その41「大魔獣とガーデンサークル」
大魔獣がディーヴァに気付いたようだ。
巨大なてんとう虫が、彼の方へと向き直った。
対するディーヴァは長剣を構えた。
ソラテラスに貰った剣だ。
「イクサバナじゃない……?」
以前とは異なる武器を見て、シノーペが疑問符を浮かべた。
「良い剣のようだな」
ぎらりと輝く長剣を見て、カシオペイアはそんな感想を漏らした。
「けど……。いくら剣が良くったって……」
大魔獣とは、それだけで倒せる相手では無い。
ルーキーのディーヴァでも、それくらいの事はわかっているはずだ。
シノーペは、ディーヴァの背中から、強い自信がみなぎっているような気がした。
自信の土台が何なのか、わからない。
そのことが、シノーペを不安にさせた。
すぐに戦闘が始まった。
先に大魔獣の方から、ディーヴァに攻撃をしかけてきた。
質量を活かした体当たり。
様々な大魔獣が用いる、基本的な攻撃手段だった。
この手の攻撃は、クオンダンジョンで見慣れている。
ディーヴァは大魔獣の攻撃を、問題なく回避していった。
「避けてばっかり。
宝の持ち腐れですね」
今の所は、質の良い剣を活かせていない。
そんなディーヴァを見て、シノーペはバカにしたように言った。
それに対し、隣に立つカシオペイアが、まじめな顔で言った。
「いや、そうでも無さそうだ」
大魔獣の行動パターンは、大体把握した。
そう判断したディーヴァが、反撃を開始した。
敵の攻撃の隙に、一撃を。
切れ味の鋭い剣が、大魔獣の体を裂いた。
さらに隙を見つけ、二撃、三撃。
ディーヴァは無傷のまま、敵に手傷を与えていった。
この戦いは、シノーペの目にも、ディーヴァ優勢のように見えた。
「だけど……」
このままで済むはずが無い。
そんなシノーペの思考に、カシオペイアが頷いた。
「ああ。
大魔獣が普通の魔獣と異なるのは、
大きさやパワーだけでは無い。
必ず何らかの切り札を持っている。
大魔獣とはそういうものだ」
「来る……!」
シノーペが大魔獣から、変化の予兆を感じ取った。
「少し離れようか」
カシオペイアが仲間たちに声をかけた。
大魔獣がはばたいた。
巨体が宙に浮いた。
見上げたディーヴァの目に、てんとう虫の腹が映った。
腹の中央から、黒い管が突き出していた。
管はディーヴァへと向けられた。
そこから黒い液体がはなたれた。
ディーヴァは横に飛んで、その液体を回避した。
液体は、地面につくと同時に爆発を起こした。
「ぐっ……!」
初めて見る攻撃に対し、ディーヴァの回避は十分では無かった。
爆風がディーヴァを押した。
ディーヴァは地面に転がった。
大魔獣は、さらに次々と、黒い液を落としてきた。
ディーヴァは爆発から逃げ続けた。
「あーあ。何をやってるんですかね。
みっともない」
防戦一方になったディーヴァを見て、シノーペは呆れたような声を出した。
それを聞いて、カシオペイアはこう言った。
「ディーヴァ=ダッタのイクサバナは
空中の敵と戦えるものでは
無いようだからな」
「詰みですか?
仕方ないですねぇ。
私たちでディーヴァさんを
助けてあげましょうか?」
シノーペは、優越感を含んだ笑みで、そう提案した。
だがカシオペイアは、前に出ようとはしなかった。
思案するような顔で、ディーヴァの戦いを見守っていた。
「……本当に手が無いのか?
アディスの大魔獣は
討伐方法の研究が進んでいる。
ギルドの資料を少し調べれば、
こうなることは予想がついたはずだ。
何の対策も用意せずに
戦いに挑むなど、
愚か者のすることだと思うが……」
「おバカさんなんですねえ。
ディーヴァさんは」
シノーペは、頬を赤らめてニコニコと笑った。
ディーヴァのしくじりが、可愛くて仕方が無い様子だった。
「む……」
カシオペイアが目蓋を上げた。
彼女の視線の先で、ディーヴァがリュックに手を入れていた。
リュックから、何かが取り出された。
それを見て、カシオペイアは呟いた。
「スリングショットか」
ディーヴァが手にしたのは、スリングショットと呼ばれる武器だった。
ゴムの力によって玉を発射する飛び道具だ。
子供のおもちゃのイメージも有るが、小型の獣ていどなら、十分に殺傷できる。
とはいえ、大魔獣を相手にするには、パワー不足にもほどが有るのではないか。
そう考えて、シノーペが声を漏らした。
「あんな物、大魔獣には……」
「…………!」
ディーヴァは集中し、スリングショットを構えた。
そして大魔獣に向けて、狙いを定めた。
(ここだ……!)
機会を待ち、ディーヴァは鉛玉をはなった。
直後、大魔獣の近くで爆発が起きた。
「え……?」
シノーペが驚きの声を上げた。
次にカシオペイアがこう言った。
「爆薬が
発射される瞬間を狙ったか。
ボミングレディビートルの爆薬は
強い衝撃を受けると
爆発するようになっている。
スリングショットによる狙撃で
誘爆させたというわけだ。
目が良いな。
ディーヴァ=ダッタ」
大魔獣は、さらに爆薬をはなとうとした。
だが、ディーヴァの狙撃は正確だった。
爆薬が近距離で爆発したことで、大魔獣自身がダメージを受けていった。
ディーヴァの完璧な攻略を前に、大魔獣は為すすべが無いようだった。
「そんな……。
たった一人で……大魔獣を……?」
シノーペは呻いた。
やがて限界に達したのか、大魔獣が地面へと落下した。
まだ生きているが、虫の息のようだった。
(トドメを……)
ディーヴァはスリングショットをしまい、剣を構えた。
その背中に、シノーペが声をかけた。
「っ……待ちなさい……!」
「何だよ?」
ディーヴァは大魔獣に意識を残しながら、シノーペの方へと振り向いた。
ディーヴァの瞳に映ったシノーペは、ふるふると震えていた。
「こんなの……
あなた一人が……一人で……」
「あ? 悪いけど、後で良いか?」
要領を得ないシノーペを見て、ディーヴァは大魔獣に向き直った。
そしてとどめを刺そうとした。
そのとき。
「っ! 気をつけろ! ディーヴァ=ダッタ!」
カシオペイアが叫んだ。
「……? っ……!」
戸惑いの後、ディーヴァは新たな気配に気付いた。
ディーヴァは視線を上げた。
大魔獣の背に、赤いローブ姿の人物が見えた。
彼女がアダルマと名乗っているということを、ディーヴァは知らない。
「……………………」
「誰だ? どこから現れた?」
ディーヴァはアダルマに尋ねた。
だが、返ってきた言葉は、疑問への答えでは無かった。
「狂い咲け」
赤ローブが、命じるように言った。
その直後、大魔獣の体が輝いた。
「な……!?」
目が眩むような輝きが、ディーヴァの網膜を襲った。
光が消えた時、アダルマは居なくなっていた。
「大魔獣が……!?」
ディーヴァは驚きの声を上げた。
大魔獣の傷が、癒えていくのが見えたからだ。
さらに赤かった羽が、紫へと変色していった。
「こういうのは、
図書館の本には載ってなかったがな……」
表情を変えたディーヴァの隣に、カシオペイアが進み出た。
「共闘するぞ」
「あ?」
こいつは何を言っているんだ。
そんな感じの表情で、ディーヴァは彼女を睨んだ。
それに対し、カシオペイアは平静に言った。
「明らかに
普通の大魔獣では無い。
イレギュラーには
全力で対処するべきだ。
そう思うが?」
「チッ……。
好きにしろよ」
ここで我を通そうとすれば、子供のわがままになってしまう。
そう感じたディーヴァは、カシオペイアの申し出を受け入れた。
「開花」
カシオペイアが、プランターを展開した。
魔法陣から、長柄の斧が出現した。
シノーペたちも武器を構えた。
大魔獣が動き出した。
てんとう虫は、カシオペイアに向かった。
ディーヴァよりも鋭い身のこなしで、カシオペイアは攻撃を回避した。
そして大魔獣の隙に、自身の斧を叩き込んだ。
暴風のような横振り。
そして轟音。
大魔獣の巨体が、壁まで吹き飛ばされていった。
文字通りレベルの違う破壊力に、ディーヴァは息をのんだ。
(これがトップガーデナーの攻撃か……!
まだ俺は、足元にも及んじゃいねえな……)
強烈な一撃を受けても、大魔獣は健在だった。
アダルマが施した術が、魔獣の生命力を強めているのかもしれない。
体勢を立て直した大魔獣は、背中の羽をはばたかせた。
(またその戦法なら……)
返り討ちにしてやる。
ディーヴァはそう考え、スリングショットを構えた。
だが……。
「っ!?」
目論見は、すぐに崩れた。
大魔獣の腹の管が、六つに増えているのが見えた。
さらに、液が吐き出される勢いも、以前より増していた。
まるで機関銃のように、爆薬が撃ち出された。
とてもスリングショットで撃ち落せるものではなかった。
あちこちで爆発が起きた。
「きゃっ!」
「うわあっ!」
ディーヴァたちの後ろで悲鳴が上がった。
カシオペイアの仲間に被害が出ているようだった。
「様子見をしている場合では無いな……。
全力で行くぞ」
表情を引き締め、カシオペイアがまっすぐに斧を構えた。
そして唱えた。
「開円、『ネレイデス』」
カシオペイアの足元に、サークルが出現した。
最初は直径1メートルほどだったサークルが、勢い良く広がっていった。
それと同時に、サークルの中心から、バロータの花が咲き誇っていった。
花がサークルを満たした。
最終的にはカシオペイアのサークルは、直径40メートルにまで広がっていた。
(これは……!
カシオペイアの『ガーデンサークル』か……!)
ディーヴァは瞠目した。
サークルに満ちたバロータの花が、その花びらを散らしていった。
花びらを代価とするかのように、螺旋を描く水の槍が、カシオペイアへと集まってきた。
水の奔流は、時に蛇のようにうねり、カシオペイアの斧の周囲に渦巻いていった。
「穿ち貫け……!」
いくつもの水の槍が、一つに束ねられた。
細い槍が、巨大な大槍となった。
槍は大魔獣へと舞い上がった。
大槍が、大魔獣の腹を刺した。
そしてドリルのように、激しく抉っていった。
「うおおおおおおおぉぉぉっ!」
カシオペイアの気合に答えるように、水は激しさを増した。
水が大魔獣を貫いた。
……勝敗は決した。
そう判断したカシオペイアが、槍をただの水に戻した。
槍だった水が、雨となってふりそそいだ。
腹に大穴を開けたてんとう虫が、地面へと落下した。
その無防備になった頭部に、カシオペイアは斧を叩き込んだ。
てんとう虫の頭が、吹き飛ばされた。
大魔獣は絶命した。
そして体を消滅させていった。