その42「夜のガーデンと彼岸花」
カシオペイアはガーデンを消滅させた。
花畑は消えた。
周囲には、殺風景な岩の地面が広がっていた。
「ふぅ……」
戦闘を終えたカシオペイアが、ほっと息を吐いた。
そこへディーヴァが話しかけた。
「おまえ……ガーデンまで使えるのかよ」
「私はユピトダンジョンクランの幹部候補だ。
これくらいは当然だ」
「共闘なんて言いやがって、
俺の出る幕が無いだろうがよ」
「悪いな。
とはいえ……見た目ほど
楽に勝てたわけではないがな……。
力を……だいぶ使った……」
カシオペイアは膝をついた。
ガーデンサークルは強大な力だ。
それを全力で行使すれば、とても平然としてはいられないようだ。
彼女を心配して、シノーペが駆け寄って来た。
「カシオ先輩……!」
「負傷は無い。心配するな。
大魔獣の戦利品は……」
「……ねえな」
カシオペイアとディーヴァは、大魔獣が消滅した地点を見た。
普通であれば、大魔獣が死した後には、魔石やドロップアイテムが落ちているものだ。
だが、紫色のてんとう虫が倒れた後には、何も落ちていない様子だった。
「そのようだな」
「テメェの馬鹿力で吹っ飛んだのか?」
「まさか。
あのイレギュラーが、
そういう存在だったということだろう」
「骨折り損かよ」
「先ほどの戦いは
ギルドに報告させてもらう。
一人で大魔獣を追い詰めたことは
おまえの名誉となるだろう」
「そ」
(俺の評判なんざどうでも良いが、
こいつの戦いを見られたのは
収穫だったな)
今日のディーヴァは、ガーデンサークルの恐ろしさを思い知った。
少し腕を磨いたくらいでは、あの力にはかなわないだろう。
それが分かっただけでも、今日の戦いには価値が有ったと言えた。
(……いつか絶対に追い抜いてやる)
強大な宿敵を前に、ディーヴァは決意を新たにした。
そのとき。
「散華」
男の声が聞こえた。
ディーヴァの声では無い。
カシオペイアの仲間の声でも無かった。
どこかでこの声を聞いた。
その答えを出すよりも前に……。
地を這う衝撃が、ディーヴァへと向かった。
その間には、シノーペの姿が有った。
「え……?」
突然の攻撃に、シノーペは呆然と固まった。
「あぶねえ!」
ディーヴァはシノーペに手を伸ばした。
そして彼女を抱き上げて、衝撃の進路から退避した。
「だいじょうぶか……!?」
ディーヴァは腕の中のシノーペに声をかけた。
「はい……。どうして私を……」
シノーペにそう問われると、ディーヴァは不機嫌そうに、シノーペを睨みつけた。
「勘違いするなよ。
おまえらを叩き潰すのはこの俺だ。
それまでは
くたばられたら困る」
ディーヴァはそう言うと、事の元凶へと視線を移した。
「ディーヴァ=ダッタァ……!」
「テメェかよ。ヨドハナ」
そこには、イクサバナを構えたヨドハナの姿があった。
ヨドハナの肌は、なぜか青く変色していた。
彼はディーヴァに向かってゆっくりと近付いて来た。
「顔色が悪いな。
ちゃんとメシ食ってんのか?」
「食ってねえよ。
テメェのせいでな」
「そいつは悪かったな。
すぐに臭い飯を食わせてやるよ」
「この俺を……
前の俺と一緒だと
思ってんじゃねえぞ……!」
(たしかに、
前に会った時とは
雰囲気が違うが……)
「おまえ、逃亡中の手配犯だな?」
カシオペイアが口を挟んだ。
「クランの仲間に刃を向けたということは、
ユピトダンジョンクランを
敵に回したということだ。
覚悟はできているな?」
ユピトクランは、世界最強のクランとして知られている。
本来のヨドハナであれば、名を聞いただけで震え上がるような存在だ。
その幹部候補であるカシオペイアに対し、ヨドハナはぞんざいな態度を取った。
「知るかよ。
俺とディーヴァ=ダッタの
間に居るのが悪いんだろうがよ」
「……斬らせてもらう」
カシオペイアは呼吸を整えて、ヨドハナに向かって構えた。
「ハハッ。
やれるモンならやってみやがれ。
……開円。『影血走り-かげちばしり-』」
「っ!」
ヨドハナのイクサバナが、闇色に輝いた。
ヨドハナの周囲に、魔法陣が出現した。
魔法陣が、ディーヴァの靴に触れた。
「これは……!?」
闇がディーヴァにまとわりついた。
彼の腕の中のシノーペも、闇に飲まれていった。
そして……。
「消えた……」
カシオペイアが声を漏らした。
ヨドハナたちの姿が、アディスから消えていた。
……。
「っ……!?」
ディーヴァは慌てたように、視線を左右に動かした。
彼はいつの間にか、花園に立っていた。
辺り一面に、鮮やかな彼岸花が咲き誇っていた。
上空には、夜空が見えた。
花園の果ては見えない。
遠方には、地平線が広がっていた。
「彼岸花……?」
ディーヴァが戸惑っていると、彼の腕の中で、シノーペが口を開いた。
「あの、そろそろ下ろしていただけますか?」
「そうだな」
逆らう理由は無い。
ディーヴァはシノーペを、さっさと地面に下ろした。
そして視線を横にずらした。
そこにはヨドハナの姿が有った。
「どうなってやがる?」
ディーヴァはヨドハナに問いかけた。
「わからねえか?
ここは俺のガーデンサークルだ。
それもただのガーデンじゃねえ。
言わば、『ナイトガーデン』ってところか」
「他の連中はどこに行った?」
このガーデンに居るのは、ディーヴァ、シノーペ、ヨドハナの三人だけのようだ。
カシオペイアやその仲間たちの姿は見えなかった。
「あいつらなら、元の場所に居るさ。
俺たちが移動したんだ。
この閉じた世界にな。
つまり、テメェはもう
逃げられねえってことだよ」
「そいつは残念だな。
泣いて謝るなら
逃がしてやろうかと思ってたのによ」
「余裕ぶりやがって。
状況がわかってんのか?
並のガーデナーじゃ
ガーデン持ちには勝てねえ。
テメェには……
万が一の勝ち目もねえって事だ!」
ヨドハナが剣を振った。
血のように赤い衝撃が、ディーヴァに襲いかかった。
「くっ……!」
ディーヴァは衝撃を回避した。
彼は無傷のままだったが、その表情には余裕が無かった。
(前に戦った時よりも
大幅にパワーが増してやがる……)
あれを連発されるのはまずい。
そう考え、ディーヴァは唱えた。
「散華。『常楽我浄』」
散華の力が発動した。
足元の彼岸花が、いくつか花びらを散らせた。
(無意味……か)
ディーヴァの徒労を見て、ヨドハナが笑い声を上げた。
「クッ……ハハハハハハッ!
ガーデンだ!
ガーデンなんだぞ!?
咲き誇る花の全てが
俺のパワーだ!
テメェのチンケなイクサバナなんて
何の意味もありゃしねえよ!」
「……そうかよ」
「わかったら、そろそろ死ねよ!」
ヨドハナの猛攻が始まった。
彼が剣を振るたびに、衝撃がディーヴァを襲った。
ディーヴァはそれを、ひたすらに回避した。
元々ヨドハナは、ディーヴァよりも格上だ。
前回は、散華の力で意表をついて倒せた。
だが、今回のヨドハナには、付け入る隙は見当たらない。
反撃の糸口を見出せず、ディーヴァは防戦一方になった。
「ひ……ひぃぃ……」
シノーペは、震える声を漏らした。
災厄のような光景に、彼女はうずくまることしかできなかった。
「チッ……。
うろちょろと逃げ回りやがって……。
逃げ足の速い野郎だ」
なかなかディーヴァを仕留められないことに、ヨドハナは焦れた様子を見せた。
「おまえほどじゃ無いさ。
見事だったぜ。
クオンさまに罪を暴かれた
おまえの逃げっぷりは」
「舐めてんじゃ……ねえっ!」
ヨドハナは、体の向きを変えた。
彼の眼光が、シノーペを捉えていた。
剣が思い切り振られた。
「えっ……」
急に矛先を向けられ、シノーペは、短く声を漏らした。
「クソガキ……!」
衝撃の進路に、ディーヴァが割って入った。
そして襲い来る衝撃へと向けて、イクサバナを振った。
ディーヴァの剣が、衝撃とぶつかりあった。
「ぐ……ああああっ!」
パワー負けして、ディーヴァは吹き飛ばされた。
「ディーヴァさん……?」