に見舞われるのは、仕方が無いことだ。
そう思っていた。
それから少しして、ディーヴァは温泉を出た。
服を着て、クオンと合流した。
そして二人で、藁の家に戻った。
のんびりと時間を潰すと、就寝の時間になった。
狭い家の中で、二人は藁の布団をかぶった。
「おやすみなさい。クオンさま」
「うん。おやすみ。ディーヴァ」
ディーヴァは目を閉じた。
やがて日が昇ると、規則正しく起床した。
「おはよう。ディーヴァ」
目を開けたディーヴァに、クオンが挨拶をしてきた。
クオンはあまり眠らないらしく、いつもディーヴァより先に起床していた。
「おはようございます」
ディーヴァは藁の布団から出て、身支度を整えた。
「それでは行ってきます」
「うん。気をつけてね」
ガーデナーとしての仕事を、こなさなくてはならない。
ディーヴァはクランハウスから離れ、アディスへと向かった。
大階段を下りて、いつものように戦った。
そして、いつものように搾取された。
アディスを出たディーヴァは、ギルドへと向かった。
そしてコマネの所で、換金の手続きを行った。
そのとき。
扉が開く音が聞こえた。
それだけなら、特に騒ぐようなことではない。
だというのに、ギルド内が、なぜだか騒がしくなった。
「…………?」
妙に思ったディーヴァは、扉の方を見た。
すると……。
「ユピトダンジョンクランだ……」
ギルド内の誰かが呟いた。
「っ……!」
因縁の名だ。
ディーヴァは体を強張らせた。
ユピトクランらしき一団が、カウンターの方へと歩いてきた。
換金を終えたばかりのディーヴァは、カウンターの近くに立っていた。
一団の姿が、ディーヴァの目に、はっきりと映った。
(カシオペイア……!)
自分を叩きのめした相手の姿が見えた。
ディーヴァは歯噛みした。
カシオペイアの方は、ディーヴァに気付いた様子も無かった。
だが……。
「あら……」
先頭の女性の視線が、ディーヴァへと向けられた。
その女性の外見は、金髪の小柄な少女だった。
だが、全身から放たれる存在感は、只人のそれでは無かった。
露出度の高い衣装の生地は、人の手で織られた物では無い。
ディーヴァは一瞬で、女の正体悟った。
この女は、カシオペイアのマスターだ。
つまり、ユピト=ダンジョンマスターに違いない。
そんなダイジンブツの視線が、なぜかディーヴァへと向けられていた。
「綺麗な子ね」
ユピトは微笑んでそう言った。
「綺麗? 俺が?」
「ええ。とても。
自覚が無いのかしら?
まったく罪な子ね」
「……はぁ」
ディーヴァは気の無い声を漏らした。
こいつらの近くに、長く居たいとは思わない。
そう思ったディーヴァは、その場から去ろうとした。
そんなディーヴァを、ユピトが呼び止めた。
「待ちなさい」
「……何ですか?」
ディーヴァは立ち止まると、振り向かずにそう尋ねた。
「あなた、気に入ったわ。
私のクランに来なさい。
優遇してあげるわよ」
「それはおかしいでしょう」
ディーヴァはユピトに振り向いた。
「おかしい? 何が?」
「俺は前に、
あなたのクランの入団試験に落ちています。
そんな俺を、今さら勧誘するだなんて、
筋が通らない」
「試験……?
あなたの顔には見覚えが無いけど?
こんなに美しい顔を、
忘れるとは思えないわ。
何かの間違いじゃないの?」
「そうですか?
けど、俺が落とされたのは事実ですから。
ちなみに、
俺を落としたのは
そこに居る女でしたよ」
ディーヴァはそう言うと、カシオペイアに視線を向けた。
「…………」
カシオペイアは視線を返してきたが、言葉は返って来なかった。
「カシオペイアが?
彼女が試験官をしたことなんて……」
ユピトの疑問が解消される前に、ディーヴァは足を動かした。
「買い物が有るんで、
これで失礼します」
ディーヴァは再び、ユピトに背中を向けた。
「あっ、ちょっと……」
ユピトの声を無視して、ディーヴァはギルドから出て行った。
後に残されたユピトは、カシオペイアに疑問をぶつけた。
「カシオペイア。あの子を知ってるの?」
「そうですね。
……ユピトさま。
あの男を勧誘するのは
やめておいた方が良いと思いますが」
「それを決めるのは私よ。
あなたじゃあ無いわ」
「ですが……。
あの男は、ディーヴァ=ダッタです」
「あのダッタ家の……。
それで? あの子とあなたとで、
いったい何が有ったのかしら?」
「私がクランハウスに帰還した時に、
門の前で、
あの男の姿を見ました。
あの男は門番に、
入団試験を受けたいと言っているようでした。
試験はとっくに終わったというのに、
非常識なことです。
ロクでもない男であれば、
叩きのめしてやろう。
そう思った私は、
あの男を試してやることにしました。
……噂どおりの無能者でしたね」